大森元貴「灰色」を聴いて、MVを観た。
「灰色」が何を歌っているのか、MVや歌詞を見ながら解釈したことを書いてみようと思う。
①白と黒が共存に向かう世界(MVで描かれるストーリー)
黒い服を着た人間と、白い服を着たアンドロイドの抗争。
冷徹に人間を排除していたアンドロイドの女性が、人間の男性と出会い変化する。
炎の中に手を入れて痛みを感じ、自分を犠牲にしてその人を助け、引き換えに「愛と意思」を手に入れたように見えた。
彼女が壊れてしまった後、抗争は終わり、白い服と黒い服が混ざり合って、光の方へ共に歩いて行く。
ストーリーの終わりにはシステムログの形式で書かれたテキストが表示される。
Geminiに解説してもらった。
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システム更新: コマンド 'Gray' は終了コード 0(正常終了)で実行されました (AURORA) ↳ 意味: 「Gray」という処理が正常に完了したことを示しています。
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進化の追跡(トレース):
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文明の中核・更新プロトコルを実行中(設定: 「完全な調和と均衡」)
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全人類の意識をつなぐプログラムを実行中(ステータス: 「すべての対立・紛争が解決されました」)
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未来のビジョン生成プログラム(アルファ版)を実行中 ↳ 意味: システムが「世界の争いをなくし、完璧に調和した未来を作るための処理」を実行した経過を表しています。
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「Gray」という更新が完了した。
実行されているのは、「完全な調和と均衡」「全人類の意識を繋ぎ、全ての対立・紛争の解決」「世界の争いをなくし、完璧に調和した未来を作るための処理」。
完璧に理解し合う、争いのない理想的な世界の始まりのような物語。
白と黒が理解し合い、どちらも消すことなく共存する「灰色」という概念をSFで描いたような壮大な世界観。
MVの初めに表示されるテキスト。
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[ OK ] Loading core module...(基幹モジュールの読み込み完了)
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[ INFO ] User authenticated: ID 0914(ユーザー認証完了:ID 0914)
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[ INFO ] User Name: Motoki Ohmori(ユーザー名:大森元貴)
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[ OK ] RENDERING AO: Gray(AO[環境光遮蔽/陰影データ]「Gray」の描画完了)
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[ INFO ] PLAYBACK START(再生開始)
システムが立ち上がり、ユーザー名:大森元貴がログインした。
『Gray』という世界の立体感や陰影(光と影の濃淡)を計算し、画面上に描き出す処理が完了。
再生が開始される。
つまり、対立していた黒と白が、哀しい出来事の末に混ざり合うストーリーは「大森元貴が再生したイメージ」ということになる。
大森さんの後ろにあるアンドロイドたちは、中央の大きな機械にコードで繋がれている。
アンドロイドの身体では、光が赤く点灯し、白い服の女性が変化してくごとに、青い光に変わっていく。
そして男性を助け、完全に壊れてしまった時、アンドロイドたちは繋がれたコードから解放される。
この物語が大森元貴によって再生されたイメージだとするなら、黒と白の対立は、人間とアンドロイドだけでなく、大森元貴自身の中にある、相反する感情や価値観を象徴しているようにも見える。解放されたアンドロイドと歩く大森さんの表情からも、光とは逆の方に歩いていく姿からも、安堵や喜びは感じられず、ここからまた歩んでいくのだと思った。
③グラデーションの中にある真理と本心
大森さんの書く歌詞は、解釈が幾通りにも出来るように作られているのだと思う。
どこから見るかによって解釈が変わり、それぞれの立場で意味を受け取ることが出来る。
映画「白鳥とコウモリ」の主題歌として聴く時、「愛」と「哀」が表裏一体で、簡単に善悪に分けることができないことを思う。度を越えて愛することは、執着となり得る。でもそれは、「愛してるから」でもある。「灰色」の新聞広告に込められたメッセージ「世の中 白でも 黒でも ないことばかり」のように、白と黒の間にあるグラデーションこそが、私たちなのだと感じられる。
大森さんが「白黒どっちでもないところに絶妙な自分の本当の気持ちがあったり、世の中の真理が意外と沢山あると思っていて」と話していたように、相反するように思えることの間にあるものこそ、人間の本心や真理がある。そういう「灰色」の世界を描いている曲なのだと思った。
④大森元貴が歌う、大森元貴という人
MVの中で、「黒と白の抗争」を再生する俯瞰の人として存在していた大森さん。
その構造を知った時、灰色の曲自体が、外側から俯瞰して表現された大森さんという人自身のように思えてきた。
改めて歌詞を読んでいくと、一つ一つの言葉が、これまで大森さんが作品や言葉にしてきたことの「復唱」のように感じられた。
「灰色」は、大森さんが作家として、パフォーマーとして、一人の人として、今まで考え感じてきたことの記録のような、積み重なってきた時間を感じる歌のように思えて、何だかとても感動してしまった。
過去が絡まり
私だけ腫れ物で
メタな視点
地図の端っこに絵を描いて
いつまで
熱に浮かされて
弧を描いて
いつかの君に
伝えたい思いは
度を超えて
愛してるから
全部知りたくなるの
適当に手を振ったら
会えなくなる明日が来るかもと。
抱きしめてくれたから
抱きしめてあげたいよ
諦めてくれたから
諦めてしまったんだよ
人が集い 嵩張り
貴方を見失って
一途な踊り
脳の隅っこに手を置いて
いつまで
熱に浮かされて
弧を描いて
いつかの私に
伝えたい思いは
度を超えて
愛してるから
全部欲しがっちゃうの
大切に手を振っても
会えなくなることだってある事を。
気づいてくれたから
気づいてあげたいよ
忘れないでいてくれたなら
私はずっと此処に居れるよ
愛してるから
全部知りたくなるの
愛してるから
愛してるから
混ざり合えるなら
白と黒はいつ出会えるの
混ざり合えるなら
混ざり合えるなら
哀が繋いだ
この万象をも
愛が創ったんだ
今誰かと誰かが
この万象をも
何かと成り
くっ付いた
愛してるから
愛してるなら
欠けた未熟を
切り裂いて
混ざり合えるなら
この汚れも
白さと混ぜて
あぁやっと
灰の色
本当にすごい歌詞だと思う。
大森さんの表現の中心にある感情が、ここに全て詰まってるような気がする。
長く抱えている傷や孤独
創作への衝動と生命の循環
人との繋がりへの渇望
相手や自分への期待と諦念
人が増えることで見失いそうになるもの
別れることへの恐怖
深すぎる愛情
その愛ゆえの哀しみ
「混ざり合えるなら」と繰り返すのは、相反する二つの感情を抱える苦しみのせいなのかな。
「哀が繋いだ この万象をも 愛が創ったんだ」
人は寂しいから誰かを求めるし、孤独だから愛する。欠けてるから繋がろうとする。
愛の出発点には哀しみがあるけど、その哀しみが人を繋げ、愛が新しい関係を生む。
「この汚れも白さと混ぜて」
「汚れた体を洗い流して」(Part of me)、「醜悪な汚染の一部」(天国)と歌っていた大森さん。
「灰色」では「この汚れも白さと混ぜて」と歌っている。
自分の深淵と向き合うことをやり続けた先に、それを「乗り越える」のでも、「消し去る」のでもなくて、「混ぜ合わせ」て「灰色」として受け入れる、という視点に今立っているのかな、という想像をしてしまった。
だから「あぁやっと」なのかな、と。
大森さんの今までの感情の旅を見ているような気持ちになってしまうな、と。
私が一番すごいと感じるのが、この個人的な葛藤や感情を、あくまでもメタな視点から見つめ、それ自体を一つの作品として記録していることなのだ。多くの人が受け取れる美しい作品として世の中に放つ、ということに鳥肌が立つほど感動して泣きそうになってしまう。
そして、MVの最後のログで「実行中」となっていたように、大森さんはそうやって届け続けている途中なんだな、と思った。







