今日で退職する人の送別会に行って来ました。

例の彼女を、その後避けて避けて避け続けてきましたが、今日は内輪の送別会ということで彼女と私、退職する人+2名、計5名での夕食。


彼女とフリートークができる環境に身をおくのは、本当に久しぶりのことです。



が、やはり私はムカついた。

ある人が3歳の子どもでも、ウソつくんだよね、、、なんて話を始めた。オムツが汚れているのに、汚れていない!とウソをつく、という。そうそう、うちの姪もそんなことあるんです。多分遊ぶのが楽しくて一人オムツなんて替えるの、嫌になっちゃうんだと思うんです。


・・と彼女が「でも、反対はないでしょ?」と。

???オムツが汚れていないにもかかわらず、汚れた、ってウソをつくこと??  確かにそれはない。


でも彼女曰く、大人は自分に得にならないウソをつくが、子供は得になるウソつかつかない、とのこと。

そこまでは、何となく、そんなもんかなぁ??と聞き流していた。


しかし、彼女の喩えが、いまいち不満。

突然、妙に具体的に悲劇のヒロインぶって話をはじめるのだ。


何の話をしていても、自分の話にすり替え、突然悲劇ぶるのが彼女の特徴。


「私があることについて、詳しく知っているのに、私が知っていると皆が気分を害するから知らないフリをしてあげる」

「私が夜中にたった一人で、何晩もかけて作ってあげた資料なのに、自分が作ったのではない、とウソをつく」

など。


それは、他人を思いやっているのではなく、自分が知っていることについてその重みに自分が耐えられないから、ウソをついているだけでしょう? 皆が知らないことをバッチリ知っていたら時には嫌味の一つや二つ、くるかもしれない、だけど、それが嫌だから逃げているだけでしょう? いい加減、他人のせいにするのはやめなさい!


と言いたい。


そういうウソこそ、まさしく、誰も何の得にもならないけど、その場をしのぐだけのウソ。

子供が、オムツが汚れていない!とウソをつくのと同じウソなのではないの?と思ってしまう。


そのウソは、自分が損になるウソなのではなく、自分が知らないことによって損になることと、自分が知っていることによって嫌味を言われることを天秤にかけた結果、「嫌味を言われない得」を自分で選んだだけのウソです。

結局やっぱり、自分が得するためのウソなのではないか?と思うのです。


そもそも、子供がウソをつく、という話に、自分の仕事の話を出してこないでよろしい。


そもそも、仕事を他人とのコミュニケーションツールに使うもんじゃない。


みんなは知らないけど、私は知っているーという、他人をバカにした態度は、最後までコッソリ味わっておくべし。