今日、転職のためのキャリアカウンセリングに行ってきました。


「転職」を前面に押し出して活動するつもりはないけれど、労働市場の中で自分の環境って一体どうなんだ?と思ったことと、最近の転職試乗を知ること、転職の余地はあるのか知ること、その他諸々の理由で。


結論としては、一番の気がかりである「正社員」として転職する道はなきにしもあらず、ということ。年収も転職直後であってももう少し高い可能性が強い。しかしながら、現在の年収は、一般的にそうヒドイものではない、ということ。


転職、転職、、、と転職さえすればすべてが解決する、という考えは間違いだと思います。

でも、転職を毛嫌いするのも間違っていると思います。


どうせ落ちるだろう、、と挑戦もせずに、いつまでも転職を頭の片隅に置きながら現職を行うのもよくないだろう。


ということで、やはり一度いくつか応募をしてみようと思います。

現職の業務がとても好き、ということで同じぐらい楽しめそうなところ・・・と考えると幅はあまりにも少ないので多少射程範囲を広げて考えはじめました。


でも何よりも、こういう機会にしっかりと自分のこの数年を見直し、自分の強み、弱み、やってきたこと、やりたいことを考え、カウンセリング時に話をしてみる、というのは非常によい体験であると思います。


本来は自分でハッキリさせることができるべきでしょうが、ここはカウンセリングの場で他人の力を借りてもいいんじゃないかな、と思いました。


また、転職活動をやりながら、現職でやっておかねばならないこともいくつも再認識できました。

会社人と比べて落ち込むばかりで、「こうであれば、こうなる」の「こうであれば」に通じる部分への努力が欠けている。もちろん、人間たるものそうは効率よく過ごせないものではあるけれど・・・


4月です。

昨年度末は散々でした。


何が散々って・・・・自分自身の考え方がコテコテに回っていることが自分でもよーくわかっていました。

でもどうしようもなく、困っていました。


こういうとき、本当は私ももうちょっとマトモな考えも持っているんだよ、このままじゃダメだってわかっているんだよ、私だって努力しているんだよ、本当の私はもっといい人なんだよ、って言い訳をしたくなります。


でも、他人に対してよく感じることなのですが、いくら私がこのように念じても、実際に私がとっている行動が、マトモじゃなく、ダメダメで、いつも愚痴っているのであれば、他人から見ればその姿が本当の私なのです。


だから、やはり、態度で示せないといけないのです。



コテコテな3月でしたが、年度の切れ目はとても良い区切りだと思います。


もう一度、しっかり地に足をつけてやっていこうと思います。


今日、久しぶりに楽器の練習に行きました。

この練習だけは、私にパワーを与え続けてきてくれたもので、得意だったはず。


にもかかわらず、今日はダメだった。


楽器ってものすごく私の心を現してしまうもので、今日の練習ではソロ部分ではリズムにのりきれず、いつも1歩ずつ出遅れて、そしていつもは出来るはずのところが出来ず。

そのうち、顔が暗~くなってきて、手元ばかり見るようになって・・・・・・・



ここまで来てしまったか。


すべて自分の考え方次第だ。

私は、ソロ部分が大好きだった。ガンガン弾いて自分の弾きっぷりも好きだったし、のってくれる人も多かった。弾けば弾くほど楽しくなってきて・・・・


思わず、いつも練習を一緒にしている相棒が速すぎるんだ!とか不満を持っちゃったりして。


今の私、こんな状態。


ちょっとしたキッカケは会社のことかもしれない。でも、どんどん悪循環に陥っている。



さて。



今週末はラッキーにも特に何の用事もない。

この2日間を使って、今通常の自分をゼロとすれば、海抜5000m(ってどのぐらい??)ぐらいなので、何とかゼロに巻き戻そう。


プラスになることは何もしなくていいから、とりあえずゼロへ。

んでもって、いつものパワーが出てくるまでは、12時前に寝る。


落ち込みたい自分の気持ちもよくわかるけど、やっぱりもったいない。

私もっと元気に働きたいもの。


これは私の年収をあげるよりずーーーーっと大切なことだ。



近所に住む姉と姉の子は、よく夕飯を食べに来る。

だんなさんが単身赴任だし、姉自身も2時間近くかけての通勤なので、こどもの成長が第一優先とすれば、いい事だ。


当初は、「今日、夜の会議だからいい?」「今日は体調がよくないからいい?」と遠慮がちだった姉も、最近では当然のように食べに来る。


先日、例によってご飯を食べに2人が来た。

家に着くなり、姪は自分のおもちゃで、散らかす、遊ぶ、叫ぶ、走る、、、

「ごはんよ」と言う声もまったく聞こえないらしい。


とうとう、姉が「こら!ごはん食べに来たんでしょ!ちゃんと座りなさい!!」と叱ると、姪っ子はジトーッと姉を見て「だって、○たんは遊びに来たんだもん・・・」


うん。。あなたの主張は理にかなっています。。。姉は恥ずかしそうに、「あー、ママはごはん食べに来たと思ってた。ごめんごめん」だってさ。


尊敬している人に、今回の年俸の話をした。

悔しさと同時に湧き上がる不安、「わかるよ」と言ってくれた。


放っておけば1日中、そんなこと、考えてしまう。と言ったところ、「そりゃ、そうだよな。」と言ってくれた。


とても穏やかにどんな話でも聞いてくれる人です。


本当に、人間としてよくできた人だなぁ、と思います。そしてそれがわかっていながら、何かと甘える自分が情けない。


でもその人に今日、「どんな感情でも、それを味わい、コントロールすることで多少は何かを得る。でも、嫉妬だけは人をほろぼす・・・」と言っていた。


私・・・

今回も年俸のこと、人事のことで、嘆くよりうらやましがるより、他人に対する嫉妬ばかり。


よし。私、嫉妬だけは捨てよう。

相変わらず、仕事は楽しい。でも、その他諸々のことで悶々としている。


週末、何人かの人と話をして、これまで、今辛くても今はまだ、準備期間だから・・・・と思えていたのに、今の年齢、そして入社5年目ということで準備期間、準備期間、と言っているうちに一生このまま終わりそうな気がして焦っていることに気づいた。


期間限定ならば、今多少辛くてもOKなのだ。

今が準備期間ならば、今のままでがんばっていればOKなのだ。だって、こんなに悩んでいるのに仕事は楽しいんだもの。


だから、期間を決めることにした。

3年間。

本当は、40歳でいい論文を書く、その時、準備期間を終える、と考えていたのだけど、ちょっと40は遠すぎる・・・(笑)

だから、3年間と考えた。

3年間は、「準備期間」と決めちゃおう。花開くのは、3年後でいいや。



おばあちゃんになった時、誰よりも幸せなおばあちゃんになる


って考えて、毎日を耐える。

今、悔しい思いをしているけれど、おばあちゃんになった時はそれが解決しているような生き方をする。


会社の人で私が勝手に、比較して嫌っている人たちよりも幸せになる。

いま、私の辛さをわかってくれないあの人たちよりも幸せになる。


でも、そのおばあちゃんになった時、その人たちは私の身の回りにはいない。

おばあちゃんになった時、もし、私が「幸せ度」を比較するとしても、今身の回りにいる人たちと比較するわけではない。


そんな人たちと今、自分の境遇を比較して僻んでいるだなんて、バカげている。



入社2年目までは誰にも不満を言わなかった。

でも、3年目ぐらいから自分の待遇に不満を持ち、家族に不満をもらすようになった。


堤防に小さな穴が開いたようだった。

これを機に、とても仲のいい先輩に愚痴るようになった。


最初は待遇の悪さを恥だと思い、誰にも言わなかったのに、少しずつそれを人々に訴えるようになった。


堤防にあいた穴はほんの小さな穴だったのにそこを発端に堤防がひび割れしたようだった。


愚痴クセをつけてはいけない。


小さな穴だと思っていたのに、いつのまにか、堤防が壊れてしまいそうになっている。



待遇に不満を持つ人はとてもとても多い。

しかし、私は何とかしてもらえるんじゃないか、と甘えているのだろうか。。バカみたい。


こんなに毎日、待遇について考えているなんて私、どうしちゃったんだろう。。


この冬は、シーズン初期からフィギュアスケートを見続けました。

もちろん、今日も。。。

感動しちゃいました。


でも同じ試合で同じように優勝を狙う浅田選手と安藤選手でしたが、2人の第一目標は違いましたよね。


浅田選手は、ショートプログラムの失敗があって、フリーではきっとベストを尽くす、ということが第一目標だったんだと思います。だから多分、演技が終わった瞬間に泣いちゃったんですね。あの瞬間は点数なんて二の次だったんでしょう。

でも、安藤選手は今回は、第一目標が多分優勝だったんだと思うんです。だから、演技が終わったあとも驚くほど、笑顔もなく淡々としているように思いました。でも、優勝が決まった瞬間大喜びでしたよね。

そういう意味では、出番が最後だった、というのは結果としてとても良い演出でしたね。


2人とも多分きっと、ベストを尽くした結果、優勝できる、というのが最高なのでしょうが、自分の主眼がどこに置かれているか、という差を感じました。


いずれにしても、今日は観てよかった・・・・・