メインウェーブ日記

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(以下はその一例です)


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例:伝説の史上最強馬・シーバード

16戦全勝無敗と凱旋門賞連覇・リボー

(日本の名馬)~コラム(競馬)

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例:日本競馬史上最強馬・シンボリルドルフ

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(コラム)~コラム(競馬)

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ノーザンダンサー系の今後

(世界のホースマン)~コラム(競馬)

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(日本のホースマン)~コラム(競馬)

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■大相撲の名力士~コラム(大相撲)

雷電為右エ門、谷風梶之助、双葉山定次、大鵬幸喜など

例:史上最強力士・雷電為右エ門

横綱の中の横綱・谷風梶之助


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例:20世紀最高のロックバンド・ビートルズ

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(男子)~コラム(スポーツ)

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例:4大大会優勝回数史上1位などのロジャー・フェデラー選手

「土の絶対王者」ラファエル・ナダル選手

(女子)~コラム(スポーツ)

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例:「年間ゴールデン・スラム」を達成した女王・・・シュテフィ・グラフ選手


■F1の名ドライバー~コラム(スポーツ)

アイルトン・セナ、ミヒャエル・シューマッハー、アラン・プロストなど

例:「音速の貴公子」「最も速かった」アイルトン・セナ選手

「史上最強ドライバー」ミヒャエル・シューマッハー選手


■各種スポーツ


■その他気になるニュースやスポーツなど

「怪異」とは、人知では捉えきれない「あやしい」「常ならざるものごと」を指す言葉である
出自が不明で、現代の科学や常識では説明のつかない存在や現象は、すべて広義の怪異に含まれると言ってよい

その観点に立つならば、たとえば宇宙人もまた、一種の怪異として捉えることができる
どこから来たのか、なぜ現れるのかがわからず、人類の理解を超えているという点において、怪異と共通しているからである

興味深いのは、世界各地に伝わる古い伝承の中に、まるで地球外から現れたかのような姿やふるまいをもつ存在が少なからず登場することである
神や精霊、あるいは魔物として語られてきたこれらの存在は、現代の視点から見れば、宇宙人との関連を想起させるものも少なくない

そうした「宇宙人の可能性がある怪異伝承」について、いくつかの事例を取り上げて紹介していきたい

1. 虚舟

虚舟(うつろぶね)は、日本各地に伝わる、UFO(未確認飛行物体)に酷似した漂流物である


江戸時代の様々な文献にて、その存在が図説とともに言及されている
享和3年(1803年)、常陸国(現在の茨城県)に現れた虚舟は、次のようなものだったという

(意訳・要約)

常陸の浜で、奇妙な舟が発見された
その見た目は円形の器のようであり、上の方はガラス張り、底面は鉄板でできていた
舟の中には謎めいた文字が描かれており、また、一人の女がいた

女は言葉が通じず、赤髪に白のメッシュが入っており、どう見ても日本人ではない
さらには謎の箱を後生大事に抱え、決して手放そうとはしなかった
はてさてどうしたものかと、発見者たちが途方に暮れていたところ、とある物知りな老人が、

「その昔、蛮国(外国)の王女が不倫をしたそうだ。間男は処刑され、王女は虚舟なる乗り物に放り込まれ流された。まさしくこの舟こそ、その虚舟であろう。箱の中身は恐らく、処刑された間男の生首だろうよ」

と言った。

皆はナルホドと思い、女と虚舟を沖へと流し返した。

「円盤のような見た目」「未知の言語」「奇妙な乗組員」などの特徴から、その正体は海に墜落したUFOではないかと、オカルトマニアの間でまことしやかに囁かれている


2.チュパカブラ

チュパカブラ(Chupacabra)は、中南米に伝わるUMA(未確認生物)である

その名はスペイン語で「ヤギの血を吸う者」を意味するが、ヤギに限らずあらゆる家畜を吸血し殺傷する、おぞましき怪物として恐れられている

事の起こりは1975年、プエルトリコのモカという町から始まった
のどかな田舎町に突如として、牛・ヤギ・ガチョウといった家畜の変死体が、次々と発見される怪事件が起こったのだ

奇妙なことに、すべての死体に円形の刺し傷があり、血がことごとく抜かれていたという
また、家畜の死体はモカの町のみならず、コロサル・ファハルド・サンフアンなどの、比較的遠方の町からも続々と見つかった


これらの事件は、当初は頭のおかしいカルト集団の仕業と考えられた
しかし、死体の数があまりにも多すぎるので、犯人は「人ならざる存在ではないか?」と考える者もでてきた

一連の事件は「El Vampiro de Moca(モカの吸血鬼)」の仕業とされ、解決の糸口もつかめぬまま、遂には迷宮入りすることになってしまったのである

やがて時の流れと共に事件は風化し、人々の記憶から忘れ去られていった
だが、惨劇は再び起こった

1995年、プエルトリコのとある農家にて、8頭のヤギが死んでいるのを発見された
死体には刺し傷があり、血をすっかりと抜かれていたという

それはまるで、「モカの吸血鬼」の再来のようであった・・・

この事件は報道されるや否や、瞬く間に話題となる
プエルトリコの人気コメディアン・司会者であるシルベリオ・ペレスは、ラジオ番組にて犯人を「チュパカブラ」と呼称し、この名は現在に至るまで定着することとなる

やがて血を抜かれた家畜の死体は、プエルトリコ以外の中南米、そして遂にはアメリカでも発見されるようになった
目撃者の証言によれば、チュパカブラは背中にとげを生やした、巨大な目の異形であったという

その姿はまるで、我々のイメージする典型的な「宇宙人」を彷彿とさせる(ただし、2000年代頃からは犬のような姿をしたチュパカブラの目撃情報が増えている)

現在でもチュパカブラによる家畜の襲撃事件は、稀に起きることがあるそうだ

その正体は「毛の抜けた野犬」であるというのが、現在における有力な説の一つである
だが、チュパカブラを「地球外生命体」と見なす意見も、一部では存在する
なぜならチュパカブラの所業は、キャトル・ミューティレーション(Cattle mutilation)との共通点が多いからだ

キャトル・ミューティレーションとは、異星人による家畜の惨殺事件のことを指す
被害にあった家畜は、血や内臓をことごとく取り除かれた、見るも無残な状態で発見される
これは異星人が家畜を誘拐、UFO内部で解剖したのち、体の一部を献体として持ち帰っているからだという

この実行犯が、チュパカブラだという説がまことしやかに囁かれているのだ

現在、キャトル・ミューティレーションは「野生動物が家畜を食っただけ」というのが通説であるが、やはりエイリアンの仕業だと信じる声は根強い

3.アヌンナキ

アヌンナキ(Anunnaki)は、古代メソポタミア文明に伝わる神の集団である

天と地を支配し、人間の運命を決定づける強大な神々であり、畏敬の念を以って崇拝されていたと考えられるが、詳しい全容はいまだ判明していない
なぜなら、神話が記された粘土板の一部が破損・風化しており、解読が極めて困難だからだ

そんなアヌンナキにも、その正体は宇宙人ではないかという珍説が存在する

アメリカの作家、ゼカリア・シッチン(1920~2010年) は著書『第12番惑星』において、アヌンナキは「惑星ニビル」から地球へ飛来した、高度な科学技術を持つ異星人であると主張している

彼らは45万年ほど前に、金を掘るため地球に立ち寄ったという
そして効率よく採掘を行うため、遺伝子操作で現生人類を生み出し、奴隷として扱き使っていたというのだ

無論、荒唐無稽かつ、何一つとしてエビデンスのないこの説は、専門家から総スカンを食らった

だが、あまりにもぶっ飛んだ解釈であるゆえに、極まった好事家の中には、この説を熱烈に支持する者も多い

そしてこのような「異星の来訪者」に関する伝承や解釈が、世界各地の怪異譚とどこかで重なっていくのもまた、興味深い現象である

参考 : 『虚舟の蛮女』『第12番惑星』『”Chupacabra” remains bought by Oswego County man』他
文 / 草の実堂編集部

(この記事は草の実堂の記事で作りました)

宇宙人を思わせる世界の奇妙な怪異伝承・・・

1. 虚舟
2.チュパカブラ
3.アヌンナキ

このような「異星の来訪者」に関する伝承や解釈が、世界各地の怪異譚とどこかで重なっていくのもまた、興味深い現象である

参考記事:

江戸時代にUFOみたいな舟で「蛮女」が漂着!?
【科学で説明できない】現代でも解明されていない“日本の怪現象”5選



 

 


虚舟事件の裏に隠されていたもうひとつのエイリアン遭遇事件とは!?
1803年2月、常陸国に一隻の「虚舟」が漂着した
内部には言葉が通じないひとりの蛮女が乗っており、何やら見慣れない文字が記されていた
ひょっとして、お釜形をした虚舟はUFOで、蛮女は異星人だったのではないか
謎を解く手がかりである虚舟文字を解読したとき、そこに浮かびあがってきたのは地底王国シャンバラだった!!
蛮女が抱えていた箱と「イエスの聖櫃」の秘密に迫る!!

「馬」は、人類と一蓮托生のパートナーといっても過言ではない生き物である

太古の時代において、馬は現代でいうところの自動車のようなものであり、貴重な移動手段として丁重に扱われていた

神話や幻想の世界においても馬はポピュラーな存在であり、数多くの伝承が世界各地に残されている

そんな馬にまつわる伝説について、いくつか紹介していきたい


古代ギリシャの馬伝説「ペガサス」

ギリシャといえば、オリンピック発祥の地として名高い

古代オリンピックには馬を駆って行う「騎馬競走」や「戦車競走」なる競技があり、人気を博していた
そんな馬とかかわりの深いギリシャには、馬にまつわる様々な伝説が存在する

ギリシャ神話でもっとも有名な馬の一つとして、ペガサス(Pegasus)が挙げられるだろう

日本語で「天馬」と呼ばれるこの馬は、鳥のような翼を持ち、空を自由自在に飛ぶことができたという

神話によるとペガサスは、英雄ペルセウスがメドゥーサという怪物を殺した際、その死体から生まれた存在だとされている
その後ペガサスは、英雄ベレロフォンの愛馬となり、様々な戦いに参加したと伝えられている

ペガサスのような聖なる馬の伝承がある一方で、邪悪な馬の伝承も存在する

トラキア(バルカン半島南東部)のディオメデスという人物は、四頭の凶悪な人喰い馬を飼っていたという

馬は草食動物なので、本来ならば肉を食べることはないのだが、この馬たちは人肉を好んで食べていたというから恐ろしい

ディオメデスは、トラキアを訪れた旅人などを捕まえては、馬のエサとしてあてがっていた

かの英雄ヘラクレスは、十二の試練をクリアしたことで有名だが、その内の一つに、この人喰い馬を捕らえるというものがあった
ヘラクレスは人知を越えた怪力を有しており、獰猛な人喰い馬たちも難なく生け捕りにすることができた

そして、ヘラクレスはこの馬の管理を、アブデロスという少年に任せることにした
だが、非力なアブデロスでは馬たちを制御できず、哀れにも彼は食い殺されてしまったという

激怒したヘラクレスはディオメデスを惨殺し、馬たちのエサにしてしまった
すると不思議なことに、馬たちはスッカリ大人しくなり、二度と人を食べることはなかったそうだ

水辺に現れる馬の怪異「ケルピー、アハ・イシュケ」

ヨーロッパにおいて、不思議な怪物や精霊は「妖精」と呼ばれ、恐れられてきた

スコットランドにはケルピー(Kelpie)という、馬の姿をした妖精の伝承が残されている

この妖精は川辺や湖のほとりに出現し、一見すると大人しそうな印象を受けるという
馬を見ると、背中に乗ってみたくなるのが人間の性質(さが)である
特に子供などは、嬉々としてケルピーの背中に跨るであろう

だがそれこそが、この妖精の策略なのである
うっかり背中に乗ってしまったが最後、ケルピーは猛スピードで水の中に突進し、あっという間に水深の深いところまで到達してしまう
騎乗していた者は即座に溺れ死に、この妖精のエサとなってしまうのだ

犠牲者の遺体が見つかることはないが、川辺には食べ残された肝臓だけが打ちあがるので、ケルピーに襲われたことが分かるという

また、アイルランドにはアハ・イシュケ(each uisce)という、類似する妖精の伝承が伝わっている

この妖精もケルピーと同じく、背中の人間を溺死させ、肝臓以外を食べ尽くすとされる

アハ・イシュケは川や湖だけでなく海にも出現し、さらにその背中は伸縮自在で、何人でも騎乗させることができるという

ゾロアスター教の「聖なるロバ」

馬の近縁である「ロバ」もまた、人間にとって有益な生物である

その性格は馬と比べてドライで気難しいとされるが、体が非常に頑丈であり、粗末な食事でも健康的に生きられるゆえ、管理が楽という長所がある

そんなロバも時に、神秘的な生物として扱われることがあった

ペルシャ(現在のイラン)の古代宗教「ゾロアスター教」の書物『ブンダヒシュン』では、三本脚のロバ(xar ī se pāy)という奇妙なロバの話がある

このロバは、原初の海「ヴォウルカシャ」の中心に佇んでいるとされる
その姿はこの上ない異形であり、三本の脚・六つの目・一本の角・九対の睾丸を有するという
計十八個の睾丸があるというのは驚きだが、その睾丸一つ一つが家ほども大きいというから、さらに驚きである

しかもこの睾丸、本来あるべき股間ではなく、頭・背中・脇腹にそれぞれ三対ずつ生えているという

また、その目から発せられる驚異的な眼力は、あらゆる病や害虫を破壊するとされている
一本角からは千本の枝が生えており、腐敗や穢れを滅する効能があるそうだ

三本脚のロバが鳴き声を上げると、善なる雌たちは皆妊娠し、悪しき雌たちは皆流産する
他にも、海に放尿することで、この世の全ての水がキレイに浄化され、糞を垂れることで、龍涎香が生み出されるという

※龍涎香――マッコウクジラの腸内で形成される結石。主に香料として用いられる

ゾロアスター教は、善と悪の対立を説いた宗教である
このロバはそんなゾロアスター教の「善」なる部分を象徴した存在として、今なお語り継がれている

参考 :『神統記』『ビブリオテーケー』他
文 / 草の実堂編集部

(この記事は草の実堂の記事で作りました)

世界の“神獣化した馬”たちの伝承・・・

ペガサス
四頭の凶悪な人喰い馬
ケルピー
アハ・イシュケ
ゾロアスター教の「聖なるロバ」

これらは神獣化した馬たちの伝承である


 

 


竜といった想像上の生き物や、古今東西の文学作品に登場する不思議な存在をめぐる120のエッセイを紹介
古今東西の幻獣を掲載

合成獣とは、2種類以上の異なる生物が融合した怪物であり、古くから神話や伝説の中で語られてきた

特に西洋の神話や伝承においては、ポピュラーな存在といえる

その中でも代表的な合成獣を紹介し、その特徴や物語を探っていきたい

1.キマイラ

ベストオブ合成獣といえば、やはりこのキマイラ(Chimaira)が挙げられるだろう

ギリシャ神話を代表する怪物の一つであり、生物学におけるキメラ(複数の異なる遺伝情報を持つ事象・個体)の語源となった存在である

伝承によれば、キマイラは嵐の神テュポーンと蛇の女神エキドナの子供とされる

ライオンの頭、ヤギの胴体、蛇の尻尾を持ち、さらにヤギの頭が追加される姿で描かれることが多い
また、ライオンの頭には雄特有の立派な鬣(たてがみ)が生えているが、意外にもキマイラの性別は雌である

口から炎を吐く獰猛で恐ろしい怪物であったが、最後は有翼の馬ペガサスを駆る英雄ベレロフォンによって退治されたという

討伐の方法には諸説あり、弓矢で射殺されたとも、火を吐く瞬間に口に投げ込まれた鉛が熱で溶け、喉を焼かれて窒息死したとも言われている

2.クノパストン

クノパストン(Kunopaston)またはクノペゴス(Kunopegos)は、海に棲む悪魔として伝承されている

その存在は、イギリスの学者フレデリック・コーンウォリス・コニベアが翻訳した「ソロモンの遺訓」などの文献にて言及されている

ギリシャ神話に登場するヒッポカンポスという、馬の上半身と魚の下半身を持つ怪物に似ているが、ヒッポカンポスが神の乗る馬車を引く神聖な生物であるのに対し、クノパストンは神に逆らう邪悪な悪魔であるとされる

クノパストンは強欲で、船を転覆させて乗組員を殺害し、金銀財宝を奪うことを好む
また、姿形を自由に変える能力を持ち、大波や人間の姿に変身して陸に上がることもあるが、水気のない陸地には長時間滞在できないという

最終的に、古代イスラエルの王・ソロモンによって封印され、その悪行に終止符が打たれた

3.ル・カルコル

ル・カルコル(Lou Carcolh)は、フランスの伝承に登場するカタツムリに似たドラゴンである

蛇の体に巨大な殻を持ち、全身が毛で覆われ、さらにヌルヌルとした粘液で覆われた恐ろしい姿が特徴だ

フランスのランド県アスタング村の地下には、巨大な空洞があるとされており、ル・カルコルはそこに住んでいると信じられていた
洞窟に侵入した者は、ル・カルコルの長い触手で捕らえられ、丸飲みにされてしまうという

アスタングの住民は、盗賊や侵略者から大事な物を守るため、財宝を地下に隠す習慣があった

スペイン人の侵略時、欲に駆られた侵略者たちは、隠された財宝を手に入れようと次々とル・カルコルの住む洞窟に足を踏み入れたが、誰一人として生還する者はいなかったと言われている

4.ペリュトン

ペリュトン(Peryton)は、かつてアトランティス大陸に生息していたとされる恐ろしい怪物である
作家ホルヘ・ルイス・ボルヘスが執筆した『幻獣辞典』で、その姿が描かれている

※幻獣辞典とは、古今東西様々な怪物を収録した百科辞典のような文学作品
ボルヘスの創作したオリジナル怪物も多数収録されている

ペリュトンは牡鹿の頭部と脚、鳥の体を持つ怪鳥であり、光を浴びたときに現れる影が人間の姿に似ているという不思議な特徴を持つ
この怪物は人類にとって天敵であり、人間を見つけると集団で襲い掛かり、殺そうとする

ペリュトンが人間を殺すことに成功すると、本来の自分の影を取り戻すことができると伝えられている

ペリュトンは地中海地域でも度々目撃され、例えば、ローマ軍がカルタゴ征服の航海中にペリュトンの群れに襲撃されたという

しかし、ペリュトンに関する多くの記録はアレキサンドリア大図書館の焼失によって失われてしまった

残された少数の記録も、ドイツのドレスデン大学に保管されていたが、第二次世界大戦中の連合国による爆撃やナチスの焚書によって再び失われたとされる

5.アメミット

アメミット(Ammit)またはアーマーンは、エジプト神話に登場する女神である

彼女は、ワニの頭、ライオンの鬣と上半身、カバの下半身を合わせ持ち、これらの動物はいずれも古代エジプトで最も恐れられていた
これらの要素を兼ね備えたアミメットは、深い畏敬の念を以って信仰されていたと考えられている

古代エジプトでは、死者は冥界で審判を受けるとされ、死者の心臓が天秤にかけられた
天秤の一方には心臓、もう一方には正義の象徴であるダチョウの羽が乗せられる。もし心臓が羽よりも重ければ、その死者は罪深い者とされ、アメミットがその心臓を食らう運命にあった

心臓を食われた者は、魂が消滅し、生まれ変わることも叶わず、存在そのものが無に帰すと考えられていた

これらの合成獣は、古来より人々の恐怖や畏敬の念を象徴する存在として語り継がれてきた
その伝承は、現代においてもなお、神秘と想像力の源泉として人々を惹きつけている

参考 : 『幻獣辞典』『神魔精妖名辞典』他
文 / 草の実堂編集部

(この記事は草の実堂の記事で作りました)

地中海の異形の怪物たち・神話を彩る恐ろしい合成獣の伝承 ・・・

1.キマイラ
2.クノパストン
3.ル・カルコル
4.ペリュトン
5.アメミット

これらの合成獣は、古来より人々の恐怖や畏敬の念を象徴する存在として語り継がれてきた
その伝承は、現代においてもなお、神秘と想像力の源泉として人々を惹きつけている


 

 


竜といった想像上の生き物や、古今東西の文学作品に登場する不思議な存在をめぐる120のエッセイを紹介
古今東西の幻獣を掲載

2026年は午年であり、干支は「馬」である

太古の時代から馬は、人や物品を運ぶ車のような存在として重宝されてきた

馬の太い「脚」は長距離を高速で走るのに適しており、その筋肉の躍動は、神秘的なものすら感じるほど美しい

そんな強靭な脚が4本のみならず、6本・8本と生えていたとすれば、馬はより速く走ることができるのではないかと、古代の人々は考えた

神話や幻想の世界においては、4本以上の脚を有し、物理法則を超えたスピードで疾駆する馬がたびたび登場する

そんな驚異的な馬たちの伝説、伝承について紹介していきたい

北欧神話の名馬

ゲルマン人に伝わる北欧神話には、スレイプニル(Sleipnir)という8本脚の馬が登場する

「最高の馬」と称されており、恐るべきスピードで走り、空を飛ぶことすらできるという
北欧神話の主神「オーディン」はこの馬を駆り、世界のあちこちを縦横無尽に駆け回るとされる

スレイプニルの父親は「スヴァジルファリ」といい、巨大な岩石をも軽々と運べる優れた牡馬だとされる
そして母親は「ロキ」という、人間の姿をした男神であった

当然、オスとオスとで、それも異種間で子供など生まれるハズがない

どういうことなのかというと、ロキは変身能力を持っており、雌馬に化けてスヴァジルファリを誘惑したのである

狙い通り興奮したスヴァジルファリと夜を共にした結果、ロキはスレイプニルを身籠った、と伝えられている

源頼朝に献上された9本脚の馬

鎌倉時代に記された歴史書『吾妻鏡』には、とある不思議な馬にまつわる伝承が語られている

建久四年(1193年)のことである

横山時広という侍が、鎌倉幕府の征夷大将軍・源頼朝(1147~1199年)の元へ、一匹の馬を連れて馳せ参じたという

しかしその馬は、明らかに異常であった

將軍覽之。有其足九〔前足五。後足四〕。
仰左近將監家景。可被放遣陸奥國外濱云々。
然而房星之精不足愛之。

意訳 :
将軍(源頼朝)がこれを覧じると、その馬には足が9本あった(前5本・後4本)。
そこで左近将監家景に命じ、陸奥国外浜へ放つよう指示した。
房星の精気を帯びたものではなく、愛すべき存在ではないと判断した。

『吾妻鏡』建久4年7月24日条より引用

この馬を見て、頼朝がどう思ったかは定かではない

馬は陸奥国(福島・宮城・岩手・青森など)の「外浜」という場所に放逐されたが、外浜は当時の陸奥国の辺境地であり、都から遠い地であった

頼朝はこの馬を快く思わなかったようだ

そして陸奥国へ運ばれる途中で、馬は射殺されたと伝えられている

ドラゴンの駆る馬は5本脚!

ハンガリーの民話『勇者ヤーノシュと黒龍フェルニゲシュ』(19世紀に採集された民話の一系統)には、多脚の馬を駆るドラゴンが登場する

(意訳・要約)

昔々ある所に、ヤーノシュという男が、3人の姉と暮らしていた。
ところがある時、一匹のドラゴンが現れ、長女を連れ去ってしまった。

翌日、今度はより巨大なドラゴンが次女を、その3日後にはさらに巨大なドラゴンが三女を、それぞれ誘拐していった。

途方に暮れたヤーノシュは、放浪の旅に出た。
そしてフラっと立ち寄った国の城にて、給仕として仕えるようになった。

それからしばらくの時が経ち、ヤーノシュが21歳になると、王女から求婚された。
あれよあれよとヤーノシュは、一国の王となったのである。

さて、この城には「禁断の間」があり、何人たりとも決して入ってはいけないという決まりがあった。
しかし好奇心旺盛なヤーノシュは、禁を破り入ってしまった。

すると安置されていた石桶の中から、「水をくれ」という声が聞こえるではないか。
ヤーノシュが葡萄酒を桶の隙間から注ぎ込むと、中から一匹の黒いドラゴンが飛び出してきた。

その名はフェルニゲシュ(Fernyiges)。あまりの強さに封印されていた、恐るべき魔物である。
自由の身となり有頂天のフェルニゲシュは、王女をさらい何処かへ飛び去っていった。

姉たちに続き妻までも失ったヤーノシュだったが、王となった彼は人間的に成長しており、もはや絶望することはなかった。

フェルニゲシュを抹殺し王女を救うべく、彼は旅に出た。

道中、謎の世界に迷い込んだ彼は、そこでかつて誘拐された姉たちと再会する。

長女は6本首のドラゴンと、次女は12本首のドラゴンと、三女は24本首のドラゴンと、それぞれ暮らしていた。

ドラゴンたち曰く、フェルニゲシュはドラゴンの長だが、性格が異常に悪く、皆が嫌っていたという。
そこでドラゴンたちが総力を挙げて、石桶に封印した、ということらしい。

彼らからもたらされた情報により、王女はフェルニゲシュの居城にいることを、ヤーノシュは知る。
ドラゴンたちから馬を借り、城へ向かったヤーノシュは、ついに王女を救うことに成功した。

ところが怒り狂ったフェルニゲシュに、ヤーノシュはバラバラに切り刻まれて死んでしまう。
だが6本首・12本首・24本首のドラゴンの魔法により、ヤーノシュは息を吹き返した。

復活したヤーノシュは「火の海の中にある7の7倍の島」に赴き、そこに住む魔女から「6本脚の馬」を奪うことに成功する。

6本脚の馬を駆り、ヤーノシュは再び王女を奪還した。
対するフェルニゲシュは「5本脚の馬」を駆り、ヤーノシュと王女を追いかける。
しかし6本脚の馬は凄まじい速度で走ることができ、5本脚の馬ではとても追いつけない。

フェルニゲシュは「もっと速く走れ!」と拍車(馬の腹部を刺激し前進させる道具)を使い、5本脚の馬を急かした
しかしそれにイライラした5本脚の馬は、フェルニゲシュを背中から振り落としてしまう。

フェルニゲシュは落馬し死んだ。ドラゴンの暴君の最期は、あまりにも呆気ないものであった。

そしてヤーノシュと王女は、自分たちの国へと帰っていったのである。

このように脚を増やされた馬たちは、各地の神話や年代記の中で「常ならぬ力」や「吉凶の兆し」を象徴する存在として語り継がれてきた

人々は速さや異様さに畏れと期待を託し、多脚の馬という幻想を生み出したのかもしれない

参考 : 『古エッダ』『吾妻鏡』『Vitéz János és Hollófernyiges(勇者ヤーノシュと黒龍フェルニゲシュ)』
文 / 草の実堂編集部

(この記事は草の実堂の記事で作りました)

世界に伝わる多脚の馬たちの伝説・・・

脚を増やされた馬たちは、各地の神話や年代記の中で「常ならぬ力」や「吉凶の兆し」を象徴する存在として語り継がれてきた

人々は速さや異様さに畏れと期待を託し、多脚の馬という幻想を生み出したのかもしれない



 

 


竜といった想像上の生き物や、古今東西の文学作品に登場する不思議な存在をめぐる120のエッセイを紹介
古今東西の幻獣を掲載

「ギリシア神話」というと、神々が支配する世界である
しかしそこには「人間的要素」が大いに満ちあふれている

神も人間であり、恋愛もすれば結婚もし、喜怒哀楽を決して隠したりしない
とても人間的であり、人との違いは「不死」であるが、人間的要素に満ちている

そんな部分が現代の私達に「ロマン」を抱かせ「愛」を見つける事もできるのであろう
人を惹きつけてやまない理由の一つだ

「ギリシア神話」の根源は、とてつもなく広い
現代にも、残っている「ギリシア神話」の欠片を拾いあげてみた


古代ギリシアの3大悲劇詩人とは?

前5世紀頃、神話を題材とした「物語」が作られる

芸術活動の中心地でもあった”アテナイ”では、劇場で年に一度の悲劇が上映され、そのほとんどの「テーマ」はおおむね神話上の英雄から選ばれた

悲劇詩人達は想像力を駆使して「神話・伝説」を脚本し結末を変えたり、創意工夫を凝らしたのである

アイスキュロス
【主な作品】
「アガメムノン」
「供養する女たち」
「慈しみの女神たち」

オレステイアの3部作と呼ばれ、ミュケナイ王とその子供達による仇討ちの物語

ソポクレス
【主な作品】
「オイディプス王」
「アンティゴネ」

彼は政治家としても活躍
「オイディプス王」はギリシア悲劇の最高傑作と言われる


エウリビデス
【主な作品】
「バッカイ」
「メデイア」
「ヒッポリュトス」

悲劇作家の革新者。男性優位の世界で生きる女性達の苦悩・悲劇なども表現している

ルネッサンスで花開く「ギリシア神話」

ギリシア神話が再び注目されたのは「ルネッサンス運動」からで、その後世界中に広まっていく
16世紀前半にオウィディウスの「変身物語」の英訳本が出版されたのを機に、日本では20世紀初頭に「ギリシア神話」の翻訳本が出版される

以後、様々な翻訳本が出版され「ギリシア神話」が広く知られる様になるのである

夏の夜の夢

シェイクスピア(1564年~1616年)
アテナイの英雄テセウスとヒュッポリテの結婚式を祝う場面で幕が上がる喜劇作品


失楽園
ジョン・ミルトン(1608年~1674年)
イギリス文学を代表する長編叙事詩だが、随所にギリシア神話のエピソードや登場人物を使った例えなどが登場する。

美女と野獣
ジェイムス・ジョイス(1882年~1941年)
ディズニー映画でおなじみ。原型は「エロスとプシュケ」

獅子
三島由紀夫(1925年~1970年)
エウリピデスの悲劇「メデイア」を下書きに舞台を終戦直後の日本に置き換えた

肉体美を追求したギリシア芸術

古代ギリシアの芸術作品の特徴は、神々を人間と同じ姿形で表現した事である

その当時エジプトやメポソタミアなどの地域では、神々は人間とは違う「異形の存在」で怪物と人間をミックスした形で表現するのが一般的だった

そんな中、ギリシア神話の神々は「喜怒哀楽」の激しい人間的な特徴を持っていたため、芸術における表現方法も、おのずと人間と同じ「姿形」となっていったのである

神は人間とは違う「絶対的な存在」
その「肉体」は人間を超えた「完璧な姿」でなくてはならない

古代ギリシアの彫刻家たちが「裸体の造形美」を探求し、理想の人体表現が完成していったのである

・ギリシア神話・言葉のあれこれ
神々    ラテン語名    英語名

ゼウス ユピテル    ジュピター
ヘラ     ユノ    ジュノー
ポセイドン    ネプトゥヌス ネプチューン
ハデス    プルト    プルートー
アプロディテ ウェヌス ヴィーナス
アレス    マルス    マーズ
へパイトス    ウルカヌス    ヴァルカン
アポロン    アポロ    アポロ
アルテミス    ディアナ    ダイアナ

・【ギリシア神話が由来の言葉】
ヴィクトリー(勝利)    勝利の女神ニケの「ラテン語」ウィクトリアから
エコー(音響・こだま)    美少年ナルキッソスに恋したニンフのエコから
オリンピック    大神ゼウスの神域だったオリュンピアで、ゼウスの為に行われた競技会から
ジューン(6月)    結婚の女神ヘラのローマ名「ユノ」junoから。ジューン・ブライドは「結婚の女神ヘラ」に由来していると言われている
タイタニック号    オリュンポス神族と戦った、巨大な身体を持つ「ティタン神族」の英語読みから
マーチ(3月)    軍神アレスの英語読みから

・【ギリシア神話が由来の商品名・ロゴ】
名称    由来

ネクター 森永製菓・不二家の飲料    神々が飲む「不死」の飲み物=ネクタルから
オデッセイ ホンダの自動車    トロイア戦争後のホメロスの叙事詩「オデリュセイア」から
イオス(キャノンの一眼レフカメラ)    曙の女神エオスにちなみ、新世代カメラの「夜明け」という意味を持つ
ガイア トヨタの自動車    大地を意味し、大神ゼウスの祖母にあたるガイアから

普段何気なく使っている単語・地名・商品名に至るまで「ギリシア神話」は身近に、溢れている。他にも色々あるが、代表的なものだけでもこれだけあるのである。

・生活に密着しているギリシア神話

神々が支配する世界ではあるが「ギリシア神話」は人間的要素に満ちている

神であっても恋に悩み、運命に翻弄され「喜怒哀楽」を欠かさない・・・そんなところが私達を魅了するのである

空を見上げれば「星座」にギリシア神話があり、生活の中にもギリシア神話
これだけ人間の生活に密着している神々は、ギリシア神話ならではだと思う

(この記事は草の実堂の記事で作りました)

ギリシア神話はあらゆるものの源泉となっている

芸術・文化・悲劇・エンタメ・文学作品など・・・

・ギリシア神話・言葉のあれこれ
神々    ラテン語名    英語名

ゼウス ユピテル    ジュピター
ヘラ     ユノ    ジュノー
ポセイドン    ネプトゥヌス ネプチューン
ハデス    プルト    プルートー
アプロディテ ウェヌス ヴィーナス
アレス    マルス    マーズ
へパイトス    ウルカヌス    ヴァルカン
アポロン    アポロ    アポロ
アルテミス    ディアナ    ダイアナ

・【ギリシア神話が由来の言葉】
ヴィクトリー(勝利)    勝利の女神ニケの「ラテン語」ウィクトリアから
エコー(音響・こだま)    美少年ナルキッソスに恋したニンフのエコから
オリンピック    大神ゼウスの神域だったオリュンピアで、ゼウスの為に行われた競技会から
ジューン(6月)    結婚の女神ヘラのローマ名「ユノ」junoから。ジューン・ブライドは「結婚の女神ヘラ」に由来していると言われている
タイタニック号    オリュンポス神族と戦った、巨大な身体を持つ「ティタン神族」の英語読みから
マーチ(3月)    軍神アレスの英語読みから

・【ギリシア神話が由来の商品名・ロゴ】
名称    由来

ネクター 森永製菓・不二家の飲料    神々が飲む「不死」の飲み物=ネクタルから
オデッセイ ホンダの自動車    トロイア戦争後のホメロスの叙事詩「オデリュセイア」から
イオス(キャノンの一眼レフカメラ)    曙の女神エオスにちなみ、新世代カメラの「夜明け」という意味を持つ
ガイア トヨタの自動車    大地を意味し、大神ゼウスの祖母にあたるガイアから

普段何気なく使っている単語・地名・商品名に至るまで「ギリシア神話」は身近に、溢れている。他にも色々あるが、代表的なものだけでもこれだけあるのである。

・生活に密着しているギリシア神話

神々が支配する世界ではあるが「ギリシア神話」は人間的要素に満ちている

神であっても恋に悩み、運命に翻弄され「喜怒哀楽」を欠かさない・・・そんなところが私達を魅了するのである

空を見上げれば「星座」にギリシア神話があり、生活の中にもギリシア神話
これだけ人間の生活に密着している神々は、ギリシア神話ならではだと思う


 

 


■ギリシャ神話とは
ギリシャ神話は、西洋人の精神的支柱であると言っても過言ではありません。聖書とともに、現代にも大きな影響を与えています
紀元前17世紀から口承で伝わってきた物語をホメロスやヘシオドスが『イリアス』『オデュッセイア』、『神統記』などにまとめていきました

■カオスからはじまるギリシャ神話の世界
カオス(混沌)から、大地の女神・ガイアが生まれ、そして、タルタロス、エロス、エレボス、エレボス、ニュクスが生まれた
さらに、ガイアはウラノスとポントスを生み、天と地と海がそろい、世界が完成します
ここから、神々の物語がはじまります

■ゼウスをはじめとするオリュンポス十二神
全知全能の神・ゼウスをはじめ、アポロン、アルテミス、ポセイドン等、オリュンポス山の山頂に住む12柱の神々のそれぞれのキャラクターと相関を、わかりやすく解説していきます

■愛と英雄の物語
ギリシャ神話には、愛憎劇が数多くあります興味深いエピソードをイラストを使い、関係性がわかるように解説しています
また、英雄たちの戦いの物語も興味深く、こちらもわかりやすく紹介しています

ブラジルといえば、ラテンのリズムで血湧き肉躍る、情熱的な国という印象が強いだろう

かつてブラジルは、先住民族インディオたちが暮らす土地であったが、16世紀頃にポルトガルの植民地となり、インディオ独自の文化は破壊され尽くされた

とはいえ、完全に消滅したわけではなく、わずかに生き残った先住民族の文化は、入植者である白人の文化や、奴隷として連れてこられた黒人の文化などと融合し、極めて多彩な文化として再構築された

その影響は、神話や幻想の世界にも及んでおり、異なる地域や民族の伝承が融合し、ブラジル独自の妖怪や怪物の伝説が数多く生まれたのである。

そんな個性あふれるブラジルの妖怪や伝説ついて紹介したい

1. ベスタフェラ

ベスタフェラ(Besta-fera)とは、ブラジル独自のケンタウロスである

ケンタウロスとはご存知の通り、ギリシャ神話に登場する半人半馬の怪物のことだ
白人の入植と共に持ち込まれたケンタウロスの伝承が、次第に独自の形へと変化し、ベスタフェラの伝説が生まれたと考えられている

その姿は、ギリシャのケンタウロスと基本的には同じだが、ベスタフェラはより悪魔的な様相を呈しているとされる

普段は地獄に生息しているが、満月の夜になると地上に現れ、おぞましい咆哮を上げながら走りまわるという
もし人間がベスタフェラの顔を見てしまえば、数日間は気が狂ってしまうそうだ

森を駆け抜け、道すがら動物たちを鞭で叩きまわしたベスタフェラは、最後は墓石(または赤い花)に吸い込まれるように入っていき、地獄へ帰るのだという

2.ムーラ・セン・カベッサ

ムーラ・セン・カベッサ(Mula sem cabeça)とは、首の無いラバの怪異である
(ラバとはロバと馬の合いの子のことを指す)

その名はポルトガル語で「首無しラバ」を意味する

本来、頭部があるべき場所からは炎が上がり、口だと思しき箇所に手綱が結ばれているとされる

奇妙にもこの妖怪ラバは、頭部がないにもかかわらず、ラバ特有のいななき声を発することがあるそうだ
それだけではなく、稀に女のすすり泣くような声も上げるという

伝承によると、元々ムーラ・セン・カベッサは人間の女であったが、あまりにも性に奔放だったがために、神罰を受けて怪物の姿に変じたとされている

つまり、人間だったころの記憶と、現在の醜悪な姿とのギャップにむせび泣いているのだ

ムーラ・セン・カベッサは、木曜日の夜~金曜日の朝にかけて出現するとされる
7つの教区(キリスト教の司祭が管轄する地域)を疾走し、もし前を横切る者がいれば全力で追いかけ、踏む・蹴るなどの暴行を加えるという
ラバは比較的大柄な動物のため、踏まれれば致命傷を負う可能性は高い

この妖怪に狙われた際の対処法は、口部に結ばれた手綱を解くことである
そうすることでムーラ・セン・カベッサは呪いから解放され、人間の姿に戻るとされる

本来の姿を取り戻した彼女は改心し、あわよくばそのまま結婚することも可能だという
ただし、外した手綱をもう一度口に咥えさせると、再び首なしラバの姿に戻り暴れ回るので、注意が必要とのことだ

ムーラ・セン・カベッサのルーツはヨーロッパにあるとされ、スペインのラバ女「ムラドナ」や、アイルランドの首無し妖精「デュラハン」などが元ネタの候補として挙げられる

3.キブンゴ

キブンゴ(Quibungo)とは、ブラジル北東部バイーア州に伝わる怪獣である

その姿は猿に似ているが、最大の特徴は背中にある袋状の巨大な口だ

キブンゴは邪悪な人食い怪物であり、特に子供を好んで食べるという
しかし、すぐ食べるようなことはせず、背中の口に子供を放り込み閉じ込め、巣に持ち帰ってからじっくり味わって食べる習性を持つとされる

ただ、キブンゴ自体はそこまで強くない魔物であるため、武装した大人の手によって、子供が救出されることも良くあるそうだ
特に近代兵器には弱く、銃があれば簡単に退治することができるという

この怪物のルーツはアフリカにあるとされ、黒人奴隷によってブラジルに持ち込まれた伝承であると考えられている

4.ダスザ

ダスザは、風の魔人である

日本の怪奇作家・中岡俊哉の著書「世界の魔術・妖術」においてのみ、存在が言及されている

その姿はまさに異形で、頭に巻き付く二匹のヘビ、巨大な単眼、耳まで裂けた口、そして4つの鼻の穴を持つという、恐ろしい容貌をしている

ダスザはこの4つの鼻から発する猛烈な鼻息と、手に持った羽根から放つ旋風により、木々をなぎ倒すほどの大規模な嵐を引き起こす

ブラジル北部の、とある山の西側の谷間に、高さ約3mの石造りピラミッドが建っており、その頂にダスザの像は祀られているという
人々はダスザを鎮めるために、毎月一頭の牛を、この像に捧げていたとされる

ある少年が悪戯心から、このダスザ像に向かって矢を放ったところ、突然吹き荒れた強風により空高く吹き飛ばされたという伝承もあり、ダスザの恐ろしさを物語る逸話として語り継がれている

参考 : 『世界の魔術・妖術』『妖怪・魔神・精霊の世界』『ファンタジィ図鑑』他
文 / 草の実堂編集部

(この記事は草の実堂の記事で作りました)

ブラジルのさまざまな文化を融合した個性的な妖怪たち・・・

1. ベスタフェラ
2.ムーラ・セン・カベッサ
3.キブンゴ
4.ダスザ

これらの妖怪は、ラテンの国・ブラジルで伝承が語り継がれている



 

 


石原豪人、柳柊二、好美のぼる、斉藤和明らが 豪華共演した伝説の本『世界妖怪図鑑』が堂々復刻!
私もこの書籍は小学校時代に夢中で読み、世界の妖怪を知った

人類は進化の過程で、四足歩行から直立二足歩行へと歩行様式を変化させた

この変化により「手」が自由となり、石を投げ、火を起こし、道具を作り出し、やがて文明を築くまでに至ったのである

人類はまさに「手に特化した」生き物と言っても過言ではないだろう

一方で、世の理から外れた妖怪の中には、「体の一部に特化した」存在が多数見られる

「手」や「足」に特化した妖怪伝承について紹介していく

1..頬撫で

頬撫で(ほおなで)とは、山梨県、長野県、宮城県、そして東京都などに伝わる妖怪である
夜道を歩く人間のほっぺたを、青白い手がネットリと撫でてくるという

実にシンプルな妖怪ではあるが、撫でられた人間はたまったものではない
下手をすれば、一生もののトラウマになるだろう

その正体は、茅などの植物の穂が頬に触れたものを、妖怪と誤認したのではないかとされている
しかし、東京都西多摩郡檜原村には、次のような伝承が残っている

天保の時代。とある兄弟が夜道を歩いていると、頬撫でに遭遇した。
まず最初に弟が撫でられ、次に兄が撫でられた。
兄弟はこれを怪しみ、刀を抜き、一閃してみたところ、真っ二つに切り裂かれた茅の穂が地面に落ちた。
その切り口からは、赤い血が滴り落ちていた。

一説には、人々の強い恐怖心が茅の穂に宿り、血を流させたのではないかとも伝えられている

2.馬の足

馬の足(うまのあし)とは、その名の通り、馬の足の姿をした妖怪である

この妖怪は夜道を歩く人々の前に、木の枝にぶら下がった状態で現れると伝えられている
もしも不用意に近づけば、強烈なキックを浴びせられるという

馬に蹴られた人間は、場合によっては命を奪われるほどの重傷を負うことがあり、この妖怪は非常に危険な存在であるといえよう

福岡県久留米市原古賀町の伝承では、この妖怪は「狸が化けたもの」と伝えられている

3.小袖の手

小袖とは、袖口の小さい着物のことである
その袖口から幽霊のような手がニョキニョキと生えてくる・・・これが妖怪・小袖の手(こそでのて)だ

この妖怪は画家・鳥山石燕の「今昔百鬼拾遺」など、江戸時代の様々な文献に登場する

「今昔百鬼拾遺」の中で、石燕は次のように解説をしている

ある遊女が亡くなった。
知人たちは彼女の遺品である小袖を見て、彼女が元気だったころを思い出し、嘆き悲しんだ。
しかし、その遊女は身請けされずに惨めに死んでおり、その無念が怨念として小袖に乗り移った。その怨念が袖から手を伸ばす様子は、まるで身請けの金を求めるかのようだった。

江戸時代の遊郭は劣悪な労働環境であり、金持ちに身請けされなかった遊女は、多くの場合、悲惨な末路を迎えることが多かった

鳥山石燕は、そうした遊郭の現実に対する風刺として、この妖怪を描き上げたのではないかと言われている

4.手長婆

手長婆(てながばばあ)とは、非常に長い手を持つ老婆の妖怪である

下総国(現在の千葉県北部から茨城県南西部にかけての地域)の伝承によれば、手長婆は水辺で遊ぶ子供をその長い手で捕らえ、水中に引き込む恐ろしい妖怪とされている

しかし実際には、水辺で遊ぶ子供たちに注意を促すための、いわば躾の一環として生まれた妖怪だとされている

それとは別に、手の長い老婆の伝承は日本各地に伝わっている

青森県の伝承では、手長婆は貝守ヶ岳という山に住む神秘的な老婆とされている
彼女は腹が空くたびに、その異常に長い手を海まで伸ばして貝などを採り、食べていたという

千葉県の千倉町にも同様の伝承が残されている
昔、ある洞窟に手の長い老婆が住んでおり、人々はその老婆を恐れ、誰も近づくことはなかった
老婆は洞窟から手を伸ばし、魚介類を採って生きていたと伝えられている

5.足洗邸

東京都墨田区の本所には、江戸時代から伝わる「本所七不思議」と呼ばれる怪談・都市伝説が存在する

その中でも、特に強い印象を残す怪談が「足洗邸(あしあらいやしき)」である

ある旗本の屋敷では、夜になると天井をバリバリと突き破って、毛に覆われた巨大な足が出現するという恐ろしい出来事が起こっていた
足の主は大声で「足を洗え!」と恫喝し、屋敷の人間がその命令に従って足を丁寧に洗うと、足はすっと天井裏へと消えていったという

このような出来事が毎晩続いたため、屋敷の住人たちは次第にうんざりし、足を洗わずに放置することもあった
しかし無視すると、足の主は怒り狂い、天井を踏み抜いて大暴れしたため、屋敷の修繕費用がかさむばかりであったという

「ありがとう」の一言もなく、恩知らずなこの妖怪は、無断で他人の屋敷に現れては横暴な態度を取るというのだから、全くもって厄介である

最後に

これらの妖怪伝承は、単なる恐怖話としてだけでなく、当時の社会や文化、あるいは人々の心理を反映したものとしても興味深い存在である

人類が進化の過程で築き上げた文明の一方で、妖怪たちはその文化や風習の中に深く根付いており、今なおその存在感を示している

参考 : 『怪異・妖怪伝承データベース』『南房総市HP』

(この記事は草の実堂の記事で作りました)

日本各地に伝わる【手と足に特化した妖怪伝承】・・・

1..頬撫で
2.馬の足
3.小袖の手
4.手長婆
5.足洗邸

これらの妖怪伝承は、単なる恐怖話としてだけでなく、当時の社会や文化、あるいは人々の心理を反映したものとしても興味深い存在である

人類が進化の過程で築き上げた文明の一方で、妖怪たちはその文化や風習の中に深く根付いており、今なおその存在感を示している



 

 


妖怪マンガの第一人者・水木しげるの日本妖怪図鑑
本書は、『図説 日本妖怪大全』と『図説 日本妖怪大鑑』をあわせて、再編集し、改題したものです

NHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、主人公の小一郎(豊臣秀長/仲野太賀)はもちろん、姉妹、恋人、夫婦など、周囲の人物もキャラが立っていて魅力的だと評判です

特に、戦国女性の中でも人気の高い寧々・まつ・お市の三人は、大きな関心を集めています

その足跡なしには戦国時代を語れないとさえ評される彼女たちは、実際にはどのような女性だったのでしょうか

大河ドラマで描かれる姿と史料に残る実像を行き来しながら、寧々の人物像に迫ります


「寧々」は多くの作品に登場、キャラも多彩なのが特徴

寧々(ねね : 一説では「おね」とも)は大河ドラマで何度も描かれています
そのため、ドラマによってキャラクターも多彩なのが特徴です(以降、寧々で統一します)

過去の例を一部挙げて、その特徴を比較してみましょう

『女太閤記』(1981)は、大河ドラマで唯一、寧々を主人公に据えた作品です
佐久間良子さんが演じ、愛情深く芯の強い女性像が描かれました。いまなお「歴代寧々の代表格」と評する声もあります

『秀吉』(1996)では沢口靖子さんが演じ、喜怒哀楽のはっきりした情熱的な人物として登場しました
浮気性な秀吉を叱り飛ばす場面も印象に残っています

『利家とまつ〜加賀百万石物語〜』(2002)では酒井法子さんが演じ、まつ(松嶋菜々子)と親しく交わる姿が描かれました
戦国の賢妻として、気丈で優しい印象でした

『どうする家康』(2023)では和久井映見さんが寧々を演じ、貫禄と落ち着きを備えた大人の女性として描かれました

総じて寧々は「腹が据わった・気丈・強くて賢い女性」というイメージで描かれています

『豊臣兄弟!』の浜辺美波さん演じる寧々は、まだ秀吉と付き合う前の少女時代からスタート
負けず嫌いで気が強く、いわゆるツンデレ気質ながら、どこかヘタレで幼い部分もあり、そのチャーミングさが強調されているようです
未完の寧々から物語が始まる点も新鮮に映ります

この先、浜辺・寧々はどのように変化していくのでしょうか

最強の「内助の功」を発揮した寧々

史実の寧々は、天文17〜18年(15481〜1549)頃、信長の家臣・杉原定利と朝日殿の次女として誕生後、浅野長勝・ふくの養女になります

秀吉と結婚したのは、12〜13歳頃とされます

婚姻の経緯や時期には諸説ありますが、後世には恋愛婚として語られることもあり、質素ながら婚儀を行ったと伝えられます

寧々は、結婚後は義母のなか(大政所)に孝を尽くし、義弟の秀長や一族とも良好な関係を築き、豊臣政権を内側から支え続けました

そして、天正13年(1585)、秀吉の関白就任とともに、正室の寧々は「北政所」の称号を与えられます

その後、秀吉は京都に聚楽第を構え、関白としての政治的基盤をいっそう固めていきました

寧々は、秀吉の不在時には政務を務めたり朝廷との交渉を引き受けたり、人質として集めた諸大名の妻子の面倒をみるなど政治面でのサポートも行い、周囲からは一目も二目も置かれる存在になったそうです

秀吉との間に子供は授からなかったものの、秀吉や自身の親類縁者の子らを引き立て、のちに豊臣家を支える武将となる人材を育んでいきました

そんな寧々に、秀吉は終生敬意を払い続けたといいます

信長が寧々を気遣うために送った書状

そんな寧々ですが、秀吉の女好きには心を痛めていたようです

そのことをうかがわせるのが、信長が寧々を気遣って送った書状です

この書状は現存しており、そこには秀吉を諫め、寧々を励ます言葉が記されています

「藤きちらう、れんゝゝふそくのむね申のよし、ごん五だうだん、くせ事に候、いづかたをあひたづね候とも、それさまほどのは、又二たび、かのはげねずみ、あひもとめがたきあひだ、これよりいごは、みもちを、らうくわいになし、いかにも、かみさまなりに、おもゝゝしく、りんきなどに、たち入り候ては、しかるべからず候、たゞし、をんなのやくにて候あひだ、申ものゝ、申さぬなりに、もてなしし給べし、なをぶんていに、はしいに、はいけんこひねがふものなり」

意訳 :
藤吉郎がたびたび不満を申しているとは言語道断である。どこを探しても、あなたほどの女性を、あのはげねずみが再び得ることはできまい。これからは身の持ち方をおだやかにし、奥方らしく堂々と振る舞いなさい。嫉妬に立ち入るのはよくない。ただし女の役目でもあるのだから、言うべきことはすべてをぶつけるのではなく、ほどよく抑えて対処しなさい。

なお、この文は藤吉郎にも見せるように。

織田信長書状(寧々宛)より

また、信長は寧々に対し、次のようにも記しています

「それのみめふりかたちまで、いつぞや、みまいりし折ふしよりは、十の物廿ほどもみあげ候」

意訳
あなたの身なりや姿かたちは、以前お目にかかった折よりも、十が二十になるほどに、いっそう美しくなられました。

織田信長書状(寧々宛)より

魔王と恐れられた信長が、これほどまでにジェントルマンな手紙を書いているのは意外です・・・デリケートな女心に配慮できる人物であったことが伺えます
信長も寧々の才女ぶりを評価していたのでしょう

とはいえ、秀吉も寧々には気を遣っていたようです

戦場にあって戦況を伝える書状の中で、側室の淀を呼び寄せたいと願う際にも、まず「あなたの次に淀が気に入っている」と書き添えています
さらに、「あなたの指示で淀を呼んでほしい」と続けている点が興味深いところです『豊大閤真蹟集』

この、信長と秀吉のエピソードはドラマでも登場しそうですね

高台寺で静かに過ごした余生

秀吉は慶長3年8月18日、62歳で亡くなります

淀殿との間に生まれた秀頼を溺愛し、晩年は伏見城で過ごしていましたが、その最期を寧々も見守ったと伝えられます

秀吉の死後、寧々は秀頼の婚儀を見届けたのち仏門に入り、高台院と号しました
慶長10年(1605)、京都・東山に高台寺を建立し、その門前に屋敷を構えます

豊臣家の菩提を弔いながら余生を送り、寛永元年(1624)、享年76で生涯を閉じました

高台寺の建立には徳川家康の後援があり、加藤清正や福島正則ら旧豊臣系の大名も往来したと伝えられます

寧々は多くの戦国大名から、単なる天下人の妻としてではなく、一人の人物として一目置かれた存在でした

織田から豊臣、そして徳川へと移り変わる激動の時代を見つめながら、高台寺で静かに過ごした晩年

当時、身分も低く、将来の見通しも定かではなかった秀吉に嫁いだ一人の娘が、やがて天下人の正室となったその人生を、庭園の四季の移ろいとともに振り返っていたのかもしれません

参考:
田端泰子『北政所おね -大坂の事は、ことの葉もなし-』
黒田 基樹『羽柴秀吉とその一族 秀吉の出自から秀長の家族まで』
文/桃配伝子 校正/草の実堂編集部

(この記事は草の実堂の記事で作りました)

私は豊臣びいきで、秀吉の正室であった寧々も好きな人物だ

秀吉とは、年齢が離れていた(秀吉が20代半ば、寧々が10代前半といわれる)が、当時では珍しい「恋愛結婚」だったという

秀吉は出自が謎であり、2人の結婚は寧々側の親族は反対だったとされる

そのため、結婚は、前田利家と妻のまつなどが、立ち会うつつましいものだったという
ただし、信長も結婚を祝福したいわば「公認」のようだったという

恋愛結婚ながら、その後の秀吉の浮気性に悩まされた寧々は信長に手紙で愚痴ったという

その返事が本記事の手紙で、戦国の革命児、魔王といわれた信長の優しい一面も見られますね

寧々は秀吉を支え、家を守り、秀吉の母・大政所とも仲が良く、秀吉との間に子はなかったが、加藤清正、福島正則、黒田官兵衛の子・長政らを養育したという

 

淀殿とも仲が良かったという

秀吉も周囲も、寧々には一目置いていたようで、秀吉の天下人への重要人物といってよい

関白の正室を「北政所」というが、寧々以降は彼女の固有名詞となった
(「大政所」も同じ)

ちなみに歴代大河ドラマでの寧々役はどなたも魅力的ですが、私は「女太閤記」の佐久間良子さんが特に印象深いです


 

 


戦国武将のなかでもトップクラスの人気を誇る羽柴(豊臣)秀吉
著名な人物であるにもかかわらず、父母やきょうだい、親類の実態についてはいまだ謎に包まれたままである
秀吉の父親はどのような職に就いていたのか
弟・秀長の妻子はどのような人物なのか
「秀吉政権」の構造と性格を把握するうえで不可欠な一族・親族の情報を徹底検証
史料の発掘により通説が大きく書き改められるいま、秀吉の親族研究の到達点を示す

いつの時代にも、不思議な話に人は心惹かれるものである

江戸時代にも奇怪な話に魅了された人物がいた
根岸肥前守鎮衛(やすもり)、町奉行をつとめた千石取りの旗本である
奉行というお役目のかたわら約30年にわたって奇談を書きためた『耳嚢 : みみぶくろ』は、全10巻、1000話にのぼる随筆である


根岸鎮衛とは

根岸鎮衛(ねぎしやすもり)は元文2年(1737年)生まれで、22歳の時に根岸家の養子となって家督を継いだ

御家人とは言えわずか150俵の微禄に過ぎなかったが、勘定所の御勘定を振り出しに、42歳で勘定吟味役、その後佐渡奉行、勘定奉行を経て、寛政10年(1798年)町奉行となり、最終的に1000石の旗本となった

『耳嚢』には、生前の鎮衛をよく知る志賀理斎と吉見儀助によって書かれた鎮衛の人物評が附されている

二人による根岸鎮衛の逸話を紹介しよう

・人から出世を褒められると、「出世は天恵によるもので、妻も今でこそ女中を使い何もしなくていい身分になりましたが、昔は自分で豆腐を買いに行ったり、みずから台所で釜の世話をしたりするような身分だったのですよ。わっはっは」と高笑いをした。
また、親類縁者が引き立ててくれとしきりに言ってきても、「誰もが精勤すれば天恵を受けられるものだ」と言って身内びいきの人事は行わなかった。

・日本橋近くの川の工事が行なわれた時、仕事に励んでもらおうと人足の頭である老人夫を叱咤激励した。頭は涙を流して喜んだ。
その後、大雨のせいで川があふれた時、頭は鎮衛の期待にこたえようと持ち場を離れず、溺死してしまった。それを聞いた鎮衛は、「自分が余計なことを言って重責を負わせたばかりに命を失わせてしまった」とひどく後悔し、遺族に弔慰金を与えた。

・冬の朝、自分の頭巾がなかったので、奥方のお高祖頭巾を巻いて出かけた。
また、芙蓉の間の役人と一緒に登城した時、鼻をほじっていると下乗橋の辺りで大きな鼻くそが取れたので、橋の擬宝珠にこすりつけて平然と通った。

・家が火事になった時に便所に入っていた。みなが「火事だ」、「早く便所から出てください」と言っているのにまったく慌てることなく、家が焼けるのもかまわず用を足して、ゆっくりと出てきた。

根岸鎮衛が著した奇談集『耳嚢』は都市伝説の集大成

まさに豪放磊落
人のうらやむような出世をしても偉ぶることもなく、人情に篤く、飾らない

町奉行としても有能で、市井の事情に通じ、時には前例に拠らない公平無私なお裁きで名奉行とうたわれた

『耳嚢』とは
『耳嚢 : みみぶくろ』は、根岸鎮衛が佐渡奉行時代(1784-87)から亡くなる前年の文化11年(1814)まで、約30年にわたって公務の暇に古老の話や来訪者の雑談などを書きためた随筆である

特に大きな目的があった訳ではなく、人から聞いて面白いと思った話や子孫の心得になるだろうと思われたことなどを、書き損じの紙の裏に書いて袋に入れておいたものが、塵も積もれば山となっていたと序文に記されている

『耳嚢』の中には、うそ偽りの噂話や作り話としか思えない話も含まれているが、鎮衛は真偽を論じることはなかった
話の選定基準は事実かどうかではなく、あくまでも自分が面白いと思ったかどうかだったのだろう

話し手は、高級旗本、同僚、下役、医師、剣術者、講釈師などである
話の内容はほとんどが奇異談や世間の噂話であり、狐狸妖怪、幽霊、神隠し、ほろっとさせられる人情話など多岐にわたる
また、話し手に医師がいることもあって、病の治療方法や妙薬の話、まじないによる治療法なども多く書かれている

今回はまじないに関する話をいくつか紹介しよう

・子どもの喉に骨が刺さった時は、鵜の羽の上に箸を置いて、「骨かみながせ伊勢の神風」と3回唱えて撫でると骨が抜ける(巻之四 咽へ骨を立し時呪いの事)

・虫歯が痛む時には、韮の実を焼いて、その煙を管に通し、痛むところをいぶすとたちまちに効く。また、瓦を焼いて銅のお椀へ入れる。その上に韮の実をおいてお湯をかけ、立ちのぼる煙で耳を蒸すと耳から白い虫歯の虫が出てくる。(巻之ニ 虫歯痛みを去る奇法の事)

・鼻血が出た時、左の鼻の穴から血が出たときは自分の左の睾丸を握り、右なら右を、両方なら両方を握ればたちどころに鼻血が止まる
女性の場合は胸を握ってまじなえば、効果てき面である(巻之四 鼻血を止める妙法の事)

もちろん江戸時代の何の科学的根拠もないまじないであるが、なぜこのようなまじないが生まれたのか考えてみると面白い
効果があった例もあったのかもしれない

鼻血が出た際など、試してみるのも一興である

参考文献:根岸鎮衛(1991).『耳囊 上/中/下』. 長谷川強校注.岩波書店

(この記事は草の実堂の記事で作りました)

根岸肥前守鎮衛(やすもり)は有能な人物であり、町奉行まで務めた

人情味もあり公正で名奉行といわれたようだ

公務の間に興味深い・面白い話を聞き、それを書き溜め、『耳嚢 : みみぶくろ』として著した

話し手は、高級旗本、同僚、下役、医師、剣術者、講釈師などである
話の内容はほとんどが奇異談や世間の噂話であり、狐狸妖怪、幽霊、神隠し、ほろっとさせられる人情話など多岐にわたる
また、話し手に医師がいることもあって、病の治療方法や妙薬の話、まじないによる治療法なども多く書かれている

さながら「都市伝説の集大成」というところ



 

 

 

 


上の3冊は「オカルト好きな町奉行」 根岸鎮衛が著した奇談集『耳嚢』で都市伝説の集大成といえる書

子どもには見せられない! ゆるすぎる放送基準
今なら確実に放送禁止

昭和のテレビを振り返ると、今の放送基準では考えられないようなシーンが堂々と流れていました
お笑い番組では過激な暴力的演出や下ネタが飛び交い、ドラマでも差別的な言葉がそのまま使われていました
子ども向け番組でさえ、今なら放送できないようなブラックジョークがしばしば登場していたのです
昭和後期頃まで、放送の細かな自主規制は設けられていませんでした

そしてもうひとつ、昭和の放送を特徴づけるのが、生放送の多さです
テレビはまさに「今」を映すメディアでした
録画技術が一般化する前の時代、番組の多くは”ぶっつけ本番”
台本にないトラブルや出演者のアドリブ、ハプニングがそのまま流れることも珍しくありませんでした
そんな予測不能の空気が、視聴者にとってはスリルであり、テレビの”生きている感じ”を生んでいたのです

さらに、音楽の楽しみ方も現在とは大きく異なっていました
ラジオのリクエスト番組は定番でしたが、昭和には有線放送に電話をかけて直接リクエストする方法も広まっていました
流れる音楽は、リスナーたちのリアルな声によって選ばれていたのです

昭和の放送は、現在よりも自由さと危うさが同居した熱気を帯びた舞台でした

今では放送禁止!?昭和の過激表現

現代では放送規制や多様化の風潮も相まってやわらかい表現が増えていますが、昭和はそんなことお構いなしの過激な表現が当たり前にテレビで流れていました

・暴力的演出

・下ネタ

・差別的表現

昭和の放送あるある

生放送が多かった昭和の時代
予想外の出来事や出演者のアドリブがそのまま電波に乗り、視聴者はリアルな臨場感を楽しんでいたのです
また、音楽を聴く手段も限られていたため、有線・ラジオ放送に電話して好きな曲をリクエストする人も多くいました

生放送の番組が今より多かった

有線・ラジオ放送に電話して曲をリクエスト

【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解 昭和の話』監修:町田 忍

(この記事は、ラブすぽの記事で作りました)

昭和の時代のテレビ放送は、ほとんど放送規制のない「ゆるさ」でしたね・・・

上記のように、暴力的演出・下ネタ・差別表現などが結構流れていました

そして、ハプニング・リアル・アクシデント・予測不能などを「期待(!?)」「楽しむ(!?}」ためか、生放送も多かったですね・・・

ほとんどの人が「それ」を楽しんでいました

振り返ると、多くが放送禁止レベルだったような・・・



 

 


昭和は激動の時代だった
そして昭和(以前)の常識は、今では信じられないものばかり・・・
テレビは叩けば治る、列車のトイレの垂れ流し、今ではルーズと思える喫煙・ゴミ事情など