中国雲南省景洪のレストランで、素敵な一句に出会いました。メコン川沿い(瀾滄江)の傣族のレストランでお皿の上に書かれた「大象自中虚」は、宋代にかかれた詩の一句です。
中国茶文化を学び発信する中で、よく聞かれることが「何を目指しているか、なぜ続けているか」という事です。その応えについて、自然の流れ中でそうなってきたので、私の内側を探しても明確な応えはなく、これからも自然の流れに任せていくので、ただ気をつけていることといえば、自分の内側に向き合って憂いを無くすようにクリアにしていくことを心がけています。それなので、いつも応えるのが難しく、この詩を読んで意味を知り心の在り方の指針になるようでしたので、自分の心にだけとめておかず、きっとどなたかの心にも届くかもしれないとブログに書きました。
いつも今の活動動機を聞かれた際は、薬膳に先に出会い、中国茶文化・歴史の学びに出会ったきっかけなどをお話しています。
もともと自分が良いと思うことを仕事にしたいとずっと願って探していたこと、文化継承を通して国際交流に貢献したいこと、これからの人生は美しいと思うものに触れていたいということ、中国茶文化の素晴らしさを一緒に楽しみたいことなどを伝えています。でも本当の芯の部分は(生きている中でただただ自然に従っている)というのが1番しっくりきます。
「無」というと無いとか虚しいという意味もありますが、「虚無」・「無為」はもっと深い意味を持っています。
虚無は、空っぽや何も無いということではなく
「余計なものがない」=受け入れる余地があるということで
執着や意図、欲望がない状態
心も空にすれば真理や道が自然と入ってくる
無為は、為すことがない、怠けることではなく
「作為がない、自然に従う」
老子の言葉(道徳経)
「無為にして無不為」
むいにして なさざるなし
何も作為をしないが、結果為されないことは何もない
これが意味するのは→
意図的に操作しないことで、物事が自然に整う
台湾や中国で「無」の深い意味を大切にこめられた名前の茶館をいくつか目にしてきました。台中の茶藝館・無為草堂
900年前の宋代に書かれた詩「大象吟」を私なりに噛み砕きました。
「偉大なる宇宙の原理は内に空=無を抱き、それは永遠に変わらない真理である。
行いは心の中に根差し、内側の精神や思考の結果であり、言葉を使う際には口先だけでなく [思いやり、誠実さ、沈黙、聞く力、場を読む力、相手の心に届く言葉を使うなど] 内面的な鍛錬が大切である。
世の中には多種多様な技術があるが、心が澄んでいれば悩みは一つもない。
心に執着や意図、欲望がなく人為的にあれこれ操作せず、静かな精神で自然の流れに任せていれば、道が自然とひらけていく。」
宋代の邵雍(1011-1077)の詩は、今の私たちの時代にも一句一句が響くのではないでしょうか。古代中国の思想に基づくこの詩から、私が中国茶を通して出会えた外国人の方々の温かさや思いやりの根底に触れた気がして、みなさんの顔を思い出していました。
「大象吟」 宋代 邵雍
大象自中虚、中虚真不渝。
施为心事业、应对口功夫。
伎俩千般有、忧愁一点无。
人能知此理,胜读五车书。
訳:
大いなる象(=偉大なもの=真理や道)は、中心は空(無)である。その空は永遠に変わらぬ真理である。
行いは心の修養により生まれ、応対は言葉の鍛錬によってなされる。
世には多種多様な技術(手段や能力)があっても、心が澄んでいれば憂い(煩悩)は一つもない。
この道理を知る者は、どれほどの書を読むよりも価値がある。
「大象」:儒教・易経において「宇宙の根本原理」や「道/タオ」の象徴。仏教でいう「空/くう」とも重なる。
「中虚」:内面が空っぽで無欲な状態。悟りや純粋性の象徴。
「五車の書」:大量の書物、つまり「知識」。だがそれよりも「理(ことわり/真理)」を悟ることの方が重要だと説いている。
【邵雍】
邵雍は、儒教・道教・仏教の思想を融合させたような世界観を持ち、「天人合一」「数理による宇宙観」を説いた。「大象吟」はその核心を短い詩で表した名作で、修身・養心・知行合一を重んじる中国古典思想のエッセンスが詰まっている。
修身:自分自身の行いや人格を修めること
儒教では「まずは自分自身を正す」ことが社会全体の安定につながると考えられる
養心:心を養い、精神を整えること。
道教や仏教でも「静かなる心」「無為自然」「空/くう」を目指して内面を清める修行が強調される
知行合一:「知識」と「行動」を一致させること
知るだけで満足せず、実際の行動に移して初めて真の理解になるという考え 「知って行わないのは、知らないのと同じである」
母なる川・メコン川は中国では瀾滄江と呼ばれ全長4350kmの東南アジア(通過国:中国、タイ、ミャンマー、ラオス、ベトナム、カンボジア)を流れる河川です。




