給料体系見直し委員会(?)の今回のお題は、「給料は、過去の成果のご褒美なのか、これからの回収見込みを表すものなのか」。
うーん。そうか。
私は兼ねてより、給料って会社の意思を一人一人へ示すものだから、額の「公平」にとらわれることなく、基準の「公平」さえ貫けば、会社が大切に感じる社員に高い給料を与えればいい。
もちろん、これはこれで歪みが出てくるだろう。
評価するのが上司だったとすれば、上司のご機嫌取りばかりする人が出てくるかもしれないし、上司にとっての便利屋に徹する人も出てくるだろう。文句を言わない部下の方が楽かもしれない。部下を正しく評価できる上司がどれほどいるか、も疑問である。
成果主義も導入されている会社は多いが、単年度の成果、数年先の成果、これをどう評価するのか基準がはっきりしている会社は少なく、社員の不安第一要素となっている。今年度の成果を追うばかりで、数年先の成果のための準備をすることができなくなりつつあるのだ。これは、残念ながら社員も、会社自身も同じである。
でも、成果主義と謳いながら、「この社員は成果はあがっていないが、今後あがるだろう。この社員は雑用をやってくれた」といった上司の直感や印象が多いに含まれている成果主義ならば、少なくとも年功序列は年齢という客観的指標があるのだから、マシかもしれない。
会社の意思表示の話に戻れば、例えば、コンペで勝って受託業務を取った人の方がレポートを発表した人より給料が高ければ、レポートなんて書かずにみんなしてコンペに参加するだろう。女性より男性の方が給料が高かったら、男性はがんばるけど女性は辞めちゃうかもしれない。
だから給料とは、やはり会社の意思を示すもの、ということになる。
でも、私の勤めている会社は・・・・と考えると、明らかに過去の成果のみに対して給料を払っている。
去年いいレポートを書いたから、今年の給料があがった、とか、去年は育児休業中だったから給料は据え置かれたとか。
これを体験しちゃうと、出身大学、学歴、これまでの経歴など過去にとらわれる人が増えているし、過去の失敗ばかりをクヨクヨ考えている人が多い。
育児しながら働く女性に対しては、もちろん育児休業は取れるけど、給料は据え置かれる。
働いている人がマイナス評価があるのに対して、休業中の人はゼロ評価というのはそれも不公平なのかもしれないけど、それはマイナス出す社員より育児しながら一生懸命働く社員の方がいい、という明確な会社の意思表示であるのだから、受け入れざるをえない。
成果主義と謳いながらの直感主義は誰の直感か?といえば、もちろん上司だろう。
でも、その評価を自分の目で見て、自分の評価を信じて、部下を評価できる上司がどれほどいるだろう。。。と考えたとき、部下を評価し、その評価に責任を取れるマネージャーは数少ないのではないか。