大森さんの新曲「灰色」のカバーアートが公開された。
二種類の蝶々が半分ずつ糸でぐるぐると繋がれていて、美しいけど残酷で不気味で少し悲しいような気持ちになった。
私はこの日夢の中にもこのモチーフが出てくるくらいで、とても印象深かったのだと思う。
 
https://x.com/MotokiOhmoriMGA/status/2090008459815383122

 

 

 

度を越えて

愛してるから

全部知りたくなるの

 

 

大森さんの思想という感じがする。

彼のすごさは、やっぱり度を越えて突き抜けているところだと思う。

普通の人ならやらないところまでやり抜くところ。

それと、人との繋がりに境目があまりないように見えるところ。

 

 

大森さんの書く歌詞の中で、私にはよく理解できない思いが時々出てくる。

 

「誰かの一部になれなかったとしても」

(Part  of  me)

 

「僕の一部みたいに 君の一部で居たいな」

「君を好きだと言うのは 僕の一部って意味で」

(coffee)

 

どんなに相手のことが好きでも、私は私で、君は君なんだと思う。

お互いに影響を受け合って、相手の思想が自分のものになったとしても、それは影響を受けた私の思想でしかない。

君は君のままでいて、私は私のままでいながら、同じ方向を見たり、お互いに向き合ったりすることが人との繋がりだと思う。

でも、一部で居たいし一部になりたい、と歌う大森さんは、もう少し度を越えた愛情を持っているのかもしれない。

「君の一部で居たい」というのは、「君の中に居場所が欲しい」ということで、つまりは「人との繋がりへの渇望」なのだろうか。ビハインド動画や、ドキュメンタリー映画「THE ORIGIN」の中でのメンバー二人への要求は、技術ではなくて、今出来る100%を差し出すことのように見える。いつも「寿命を削るように」作品を生み出している大森さんが二人に願うこと。それは「同じ熱量でいて欲しい」、つまり「孤独への抵抗」なのかもしれない。

 

つまり、そうやって相手と自分とをグルグル巻きにして境目が分からないほどに一体化したいほどに、そういう繋がりを願うのが、大森さんにとっての愛なんだったらすごいな、みたいな妄想を薄らぼんやりとしていたんだと思う。

 

 

 
 
さっきたまたま読んだ「THE ORIGIN」の劇場でもらったカードには、そういう、大きな愛と信頼と歪さで成り立っている、大森さんを取り巻く人たちとの関係を、本人が誰よりも自覚しているということが書いてあって、改めて驚いた。3人の絆が美しいもののように語られるのをよく目にするけれど、大森さんは何度もその歪さに言及している。私は本当に大森さんは嘘をつかない人だと思う。本当に正直なところ、私は歪さをとても感じるし、そこがとても興味深い。
 
 
 
 
それから、転調ミームについてのbubbleでの言葉もすごく印象的だった。
私は単純に、作家としては普通に傷つくんじゃないかな、と思った。でも、それだけ広く知れ渡っているという証拠でもあるから有難いというのも本当なんだろうと思う。
 
私が興味深いのは、そういう機会がある度に、大森さんがファンを啓蒙しようとするところで。大森さんはファンに対しても、自分の価値観を説明し、共有し、そういう繋がり方を求めているように思えたから。
 
アーティストとしての感情を吐露しつつ、巨大なファンダムが大森さん自身や作品を傷つける方向に行かないように、正しい方向を向けるように、絶対無理そうな舵取りをしようとしているように見えたりする。毎日絶え間なく情報を供給し、ファンを依存させるアイドルビジネスの構造を取りつつ、自分の作家としての高尚な理解を求める。そんな板挟みに苦しみつつも、「この銀河の襟を直してみるの」かな、と思うと、その切実さに切なくなったりもする。
 
という、「灰色」のカバーアートから広がった妄想の話。