吸血鬼といえば、ヨーロッパを代表する怪物のひとつである
特に東欧は吸血鬼伝説の宝庫として知られ、古くから数多くの言い伝えが残されてきた
しかし、人間の生き血を啜る怪物の物語は、ヨーロッパだけのものではない
世界各地に目を向けてみると、姿や性質こそ異なるものの、血を求めて人間を襲う怪物の伝承が、あらゆる地域で語り継がれている
そんな、世界各地に残る奇妙な吸血鬼伝説を探索していこう
東南アジアの吸血鬼伝説
東南アジアは東欧に負けずとも劣らない、吸血鬼伝説の宝庫である
しかも、どことなくスタイリッシュさを感じる東欧のそれとは異なり、血生臭く醜悪極まりない吸血鬼伝説が数多く云い伝えられている
最も有名なのは、タイ王国のピー・ガスー(Phi Krasue)という女吸血鬼である
ピー・ガスーは、日中は普通の人間のようにふるまっており、外見だけでは吸血鬼かどうかを判別することはできない
だが夜になると、ピー・ガスーは胴体と頭部を分離させ、首と内臓だけで宙を舞うという
彼女は血が大好物であり、民家に侵入しては、眠っている人間の生き血をこっそり啜る
しかし内臓むき出しのその身体は非常に脆く、ちょっとでも傷がつくと死んでしまうのだそうだ
ずいぶんと変わった吸血鬼であるが、タイでは非常に人気が高く、映画やドラマにおいて頻繁に題材にされている
ピー・ガスー役をきっかけに注目を集める女優もいるとされ、タイの怪談文化においては特別な存在感を持つ妖怪といえる
また、マレー半島やボルネオ島にはペナンガラン(Penanggalan)という、ピー・ガスーと酷似した吸血鬼が伝わる
ペナンガランも普段は人間のフリをしているが、夜になると首と内臓だけになり、生き血を求めさまようのだという
このような「首と内臓だけで飛ぶ」吸血鬼の伝承は、東南アジアに広く分布しており、古来より人々に恐れられてきたのである
中南米の吸血鬼伝説
中南米は白人による侵略と入植、そして奴隷貿易による移民の流入により、現地の伝承と舶来の伝承が複雑に混ざり合ってきた歴史を持つ
皮肉にもその結果、オリジナリティあふれるさまざまな吸血鬼伝説が、数多く生まれている
コロンビアには、パタソラ(Patasola)なる女吸血鬼の伝承がある
その名は「片足の女」を意味し、文字通り隻脚の姿をしている
ジャングルに生息しており、通りかかった木こりや猟師を誘惑して森の奥へと誘い込み、その血を啜って殺すとされている
一説によると、パタソラは元々人間の女性であり、人妻であったそうだ
だが夫を裏切って不貞を働いた結果、間男ともども夫に惨殺されてしまったという
その際に片足を切り落とされ、もがき苦しみながら絶命した結果、激しい憎しみとともに吸血鬼として蘇ったと伝えられている
カリブ海沿岸地域には、スークヤント(Soucouyant)という奇妙な吸血鬼が伝わる
普段は人間の老婆の姿をしているが、夜になると皮を脱ぎ、火の玉となって飛び立ち始める
そして血を求めて民家に侵入するのだが、その際にどんなに厳重に戸締りをしていても、鍵穴などのちょっとした隙間から入ってきてしまうという
血を吸われ過ぎて死んだ者は新たなスークヤントになるともされ、非常に恐れられていた
だがスークヤントは非常に神経質な性格をしており、十字路に米粒などが積まれていると、数えずにはいられないのだそうだ
そこで人々は集落の周りに米を撒き、スークヤントがそれを数えている隙に、彼女が脱ぎ捨てた皮を見つけ出す
そこへ粗塩を揉み込むことで、スークヤントは人間の姿に戻れなくなり、そのまま絶命するという
日本の吸血妖怪
意外なことに我々の住む日本においても、吸血鬼の伝承は残されている
よく知られるものに、九州各地の海辺に現れるという磯女(いそおんな)が挙げられる。
一見美しい女性のようだが、下半身は蛇のようだとも、幽霊のように透けて見えるともいわれる
その伝承には地域差があるが、大抵のパターンにおいて、男の血を吸って殺してしまう恐ろしい妖怪として描かれる
他にも、狂言の演目『蚊相撲』においては、世にも珍しい「蚊の精」が登場する
(意訳・要約)
ある大名が家来を召し抱えたいと思い、部下に強者を連れてくるよう命じた。
すると部下が町から、屈強な力士を連れてきたではないか。
なんでも彼は、江州守山(現在の滋賀県守山市)から来た者で、相撲にはかなり自信があるとのことだった。
さっそく大名は力士の実力を見るため、自らが取組相手となった。
ところが力士は羽虫のように舞い、大名は翻弄され、まるで血を抜かれたようにフラフラになって倒れてしまった。
実は力士の正体は、蚊が人間に化けたものだったのである。
(江州守山は、かつて蚊帳の産地として知られており「蚊」と結びつけられやすい土地でもあった)
肉体がぶつかり合った瞬間、力士は口から針を伸ばして大名の血を吸い取っていた。
だが力士の正体を察した大名は、部下に耳打ちをしたのち、もう一度取組を行いたいと言った。
人肌に触れ、思う存分血を吸いたい力士は、この提案を受け入れる。
そして再び取組が始まったその刹那、部下は扇をパタパタとあおぎ、力士に向かってこれでもかと風を送り始めた。
すると蚊である力士は、風にあおられて思うように舞えなくなってしまう。
大名はこの機を逃さず、素早く力士の口から針を引き抜いた。
血を吸えなくなった力士は、そのまま敗走したという。
このように吸血鬼の伝説は地域によって大きく異なるが、そこには人々が血や死、夜の闇に抱いてきた根源的な恐怖が、色濃く刻まれているのかもしれない
参考 : 『Jah-het of Malaysia art and culture』『蚊相撲』他
文 / 草の実堂編集部
(この記事は、草の実堂の記事で作りました)
本記事では、吸血鬼の本場(!?)・ヨーロッパ以外の世界各地の吸血鬼の怪異、伝承、伝説を紹介した
ヨーロッパ以外にも吸血鬼伝説はあるのですね
吸血鬼の伝説は地域によって大きく異なるが、そこには人々が血や死、夜の闇に抱いてきた根源的な恐怖が、色濃く刻まれているのかもしれない
ちなみに、蚊やヒル、チスイコウモリなどの「吸血動物」も世界各地にいるらしい
ヒト、ウシ、ウマ、その他・・・
あらゆる "他者" の血を吸って生きる動物たちのカラー図鑑
血を吸うしくみや、疫病媒介の歴史など、幅広いテーマで彼らの生態を紹介します











