8/26にソロの新曲「灰色」をリリースします。#映画白鳥とコウモリ の主題歌です。
— 大森元貴 / Motoki Ohmori (@MotokiOhmoriMGA) 2026年8月19日
度を越えて
愛してるから
全部知りたくなるの https://t.co/8S9UfbKj8R
度を越えて
愛してるから
全部知りたくなるの
大森さんの思想という感じがする。
彼のすごさは、やっぱり度を越えて突き抜けているところだと思う。
普通の人ならやらないところまでやり抜くところ。
それと、人との繋がりに境目があまりないように見えるところ。
大森さんの書く歌詞の中で、私にはよく理解できない思いが時々出てくる。
「誰かの一部になれなかったとしても」
(Part of me)
「僕の一部みたいに 君の一部で居たいな」
「君を好きだと言うのは 僕の一部って意味で」
(coffee)
どんなに相手のことが好きでも、私は私で、君は君なんだと思う。
お互いに影響を受け合って、相手の思想が自分のものになったとしても、それは影響を受けた私の思想でしかない。
君は君のままでいて、私は私のままでいながら、同じ方向を見たり、お互いに向き合ったりすることが人との繋がりだと思う。
でも、一部で居たいし一部になりたい、と歌う大森さんは、もう少し度を越えた愛情を持っているのかもしれない。
「君の一部で居たい」というのは、「君の中に居場所が欲しい」ということで、つまりは「人との繋がりへの渇望」なのだろうか。ビハインド動画や、ドキュメンタリー映画「THE ORIGIN」の中でのメンバー二人への要求は、技術ではなくて、今出来る100%を差し出すことのように見える。いつも「寿命を削るように」作品を生み出している大森さんが二人に願うこと。それは「同じ熱量でいて欲しい」、つまり「孤独への抵抗」なのかもしれない。
つまり、そうやって相手と自分とをグルグル巻きにして境目が分からないほどに一体化したいほどに、そういう繋がりを願うのが、大森さんにとっての愛なんだったらすごいな、みたいな妄想を薄らぼんやりとしていたんだと思う。

