小説「旅人の歌ー 儒者篇」その20 - 山頂 | 物語書いてる?

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 夜中に雨が降ったせいで、道が濡れている。儒者は山頂へと続く道を登って行った。木の根に足を取られ、滑って地面に手をついた。泥を払って、ゆっくりと立ち上がる。
 鼻塚に行った日から、儒者は再び体調を崩していた。物を食べても、みな吐き出してしまった。吐くものがなくなって、苦しんでいた儒者の脳裏に、南原の光景が甦って来た。欠けた奥歯が、疼いた。儒者は夜中に起き上がり、ふらふらと寺の外へ出た。

 魍魎でも潜んでいそうな闇の色が、少しずつ変化している。空には、紫がかった雲がたなびいている。

(『倭』とは、一体、何なのだ?)
(何故我が国は侵されなければならなかったのだ?)
 一度浮かび上がった疑問は、次々と増殖して、儒者を悩ました。
(何故『倭』は我が同胞の首を切り離し、耳を削ぎ鼻を削ぎ、塩漬けにしてまで持ち帰って、貨幣のごとくに喜ぶのだ?)
(まるで、地獄の羅刹ではないか?)
(一体彼らに、人間としての性根はあるのか?)
(彼らの理は、どう働いているのか?)
「『倭』の正体を、探る」儒者は声に出していたことも気づかなかった。
(『倭』の強さは、何処から来ているのか?)
(弱点は、無いのか?)
(各武官の性情は、どうなっているのか?)
(『倭』と戦うには、どうしたらよいか?)
(『倭』の攻撃を防ぐには、何を準備すべきか?)
(『倭』を手懐けることは、おとなしくさせることは、できないのか?)
(『倭』の儒化は…。)儒者は頭を振った。
(もし私にあなたのような才があったら、この国の事を調べて、殿下に文を奏することでしょう。)凛とした夫人の顔が、浮かんできた。
(そうだ。私の使命は、調べる事だ。『倭』を詳細に調べ、殿下に書を送るのだ。再び倭が我が国を攻めないうちに…。)
 遠くの山の頂から、ぽっかりと太陽が顔を出した。儒者は身震いした。