3月12日、「すてきな三にんぐみ」の三人で被災地に行ってきました。
同じ時代に生きる者として。
●宮城県・気仙沼

道路は整備されていました。
何もなくなってしまった場所に、あの日の大火災で燃えた車などの赤く錆びた残骸や瓦礫が、たくさんたくさん積み上げられていました。
津波被害が一番凄まじかった町の中心部には、漁船や巨大な船が流されてきています。

信じられない光景ばかりです。
テレビなどで見て知ってはいましたが、わかってはいませんでした。
●岩手県・陸前高田

巨大な建造物が屋根だけを残し、その屋根を支えている鉄骨が無惨に曲がっています。
「希望の一本松」までは、あくまで自己責任において近づく事ができます。

本当に奇跡的に生き残ったこの一本松を守ったのは、一本松の海側のすぐ隣にある建造物が、津波の衝撃を受けてくれたからなのかもしれません。

少し離れた海岸線にも同じくらいの高さの松が一本あるのですが、こちらの松は枝葉が全部持っていかれ、幹だけが残っています。
あの高さで波が押し寄せるなんて…。
次々と訪れる人々に、一本松への行き方を丁寧に説明してくれていた現場作業員の若い男性の目赤い頬が忘れられません。
この後我々は岩手県・大船渡へ移動しました。
「まんぼう亭」で昼食をとり、海産物屋さんで買えるものを思いつくままに買いました。
僕がその時できることは、それくらいの事しかありません。
気仙沼も陸前高田も大船渡も、その地名を知っているだけで全く土地勘がない中で町をさまよい回ってきました。
やはり自分の目で見ることに意味はありました。
これからも自分にできることをしていきます。
大船渡から9時間弱で帰宅。

大船渡で買ってきた毛蟹、本当に美味しいです。
改めて犠牲者の方々のご冥福をお祈り致します。
合掌
同じ時代に生きる者として。
●宮城県・気仙沼

道路は整備されていました。
何もなくなってしまった場所に、あの日の大火災で燃えた車などの赤く錆びた残骸や瓦礫が、たくさんたくさん積み上げられていました。
津波被害が一番凄まじかった町の中心部には、漁船や巨大な船が流されてきています。

信じられない光景ばかりです。
テレビなどで見て知ってはいましたが、わかってはいませんでした。
●岩手県・陸前高田

巨大な建造物が屋根だけを残し、その屋根を支えている鉄骨が無惨に曲がっています。
「希望の一本松」までは、あくまで自己責任において近づく事ができます。

本当に奇跡的に生き残ったこの一本松を守ったのは、一本松の海側のすぐ隣にある建造物が、津波の衝撃を受けてくれたからなのかもしれません。

少し離れた海岸線にも同じくらいの高さの松が一本あるのですが、こちらの松は枝葉が全部持っていかれ、幹だけが残っています。
あの高さで波が押し寄せるなんて…。
次々と訪れる人々に、一本松への行き方を丁寧に説明してくれていた現場作業員の若い男性の目赤い頬が忘れられません。
この後我々は岩手県・大船渡へ移動しました。
「まんぼう亭」で昼食をとり、海産物屋さんで買えるものを思いつくままに買いました。
僕がその時できることは、それくらいの事しかありません。
気仙沼も陸前高田も大船渡も、その地名を知っているだけで全く土地勘がない中で町をさまよい回ってきました。
やはり自分の目で見ることに意味はありました。
これからも自分にできることをしていきます。
大船渡から9時間弱で帰宅。

大船渡で買ってきた毛蟹、本当に美味しいです。
改めて犠牲者の方々のご冥福をお祈り致します。
合掌