小学生の頃のことを振り返ると放課後のことはよく覚えている。
近所の先輩たちと帰りに川に飛び込んだり潜ったり
魚を捕まえたりして遊んでた。
初めて赤い鯉を網で捕まえた時や
おそらくオオサンショウウオを沼で見つけた時
神社の境内の下でアリジゴクを探した時
山の中や河川敷を探検したのことは今でもはっきり覚えている。
祖母が毎日同じ時間にお家でお経を唱えている姿を見てか、
神様や仏様のことは当たり前のように信じていたし、
山や川、花や木まで話しかけたり、祈ったりすることは振り返ってもてもよくあった。
恥ずかしさから友達の前ではやらず、誰もいない一人の時によく手を合わせていたように思う。
ある日学校から帰って一人でテレビを見ていた時に
ワイドショーか何かで「離婚」について触れていて
「離婚が増えています、子どもたちがかわいそうですね〜」
という何気ない会話を聞いて今まで意識していなかったけれど
自分はかわいそうなのか?なんて初めて気づいた。
参観日には周りがお母さんの中うちはおばあちゃんで
正直「恥ずかしい」なんて感情を持ったこともあるけれど
振り返ってみたら寂しさを感じさせないくらい、祖母には助けてもらった。
祖母は免許を持っておらず、車に乗れなかった。
うちの家はスーパーまでは結構な距離がある。
父は3交代で働いていたので買い物はバスだった。
祖母と買い物に行く一種の「不便さ」「大変さ」を感じること。
学校においても部活にしても送り迎えが自分には基本的にはないことなどから
いわゆる交通弱者に対しての想いが強くなった根源であると思う。
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『留魂録』(りゅうこんろく)とは、幕末長州藩の思想家である吉田松陰先生が、門弟のために著した遺書のこと。この遺書は松下村塾門下生のあいだでまわし読みされ、志士達の行動力の源泉となったものです。
◯牛見航(うしみわたる)
1982年1月30日生まれ(戌年のAB型)
山口県防府市出身
東京にてベンチャー企業に就職後、30歳を目前に帰省、政治家を志す。
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