大森元貴のソロ曲「0.2mm」は、とても温かい曲だと思う。
歌詞もそうなんだけど、私は声や楽器の音からすごく心地よさを感じる気がする。
映画「90メートル」のエンドロールで聞いた時、彼がそう願っていたように温かい気持ちで心が満ちて、映画館を出ることが出来た。
そうやって楽曲を受け取る人の姿を想像できる人は、繊細で賢くて優しいのだと私は思う。
 

 

 

歌詞の中に「あと少し優しくなりたいんだと言う まぁ言うだけ言う」という言葉が出てくるから、彼は自分が「優しさよりも優先してしまうことのために人を傷つけることがある」と自覚しているのではないかと妄想する。

 

 

最近「EDEN noSONO」のブルーレイを買ってドキュメンタリーを見た。

「あなたにとってMrs.GREEN APPLEとは?」という質問に彼はこう話していたのがとても印象的だった。

 

「家族じゃないですか?...ん...家族.......って何よりもこう...多分パワーじゃないですか。だし多分、その人たちにとって喜ばしいことがあると、多分自分も嬉しくなるだろうし、っていう関係性なんじゃないの。ほんと家族がたまたま楽器持ってるくらいの感覚でやってるので。....まぁなんか多少語弊もあるけどそんなニュアンスかな。別になんかこう、「全て」とかなんか、「友達」とかそういう話じゃなくて、「なくてはならないもの」とかじゃなくて、「家族」っていうなんか三文字がすごくこう言い表せる気がする。」

 

こういう風に人を思える人は、もう十分に優しいと思う。

だからこそ、フェーズ1を終えて休止期間に起こった出来事はとても悲しかっただろうと想像できる。

そして、多分その出来事の原因も彼自身にあるのだろうと想像すると、悲しさと同時に自分を責める気持ちも抱えて、それを音楽で昇華するしかなかった、のかな、と。

 

 

紅白歌合戦で「GOOD DAY」を観てから、その笑顔の裏に何を抱えているのかずっと考えていた(暇だから)。

本当のことなんで自分でも分からないのだから、ファンがいくら妄想したって理解できるわけはないのだけれど、とりあえず彼の愛情深さと優しさはきっと本物で、でも人は多面的なものだから、その感情と親和しない面も抱えているから苦しいのだと理解した。

 

例えば、藤井風は自分の思想を音楽にしていると思うし、サカナクションの山口一郎は音楽への愛を音楽という作品にするという美学がある。そして大森元貴にとって音楽は人と繋がるための手段で、愛し愛されるために曲を書いている。そういう少年みたいなピュアなものが彼の中にはずっとあるのだろうな、という結論になった。

 

 

大森さんは、もう十分に優しい人なんだと思ったよ、という話。