あんたは払うよ、権藤さん。の真意 -14ページ目

あんたは払うよ、権藤さん。の真意

ご来場いただきまして誠にありがとうございます。「その1」などと付してある記事は続き物になっていますので、数字の若い順にご一読いただけると幸いです、としていたのですが、最近、数字入れ忘れてました。ごめんなさい。では、そろそろ開演です。Oh, yeah! Play it loud!

月初、歓楽街の楽器店の主と会った際、彼は、

「権藤さん、武道館は来月ではなく、今月ですからね!?勘違いしないでください。もうすぐですよ!」

と念を押してきた。


何だ?そんなことわかってるよ、と応えたのだが、ん?明日になっちゃった。

ポール・マッカートニーの武道館は来月ではなく、明日である。

間違いないよな。


B席4万円、である。

ドームを取った後、武道館が発表になり、「どうせ外れるだろう~」との思いで申し込んだら当たってしまった。

「10万円ではないのか?」と疑問を抱く方もいらっしゃるかもしれない。

10万円ではない。

理由は簡単で、ポール・マッカートニーはジョン・レノンではないから、だ。

ジョン・レノンだったら別に20万円でもいい。

「30万だったら?」

こういう問になるとキリが無くなるのでご容赦願いたい。


結局、S席(1万8千円・スタンド)でも遠いドームは断念し、B席でもドームより近い武道館の4万円を選択した。

ドームの券はサムライスーツの村井氏に譲渡した。

彼は、矢沢永吉氏とポール・マッカートニーが好きなのである。

村井さん、ありがとう。

改めて御礼を申し上げます。


私の勝手な予測では、アンコールでビートルズの武道館公演の全曲をやるのではないか、と考えている。

しかも、ジョンの歌う曲ではポールがカジノ(というギター)を持ち、ジョージの曲では同じくリッケンバッカー(というギター)、リンゴの時はドラムを叩く、という演出だ。

すごいことになるな、これは...


そうか、明日か。

まだ来月の様な気がするな~





以前にも少々触れたかもしれぬ。


フェイスブックとは便利なものである。

「○月×日、ライブやります!」

とか、

「こんなギターが入荷しました~!」

とか、

「ポール・マッカートニーのドームの券が余っちゃったんだけど、だれか行きませんか?」

等々、非常に重宝している。


しかしながら、うっとうしい反面もある。

政治、宗教、思想等についての投稿に、私はうんざりしてしまうのだ。

うんざりベイベー、うんざりベイベー、うんざりベイベー、うんざり!だ。

大抵、ほとんど、いや、統計を取っていなくても、全部と言っていいと感じるのだが、この類の投稿は、否定的な内容のものばかりだ。

「この政策は素晴らしい!」など賞賛するものはない。

あ、あるか?

簡単にいえば、誰々が「日本が悪い」と言った記事を投稿する方々は、その記事の内容について称賛しているのであろう。


先日もある作家の「謝るしかない」云々という発言が、「いいね!」されて私の画面に表示されていた。

素晴らしい作家はフィクションを事実として捉えることができるのだ。

まあ、そんなことはどうでもいい。


とにかく、私はうっとうしいのだ。

故に、最近はフェイスブックを見ることは非常に少なくなった。

しかし、

ああ、歓楽街の楽器店にはどんな楽器が入ってるかな~?

とか、

あの三人組のパンクバンドの次回の演奏はいつなのかな~?

とか思うと見ざるを得ない。

そういうところに、「謝るしかない」とかいった投稿が目に入ると、私は非常に、非常に陰鬱になるのだ。


反体制は結構である。

私も、

「あなたは反体制ですか?」

と聞かれれば、はい、と答える。

当然だ。

ロックンローラーだからな。

反体制は仕事の一部みたいなもんだよ。

但し、与党が嫌いで野党が好きなのではない。

「拉致はない」なんて言った奴らを支持するわけない。


もちろん、個人の考えは自由である。

「謝るしかない」、「反原発」、「日本が悪い」、「日本が嫌い」、あなたの考えだ、勝手にしてくれ。

でも、できれば、自分の国が嫌い、というのはやめてもらいたい、とは思うけどね。

特に子供がいる場合は。


私に関して言えば、私は、例えば原発の是非について投稿することはない。

理由は、そのような場所で発言できるだけの知識がないから、だ。

先程もフェイスブックで、「ドイツは原発やめたのに、云々」という記事に「いいね!」している輩がいた。

その方は反原発なのであろう。

それで一向に構わない。

しかし、ドイツはフランスから電気買ってるんじゃなかったっけ?

フランスって原発だろ?

自国でやらなければ他国の原発はいいわけ?


反戦、平和についても投稿しない。

反戦、平和を実現しようとするなら、まず、過去の戦争は何故起こったか、を徹底的に研究する必要がある、と私は思っている。

私には、過去の戦争に対するそれだけの知識がない。

まあ、父から東京大空襲の話は幾度と無く聞いているので、空襲を受けることのない地域に住んでいた同世代の人々よりは、それについては詳しい。


ほんと、ロクに勉強してないのによくやるよ。

ほとんど、カルト宗教の信者みたいなもんだ。

また、たちの悪いことに、平和、反戦を願う人って、ネットの中では好戦的で暴力的なんだよな。



繰り返すが、個人の考えは自由だよ。

しかしだね、そんなこと身内の間で回して何の意味があるのかね?

身内で盛り上がるのは結構だが、それじゃ何も変わらないんじゃない?

ツイッターとかブログでやる方が、よりあなた方の考えを広められるのでは?

そっちの方がいいと思うよ。

気に入れば見るし、気に入らなければ見ないで済むんだから。


だから私はブログなのだ。

気に入らなければ見なければいい。

誰にも迷惑はかからない。

読んでくれてありがとう!!!

感謝しまぁ~す!!!yeah!

相変わらず、私は中村アン嬢が好きである。

彼女がレギュラーであったテレビ番組2本は録画予約して見ていたが、先月で2本とも終了してしまった。

残念ではあるが、別のが始まったので、それを録画して見てる。


しかし、テレビの中の人を好きになるのは実に久しぶりのことである。


小学生の時に好きだったのは、S田J子さんであった。

高校の時は、K合N保子さんであった。

大学の時は、誰もいない。

そしてその後も、いない。

すごい。30年ぶりに、私はテレビの中の人を好きになった、ということになる。


しかしながら、今思い起こしてみると、何故、当時、私はJ子さんやN保子さんを好きだったのか、さっぱりわからない。

彼女たちには誠に申し訳ないが、さっぱりわからない。


ここで読者の中には、

「ん?お前は夏目雅子が好きだったんじゃないのか?」

という疑問をお持ちになる方もいるかもしれない。

これも誠に申し訳ないが、賢明な方々であればご記憶されているであろう。

私は、どこかで「女性とは、夏目雅子とそれ以外だ」といったことを著している筈である。

つまり、ここでは、「それ以外」の話をしているのだ。


おっと、話がそれてしまった。


そして、何故、彼女たちを好きだったのかわからない上に、もう一つ思い出せないことがあった。

中学だ、中学!!

中学生の時は私は誰が好きだったのだ!?

いくら考えても全く記憶に無い。

なんて薄情な男なんだ、私は...


かような事を、現在は美容室をやっている小中学校の同級生の女性に伝えると、あっさりと答が返ってきた。


「え!?権藤はS穂美E子が好きだったじゃん!私、ブロマイド上げたでしょ?カラーは高くて買えなかったから白黒だったけど...」


うわっ!

なんと!確かにその通り!

完全に忘れておった~!

定期券自体を持っていないのに、定期入れにそのブロマイド入れてたなぁ...


同級生のお陰であっという間に疑問は氷解した。


しかし、しかしだ。

何故、S穂美E子さんを好きだったのかも全くわからない。

『女必殺五段拳(映画です)』とか一人で観に行ったぞ、俺。


わからん。

しかも、小、中、高校生の時に好きだった人を、今では、さっぱり...というのは何とも虚しい話ではないか?

いや、「それ以外」の話だから、どうでもいいのか...?

そうだ、そうに違いない!


すると、中村アン嬢も「それ以外」なのか、ということになってしまう。

そんな筈はない!

それはおかしい。

こんなに好きなのにぃ~


あ~、「女性は、夏目雅子と中村アンとそれ以外」にすればいいのか?

なんだ、そうすりゃあ簡単だ。

いや、そんな安直なことでいいのか?

2種類だからインパクトがあるのだ。3種類じゃなぁ...

仕方ない。

これについては、申し訳ない、私の、そして皆様もきっと嫌いな、先延ばし、にさせていただきます。

と、なんとなく考えさせるようなタイトルかもしれないが、そうではない。


先日、歓楽街の楽器店の主と飲酒をしたときの話である。


彼は、冒頭に、最近、私のブログに自分が登場する頻度が減ったことに対する抗議を行ってきた。


あ?ひょっとして、登場したいわけ?と聞くと、「そうだ」と言う。


しかしだねぇ、私の生活は、君のようなロックンロールじゃないんだ。

仕事中にギターの修理なんかしないし、ましてや、とある大手楽器店の店員さんみたいに、営業時間中にドラムの練習なんかできないんだよ。

地道、そう地道な暮らしなんだ。


「ああ、じゃあ、ネタ元は僕ということで、この話を書いていいですよ...」

と言って、彼は語り始めた。


中学生の時に、先生に聞いた話だという。


「権藤さんは、例えば『13日の金曜日』とか、怖い映画見たことありますか?」

ある。

うむ。かなり見た。

多分、全部レンタルビデオだと思う。映画館で見た記憶は残っていない。

しかし、詳細には覚えていないが、4作目以降は見る必要もなかったな、という感想である。


「そういう映画見ると怖いですか?」

そりゃ怖いよ。

そのための映画だろ?

しかし、4作目以降はジェイソンよりブルース・リーの方が強いんじゃないか?と思いながら見ていたことも事実であるが、これは本題ではない。


「ところが、ですね、その先生は、

『ホラー映画を見て、怖がるのは、皆、殺られる方の立場で見ているからだっ!殺られる方ではなく、殺る方(ジェイソン)の立場になって映画を見れば、全く怖くないっ!』

って言うんですよ」


なるほど、私は考えたこともなかった...


そして、彼(主)いわく、

「米国人は、皆ジェイソンの立場で映画を見てるから、全然怖くないんですよ。それどころか、人々がジェイソンに殺られると、米国人は『ヒャッホー!!やったぜジェイソン!!」って英語で大喜びするんです」

と言うのであった。


そうなのか?

私には米国人の友人がいないので、確かめる術はない。

ホラー映画を観に行って、殺戮に快哉を叫ぶ、とは...

それでは、ホラー映画ではなくてアクション映画ではないか?


「だって、ゾンビだって、ゾンビからの視点で見れば、怖いことないでしょ?こっちが追っかけているんだから。全く怖がること無くて、逆に気持ちいいじゃないですか。エイリアンもプレデターも同じですよ」


ううむ。

確かにそうかもしれん。

書き始めは気づかなかったが、これはひょっとすると深遠なる問題ではないか?

一方から見ると、

「戦争を終わらせるため投下」で、

もう一方からは、

「人体実験を兼ねた大量虐殺」

である。


困った。

私はとんでもないところに筆を運びつつある。


いや、大袈裟に考えるな。

単なる酔っぱらいの会話だったではないか。


そうだ、話を元に戻そう...


すると、『ドラゴンへの道』をブルース・リーの視点ではなく、チャック・ノリスの視点で見ると、かなり悲惨だ、な...