ボランティア
日本災害医療支援機構(JVMAT)というNPO法人の要請により
一日だけのボランティアで、被災地気仙沼へ行ってきました。
22日の夜、都庁からバスで出発し、気仙沼市民病院から
透析患者8名を千葉の松戸にある病院へ搬送するというミッション。
許可を得た車だけが走ることができる
通行止めの東北道を走り、
朝7時に到着。病院までの道のりは
東北道が多少荒れていましたが特に被害の悲惨さを
感じる風景はなく着きました。
同行の都事務員の方が病院へ連絡を入れると
近くで待機をしてほしいということだったので
バスは一本東側の道路へ出ました。
そこには・・・・・
一瞬にして広がる津波被害の跡。
たった道一本でこんなにも違うのか?
言葉ではいい現せない光景でした。
悪臭もひどい。川が逆流してきたため匂いがすごいという話でした。
建物こそ倒壊してませんでしたが家の中も相当な悪臭。
そんな中車椅子に乗せられた透析患者さんをバスまで運びました。
バスが病院前まで入れないため、病院からおよそ300mくらいの場所まで
患者さんは皆不安そうな顔をしていました。
ここからバスで9時間揺られるわけです。
家族の方も不安を隠しきれない。
なんとも言えない。でも我々はこの患者さんたちを
搬送すること。道中も色々とありました。
ここでは敢えて省略させていただきます。
搬送が終わり、都庁に戻ってきたのは19時半頃。
たった一日でしたが、現地の状況が少なくとも
今までよりはわかりました。
そして今回わかったことがたくさんありました。
まだ、現地も支援に取り組む側も
みんな冷静に見えて冷静ではないということです。
目に見えない細かな事。
復興に向けて一歩ずつ歩いていることには間違いありませんが
ボランティアも含め
覚悟を決めて取り組んでほしい。自分自身にも言い聞かせます。
また要請があれば
時間の許す限り
現地へ足を運びたいと思います。
色んな思いを胸に秘めて
強い気持ちと覚悟を持って
今自分ができること。
行動することの大切さ。
正確に発信することの重要性。
身に染みた一日でした。
一日だけのボランティアで、被災地気仙沼へ行ってきました。
22日の夜、都庁からバスで出発し、気仙沼市民病院から
透析患者8名を千葉の松戸にある病院へ搬送するというミッション。
許可を得た車だけが走ることができる
通行止めの東北道を走り、
朝7時に到着。病院までの道のりは
東北道が多少荒れていましたが特に被害の悲惨さを
感じる風景はなく着きました。
同行の都事務員の方が病院へ連絡を入れると
近くで待機をしてほしいということだったので
バスは一本東側の道路へ出ました。
そこには・・・・・
一瞬にして広がる津波被害の跡。
たった道一本でこんなにも違うのか?
言葉ではいい現せない光景でした。
悪臭もひどい。川が逆流してきたため匂いがすごいという話でした。
建物こそ倒壊してませんでしたが家の中も相当な悪臭。
そんな中車椅子に乗せられた透析患者さんをバスまで運びました。
バスが病院前まで入れないため、病院からおよそ300mくらいの場所まで
患者さんは皆不安そうな顔をしていました。
ここからバスで9時間揺られるわけです。
家族の方も不安を隠しきれない。
なんとも言えない。でも我々はこの患者さんたちを
搬送すること。道中も色々とありました。
ここでは敢えて省略させていただきます。
搬送が終わり、都庁に戻ってきたのは19時半頃。
たった一日でしたが、現地の状況が少なくとも
今までよりはわかりました。
そして今回わかったことがたくさんありました。
まだ、現地も支援に取り組む側も
みんな冷静に見えて冷静ではないということです。
目に見えない細かな事。
復興に向けて一歩ずつ歩いていることには間違いありませんが
ボランティアも含め
覚悟を決めて取り組んでほしい。自分自身にも言い聞かせます。
また要請があれば
時間の許す限り
現地へ足を運びたいと思います。
色んな思いを胸に秘めて
強い気持ちと覚悟を持って
今自分ができること。
行動することの大切さ。
正確に発信することの重要性。
身に染みた一日でした。