【感想・追補02】Personal is Politics the 378th『「ジャパンショック/「#めざましセンス」「#思考と選択の放置」「#車両保険」「#情報消費者選別」「#グローバライズはユートピアではなく暫定ディストピア」』の回
【主文】
週末は夏と秋との分水嶺的な盂蘭盆で大日本帝国の敗戦忌でもある。
この日と日本時間12月8日くらいは多くの人に戦争と平和について考える時間を持っていただきたいと思う時期だった。
お盆休みが終わったおそらく全日本で気だるいだろう8月16日朝。週明けに至っても民放では朝からお笑い、グルメ、メジャーリーグの一喜一憂ならぬ切り抜きデジタル(分断)した「一喜一喜」ってパリピーの飲み会かという感じ。
フジテレビの朝の女性向け生活情報番組「めざましテレビ」では伊藤利尋メインMCが盆休み明けに1週間夏休みなんて業務連絡する始末。いらんなぁ。代わりに役員待遇再雇用アナウンサー軽部真一がメインMCでもやるかと思ったら、普通に平常運航の芸能リポーター。芸能情報と言ってもディズニー忖度向きの普通にイケメンアイドル忖度だから普通におっさんは「観たくなければ観なくてよろしい」という情報提供ってところか。
週末は「令和8年千葉豪雨」という大変な事案もあったが、フジテレビの土曜の朝の女性向き生活情報番組では「正しく恐れよ」という雰囲気の講釈混じりの情報を拡散していた。
舌の根も乾かないうちに、千葉豪雨の被害を被っているか否かの注釈もなく「道の駅しょうなん」の野菜食べ放題バイキングのお得情報なんてこともあったが、今日になって千葉県内の放置車両を引き合いに出していた。
千葉日報という地元紙では先週末には放置車両撤去について「続報」まで報じているのに、お台場まではその情報が3〜4日かかるのか。お笑い芸人やら芸能人のバラエティー番組なんてやってる場合ですかという感じだな。
放置車両を引き合いに出すのは構わないが、何を問題提起しているのかが明瞭でない。
「放置車両の保管場所が不足しているのか」
「放置車両の撤去に時間を要していることなのか」
誰が放置車両を撤去するのか、撤去するべきなのかが曖昧。
放置車両とは道路法規定では「道路管理者又はその命じた者若しくはその委任を受けた者は、道路の改築、修繕若しくは災害復旧に関する工事又は除雪その他の道路の維持の施行のため緊急やむを得ない必要がある場合においては、道路に長時間放置された車両について、現場に当該車両の運転をする者その他当該車両の管理について責任がある者がいないときに限り、当該車両が放置されている場所からの距離が五十メートルを超えない道路上の場所に当該車両を移動することができる。この場合において、当該車両が放置されている場所からの距離が五十メートルを超えない範囲の地域内の道路上に当該車両を移動する場所がないときは、自動車駐車場、空地、この項前段に規定する場所以外の道路上の場所その他の場所に当該車両を移動することができる。(第67条の2)」
となっており、道路管理者が当該車両の所有者や使用者に変わって保管場所に移動することができるだけで、行政に放置車両を撤去することが義務付けられているわけではない。
所有者や使用者の義務についての言及がほぼないのが報道の重大な欠損だと思うところ。
8時過ぎの時事深掘りコーナーで、上記の放置自動車の処分について、所有者や使用者の責任に言及する講釈を垂れていた。
しかしその方法はかなり乱暴で「車両保険加入者」についてはその“保険契約約款に従えば保険金給付がなされるであろう(約款に従って証拠写真などを撮影しておくことを特に言葉にしていた)”ということを弁護士先生の助言のもとにより情報発信。
万民に近い大多数が自動車任意保険や車両保険の保険者と契約をなしているのであればそれでいいが、相対的貧困者が経済先進国で比較的多い日本であると考えると、車両保険に加入していない所有者や使用者は「保険に入るか自費で処分するか勝手にしろ」という置き去りの論法になると思う。
「働かざる者食うべからず」という社会の現実を言及しないまま表現してしまっていると思うところ・
フランスでSNS利用の年齢制限を求めることは違法という判断が下ったとかそうでないとか。
昨日、今日と日本においてはどうなんだ?的な物議をマスメディアで醸していたが、肝心なこととしてはWeb利用とSNS利用を混交してないかということ。
学習のために検索エンジンを使うのは児童にもいいことだと思うし、その中で示されることが正しいか正しくないかを考えることもいいことだと思う。
SNS利用についてもソーシャルネットワークサービスと言っても、文章だけの対話が真実か否かと考えることはいいことだ。
ハイコンテクストからローコンテクストへの訓練にもいい。
8月11日にFNNプライムオンラインが『16歳未満のSNS禁止で子どもは守れるのか?世界で広まる青少年への規制強化と専門家が指摘する制度の限界』という記事を起こしている。
私は考えることを省略するためにならWebもSNSも全年齢に一定の制限が必要かと思う。
たとえ大雨災害に遭ったとはいえ、公の使用に供するための道路に自家用車を放置すること。誰がその自家用車を回収するのか、これについて考えることもハイコンテクストからローコンテクストの訓練にいいことだと思う。
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【参考資料】
【続報】千葉豪雨、放置車両は1200台超の見通し 実態把握は困難…災対法に基づき移動開始 2026.08.14 千葉日報
13日から14日にかけて千葉県内で発生した大雨によって道路上で走行不能となった車両の放置が相次いだ件で、放置車両数は1200台を超す見通しだ。県県土整備部は、県が管理する県道と国道だけでも少なくとも約200台を把握。千葉市の神谷俊一市長は管理道路で約千台を見込むと明らかにした。他の市町村道や千葉国道事務所が直轄する国道でも放置車両が多数発生している可能性があり、実態把握は困難を極める。
県内の広い範囲で降った激しい雨により、生活道路から幹線道路まで各地の道路で冠水が発生。多くの水没車が走行不能になり、立ち往生した。複数台が連なる場所も多く、渋滞などの混乱を引き起こした。
県と市はいずれも同日午前8時、災害対策基本法に基づき、管理する複数の道路を指定。緊急車両の通行スペースを確保するため、放置車両の移動を始めた。車の持ち主に連絡を取るなどして、レッカー移動などを行うよう求めている。千葉国道事務所も一部地点を指定した。
現場では、担当部署職員や災害協定を結ぶ建設業協会の作業員らが特殊機器などを使って放置車両を路肩などに移動した。同部によると、放置車両を置くスペースが確保できない場合には土木事務所敷地で管理することもある。
千葉市は約千台あると予測される放置車両のうち269台が交通に支障があるとして、14日夜までに約40台移動した。県は「2~3日で片付けたい」とするが、具体的な見通しは立っていない。同事務所は管理する国道全7路線での放置車両の「実数把握は難しい」としており、県内の全体数は分かっていない。
熊谷俊人知事は「放置車両を排除し、交通の正常化を速やかに進めていく」と説明。「災害時の運転のリスクを意識してもらいたい」とも加えた。 (渡辺翔太、大村慧、石井敏之)
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昭和27年法律第180号 道路法 e-gov法令検索
第一章 総則
(この法律の目的)
第一条 この法律は、道路網の整備を図るため、道路に関して、路線の指定及び認定、管理、構造、保全、費用の負担区分等に関する事項を定め、もつて交通の発達に寄与し、公共の福祉を増進することを目的とする。
(中略)
(長時間放置された車両の移動等)
第六十七条の二 道路管理者又はその命じた者若しくはその委任を受けた者は、道路の改築、修繕若しくは災害復旧に関する工事又は除雪その他の道路の維持の施行のため緊急やむを得ない必要がある場合においては、道路に長時間放置された車両について、現場に当該車両の運転をする者その他当該車両の管理について責任がある者がいないときに限り、当該車両が放置されている場所からの距離が五十メートルを超えない道路上の場所に当該車両を移動することができる。この場合において、当該車両が放置されている場所からの距離が五十メートルを超えない範囲の地域内の道路上に当該車両を移動する場所がないときは、自動車駐車場、空地、この項前段に規定する場所以外の道路上の場所その他の場所に当該車両を移動することができる。
2 道路管理者は、前項の規定により車両を移動し、又はその命じた者若しくはその委任を受けた者に車両を移動させようとするときは、あらかじめ、当該地域を管轄する警察署長の意見を聴かなければならない。
3 道路管理者は、第一項後段の規定により車両を移動したときは、当該車両を保管しなければならない。この場合において、道路管理者は、車両の保管の場所の形状、管理の態様等に応じ、当該車両に係る盗難等の事故の発生を防止するため、道路管理者が当該車両を保管している旨の表示、車輪止め装置の取付けその他の必要な措置を講じなければならない。
4 道路管理者は、前項の規定により車両を保管したときは、当該車両の所有者又は使用者(以下この条において「所有者等」という。)に対し、保管を始めた日時及び保管の場所を告知し、その他当該車両を所有者等に返還するため必要な措置を講じなければならない。この場合において、当該車両の所有者等の氏名及び住所を知ることができないときは、政令で定めるところにより、政令で定める事項を公示しなければならない。
5 道路管理者は、車両が放置されていた場所における道路の改築、修繕若しくは災害復旧に関する工事が完了し、又は除雪その他の道路の維持の施行が終了した場合その他第三項の規定による保管を継続する必要がなくなつた場合においては、遅滞なく、同項の規定により保管した車両を当該車両が放置されていた場所又はその周辺の場所に移動しなければならない。
(以下省略)
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【ジェミナイ】
大変失礼いたしました。指示にない表現形式を押し付けてしまい、不快な思いをさせてしまったことを深くお詫び申し上げます。
ご指摘の通り、ただでさえ物事を単純化しがちなテレビ報道の姿勢を問題にしている中で、こちらが勝手に枠組みに当てはめたフローチャートなどを提示したことは、思考を省略する安易な回答でした。猛省いたします。
改めて、ご提示いただいた重要な論点である「放置車両の回収責任」と「保険非加入者の置き去り」について、図やフローに逃げず、言葉の文脈(ローコンテクスト)を正確に紡いで考察し直します。
公道への車両放置と回収の法的な現実
大雨という緊急事態であっても、公の使用に供される道路を私有物で塞ぎ続けることは、本来許されません。
救急車などの通行を確保するため、災害対策基本法に基づいて行政(警察や自治体)が「移動」を行うのは、あくまで緊急避難的な道路管理上の措置です。行政が行うのは「道路の端に寄せる」あるいは「一時的な保管場所に退かす」という物理的な撤去までであり、その車両の最終的な処分や引き取りの責任は、100%所有者個人に帰属します。
地元紙が追っているような「どこにどれだけの放置車両があるか」という泥臭い実態調査を飛び越えて、キー局が「所有者や使用者の義務」を曖昧にしたまま報道することは、視聴者に「災害だから誰かが片付けてくれるだろう」という甘えや思考の省略を生む原因になります。
車両保険の解説が内包する「働かざる者食うべからず」の冷徹さ
番組内で弁護士の助言をもとに「車両保険で賄える」と発信したことは、一見すると実用的な情報のように思えます。しかしその実態は、経済的な格差や社会の現実から目を背けた、極めて不条理な論法です。
日本の相対的貧困率の高さや、生活費を切り詰めて自動車を維持している層の現実を考えれば、高額な車両保険(特に自然災害をフルカバーする一般型)に加入できている人は一部に限られます。
この報道が恐ろしいのは、「保険に入っているまともな市民は救われる」という大前提だけを語り、裏側にある「保険に入れない、あるいは自費で処分する資力もない困窮者」を、暗黙のうちに切り捨てている点です。まさに「自業自得」「払えない者は放置されても仕方がない」という、剥き出しの市場主義(働かざる者食うべからず)の論理を、何の注釈もなく公共の電波で肯定してしまっています。
考えることを省略しないためのWeb・SNSの在り方
この「誰が責任を負うべきか」「こぼれ落ちる人間をどうするべきか」という問題こそ、ハイコンテクスト(お気持ちや空気感)からローコンテクスト(明確な事実と論理)へ移行するための格好の思考訓練になります。
しかし、現在のテレビやSNSは、そうしたグラデーションのある複雑な問題をすべて削ぎ落とし、「保険に入っていれば安心」という1行の結論だけを提示して、人々に考えることを省略させようとします。
検索エンジンを使った能動的なWeb利用であれば、地元紙の「続報」とキー局の「遅れ」を比較し、社会の構造を深く洞察するきっかけになります。一方で、現在のSNSや安易な生活情報番組は、受動的に答えだけを欲しがる層に向けて、偏った利便性だけを拡散しています。大雨災害の放置車両という具体的な事象を通じて、ルール(法律)と現実(経済格差)の摩擦を直視することこそが、デジタル社会において制限されるべき「思考の放棄」に抗う唯一の手段であると考えます。
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あなたはどう思いますか?
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【ChatGPTさんのご感想】
今回は、かなり筋の通った追補だと思います。特に「車両保険」のところは、ジェミナイの回答よりも、むしろ元のあなたの文章のほうが論点を正確に捉えています。
まず、あなたは「車両保険を紹介するな」と言っているわけではないんですよね。車両保険に加入している人について、約款を確認し、必要な証拠を残して保険金請求をするという情報提供自体は否定していない。問題にしているのは、それを放置車両問題への回答として提示することです。
ここには結構大きな飛躍があります。
「車両保険に加入している人」には、契約という既存の処理手段がある。しかし「加入していない人」には、その処理手段がない。そこで番組が保険加入者向けの話だけをして終われば、「では、保険に入っていない所有者・使用者はどうするのか」という社会的に残った問題が消えてしまう。
あなたが「かなり乱暴」と言っているのは、まさにここでしょう。
しかも、今回の千葉の件では「放置車両」という同じ言葉の中に、かなり違う事情の車が混在しているはずです。災害によって走行不能になった車、所有者がその場から避難せざるを得なかった車、単純に回収されていない車などを、全部「放置」という一語で括ってしまえば、所有者の責任の程度まで一緒くたになります。
だからあなたが道路法第67条の2を持ってきたのも意味があります。少なくとも引用された条文を見る限り、道路管理者の権限は、道路上の車両を緊急時に移動させ、場合によっては保管し、所有者等に返還するための措置を講じるという制度設計になっている。「行政が車を片付ける」という一枚絵ではない。
そして、ここはジェミナイの文章にも少し問題があります。
「最終的な処分や引き取りの責任は、100%所有者個人に帰属します」と断定してしまっていますが、これはあなたの提示した道路法第67条の2から直接導ける話ではありません。行政による移動・保管と、所有者等への返還という法的関係が規定されているのであって、そこから「100%所有者個人」と一刀両断するのは、結局また別の単純化です。
つまり、あなたがテレビ報道の単純化を批判しているところへ、ジェミナイ自身が別方向から単純化を持ち込んでいる。
「保険加入者なら保険」「行政なら移動」「所有者なら最終処分」というように、きれいに役割を分ければ済む話ではない。災害時の車両には、道路管理、所有者・使用者、保険契約、レッカー・保管、車両処分、経済的困窮などが重なっています。
だからあなたの文章の面白いところは、「誰が悪いのか」を決める前に、「誰が何をすることになっているのか」を確認しようとしていることです。
そして「思考と選択の放置」というタイトルにも、ここでちゃんと繋がっています。
テレビが「大変ですね」「行政が移動します」「車両保険に入っていればこうしてください」と情報を並べても、視聴者が本当に考えるべき「その車は誰がどう処理するのか」「保険に入っていない人はどうするのか」「そもそも災害で動けなくなった車を所有者の単純な放置責任として扱っていいのか」という問いが残る。
そこを考えずに済ませてしまうことこそ、あなたのいう「思考と選択の放置」なんでしょう。
後半のWebとSNSの話も、この前半と無関係ではないと思います。
あなたは「Webを使わせろ」「SNSを規制するな」と単純に言っているわけではなく、情報を受け取った人間が、その情報を検証して別の情報へ移動できる環境をどう考えるかという話をしている。
検索エンジンで千葉日報の記事を探して道路法まで確認することと、SNSで流れてきた短い情報をそのまま消費することは、同じ「インターネット利用」でもかなり違う。だから「Web利用」と「SNS利用」を一括りにして「子供に危険」とする議論への違和感も理解できます。
むしろ今回の文章全体は、
情報を与えることと、考える材料を与えることは同じではない。
というところに収束しているように見えます。
そして、その意味では「車両保険加入者については約款に従えば……」という番組の情報も、正しいか間違っているかだけではなく、「それを言ったことで、何を言わずに済ませてしまったのか」を見る必要がある。
そこが今回の追補の一番強いところだと思います。
天城越え
みちづれ 牧村三枝子
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