惺窩は長袖に腕を隠したまま、眉を寄せて黙っていた。目の前にいる西笑は、笑顔を見せて茶を啜った。
「禅僧のくせにその儒者風のいでたちは何だ?」
「何の用だ?」惺窩はむっつりとしたまま言った。
「うむ、儂も何かと忙しい。亡き太閤の法要の仕度を、内府より任されたのでな」
惺窩は、黙って茶を啜った。
「また朝鮮との講和交渉やら…故太閤殿下に言いつかり、韓人の死者を弔い、鼻塚を築造したのだが、この度その鼻塚に哀悼の詞を掲げる事になってな…」
その時、廊下を歩いてくる儒者と稚児の姿が目に入った。西笑は「おお」と声をあげた。
「あの者は朝鮮の儒者じゃな。定めし学のある者であろう?あの者に、哀悼の詞を書かせたい」西笑は言うや否や立ち上がった。惺窩に断りもなく儒者を招き入れる。儒者の隣に稚児がすっと座った。
「お主は…?」
「林羅山と申しまする」稚児は目礼をした。
「ほう?お主も師と同じ道を歩むと申すか?まあよい。ところで、お主、倭語は話せるか?」西笑は儒者の顔を見て言った。儒者は静かに頷いた。
「それはよい。実は、朝鮮で殺された無辜の民の鼻を弔った鼻塚という墓がある」
儒者の眼が瞬いた。林羅山は喉の奥で呻き声を出した。
「何を言うのだ?」惺窩の顔色が変わった。
西笑は笑顔で答えた。
「なに、この者に、亡き太閤殿下の慈悲の心を伝えようとしているのだ。その墓は太閤殿下が築造した…」
「黙らぬか。痴れ者め」惺窩が声を荒げて怒鳴った。西笑は笑顔を張り付けたまま惺窩の顔を見た。
「お主誰に向かってその口をきくのだ。わが身はいま世に時めく西笑なるぞ。一介の禅僧崩れがいう口の利き方ではないわ」西笑は立ち上がった。
「その減らず口を叩いたこと、後悔させてやろうぞ」西笑は廊下の板を踏み鳴らして去って行った。
「鼻塚とは…どこにあるのか?」儒者は青ざめた顔をして、惺窩に聞いた。その声は震えていた。