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銀伝の本番が始まってから鰻登りのアクセス数に正直戸惑っています。

昨日17日の演劇ランキングは、なんと5位。



う~む…。

「銀河英雄伝説」の影響力の大きさを改めて実感。

皆さん本当に関心があるんですね。

でももう一生ないでしょうね(笑)




銀伝の記事はもう書かないでおこうと思ったんですが、先日「爆音家族」の収録を終えて帰宅し、初めて2ちゃんねるとか西田シャトナーさんのツイッターとか覗いてみたんですけどね、やはり真実というのはなかなか共通認識にはならなく、それぞれの正義と価値観の中で正当化されていくのだなあと感じました。

舞台に限らず、大きな何かを創り出そうとするとき、1人の力では成し得ないことは当然で、一つの目的の達成の為に選ばれた大勢の人たちが、それぞれの立場でそれぞれの能力を発揮しなければ達成できないのも当然で、それぞれが価値観や方法論や表現方法が違ったとしても、カンパニー全員が同じ一点を目指し共通言語を探していかなければ決して望むような結果は出せないものです。


否定するのは簡単なこと。

自分と違うものを肯定し受け入れるのはなかなか難しいことですが、否定するためには必ず代案を提示するべきであり、お互いのアイデアを検証しあう度量と柔軟さも求められます。

そして役者のみに限らず全ての人間が、基本的には演出家の意思と意図と方向性、いわゆる「演出プラン」というものによって何かを見出そうとするのは当然の流れですが、演出プランをはっきり意思表示されなかったりすると戸惑い立ち往生してしまうものです。
そしてコロコロ変わる方向性に役者は段々疲れてくるのです。
そう言う意味で、今回の「銀河英雄伝説」はスタッフワークにおける非常なまでのコミュニケーション不足が、困難を極めた作品創りを招いた原因だったのではないでしょうか。


僕は今回の作品創りを通して初めて西田シャトナーさんと出会いましたが、いわゆる世間で言われている「シャトナー節」というものが何だったのかは結局は判らずじまいでした。



何が正しい事なのか。
どいすれば正解なのか。
その判断をするのはとても難しいですね。




劇場に足を運んで下さるお客様にとって、少しでも人生の活力になれるような存在でありたい。

これだけは共通認識として揺るぎないものかもしれません。




さてさて、銀伝ワーレン提督とお別れした僕は「レ・ミゼラブル」まっしぐらです。

昨日、久しぶりにエコールに参加して、ファンティーヌをバシバシ苛めてきました。


全てのシーンが効率的に組み立てられている中で如何に己の芝居を組み込んでいくか。

とっても楽しい作業です。



そんなわけでワーレンヘアーともオサラバ。

グランテール、どんな風になるのか自分でも楽しみです。



当面の目標は2ヶ月で6キロ減量!

銀伝で弛みきってしまった我が身に克を入れて頑張りま~す!!