《パリ同時多発テロ》過去との変化は?日本との関係は?―色々考えてみた | 中東情勢入門? ~マニアがご説明します~

中東情勢入門? ~マニアがご説明します~

 アラビア語・中東政治専攻、治安分析等々、中東8か国を訪問した男が、「遠くてややこしい」と思われがちな中東をご説明します。

 しばらく投稿していませんでしたが、これを機会に書いてみました。
 被害者の皆様に心から哀悼の意を表します。
 パーティーを楽しんでいたら、突然の銃声。ライブで曲にノッていたら、手榴弾を持った男らが出現。なんて光景でしょう。
 つい先程、過激派勢力「イスラム国」が犯行声明を出しました。
 今回の事件から色々と考えてみます。(おいそぎのかたは④からどうぞ)

【①】初めてではない…

 残念ながら、大勢の市民が過激派の犠牲になる事件は、今回が初めてではありませんでした。
 最近のシャルリエブド事件@フランスとボストンマラソン事件を除くと、14年前には米東部で3,000人、11年前にはマドリードで190人、10年前にはロンドンで55人。

 もちろん、イスラム過激派以外による犯行も。
 4年前にノルウェーで77人、17年前には北アイルランド・オマハで25人、18年前にはアトランタオリンピック会場で2人(110人負傷)、ちょうど20年前にはオクラホマシティで165人……
(オマハはカトリック/アイルランド民族主義過激派「アイルランド共和軍(IRA)」の犯行、その他は極右過激派の犯行)

 もうキリがありません。
 [参考] 過去に発生したテロ事件
  https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_(non-state)_terrorist_incidents
  http://www.start.umd.edu/gtd/

【②】TVに出てくる事件だけじゃない

 先進国以外に目を移すと、もはやここには書ききれません。

 ちょうど一昨日には、かつて「中東のパリ」と呼ばれたレバノンの首都ベイルート郊外の住宅地で連続自爆テロが発生しました(40人死亡)。「イスラム国」(スンナ派)が異端視するシーア派住民と、隣国シリアで戦うシーア派政治組織「ヒズボラ」を狙った事件でした。
 トルコの首都アンカラ中心部では先月、デモ集会を狙った爆弾テロで100人が死亡。同国現代史上最悪の惨事でした。
 チュニジアの観光都市スーサで今回のパリと同じような事件が起きたことも記憶に新しいです(多くの英国人含む35人死亡)。
 イラク、シリア、ナイジェリア北部ではこのような事件は日常茶飯事。

 でも、私たちと全く同じ、普通に生活している人々が突然恐怖に陥れられたことに、何の違いもありません。

【③】「9.11時代」に戻った戦略と、変化する戦術

 ただし、話題をイスラム過激派に絞れば、最近の変化として3点、挙げることができます。

(1) 無差別攻撃が再び主流になったこと。

 上記の事件からもわかるように、2000年代の後半には、トルコを含む主要国で、政府・治安機関や大企業を直接狙わない、無差別な攻撃は発生していません。

 テロ多発国でも標的は専ら政府・軍・警察に収斂していきました。

 これは、当時のイスラム過激派「大手」、アルカイダ系の勢力が、2000年代前半に無差別攻撃を頻発させたことにより、地元の人々(部族など)を敵に回してしまい、方針転換を迫られたからです。
(もちろん、先進国・周辺国内のテロ対策が急に強化されたことも影響しています)

 一方、アルカイダ系列から離脱した「イスラム国」はこの方針を再転換させました。なぜかは④で考えます。

(2) 攻撃の手法がより簡素かつ非組織的になったこと。

 アルカイダ系の時代は、単独~数人のメンバーが、長年の訓練や自らの専門知識をいかして爆発物を潜り込ませるという、比較的手の込んだ攻撃が主流でした。

 「イスラム国」が無差別攻撃に手を出すようになってからは、銃器、よくても手榴弾を持った集団が総攻撃を仕掛けるか、複数に分かれて行動を起こす傾向が見られます。
 爆発物に比べ、移送や入手がしやすいからです。

(3) 犯行団体不明の事件が増えたこと。

 今回の事件を含め、「イスラム国」がどの程度関与したのか、そもそも実際に関与したのか自体さえ不明な事件が増えました。

 そもそも、「イスラム国」自体を一つの組織ととらえることは不可能で、ビンラディンのような象徴的な指導者はいません。
 シンパから成り立ったゆるい勢力で、「誰かがやった後、イスラム国の'広報部'を名乗るグループがツイッターで声明を出す」という具合です。

【④】中東情勢と「イスラム国」

 では、なぜ「イスラム国(IS)」は中東以外の地域で無差別攻撃に手を染めるようになったのでしょうか。

 キーワードは「シリア内戦」と「グローバル化」です。

(1) 戦後イラクで生まれ、戦中シリアで育つ

 当初はシリアのとなり、イラクで活動していたIS。

 2014年2月にアルカイダからの離脱を宣言した後、まるで軍隊のような人海戦術でイラク軍を圧倒、国の中部を制圧しました。当初米国や日本を含むイラク戦争参加国(notフランス)が思い描く現実がまさに崩壊した瞬間でした。
 しかし、ISはここまでは、民間人を狙った大量殺戮は行わず、軍と散発的に戦うまででした。

 これによりシリア国境を確保したISは、内戦で無法地帯と化したシリア東部の砂漠に足を踏み入れ、反政府勢力の一派として、シリアのアサド政権と、時には他の反政府グループと戦います。
 シリア内戦という混乱が、ISに武力闘争の機会を与えてしまったのです。
 [参考] ISの制圧地域
  http://understandingwar.org/map/isis-sanctuary-map-september-15-2015

 戦闘が長引くにつれて、各勢力間の関係は複雑になり、ISと当初は連携していたイスラム過激派(ヌスラ戦線など)が互いに競うようになります。世俗派の「自由シリア軍」とISは当初から敵対関係。戦術も砲撃からトラック爆弾へとどんどん過激化していきます。

 そのような中、先進国や周辺国(日本を含む)はアサド政権との対話を事実上拒絶し、複雑な反政府勢力内の関係を縫うように、その中のたった一派(自由シリア軍&暫定政府)を支援しようとします。

 英国政府は2013年9月に軍事行動を可能にする法案を作成しましたが、議会に否決されました。米国は2012年に「非殺人的」物資の援助開始を発表して以降、公にはしていませんが、軍事物資の提供を含め、広範な支援活動を行っていることが明らかにされています。

 今回狙われたフランスは、英国とともにこの「非殺人的」物資の援助開始を宣言して以降、米国と同じく、シリア内戦に積極的に関与してきました。

 オランド大統領は2013年9月に軍事物資の支援を示唆。さらに、2014年9月には、米国と競うようにパリで国際会議を開催、26ヵ国を集めて反政府勢力やイラク軍への支援を協議しました。
 米国が2014年8月にイラクのISに対する空爆を開始してから、最初に空爆に参加を表明したのもフランスでした。米国が9月に空爆をシリアへ拡大すると、フランスも他の国々とともにこれに参加しています。

さらに、最近シリア情勢を大きく変化させたのが、ロシアによる突然の空爆開始。米国やフランスとは連携のない、ISにとっては新たな「宣戦布告」でした。

(2)「中東のアルカイダ」から「世界のIS」へ…

 それでは、数ある空爆国の中で、なぜフランスが狙われたのか。それは次のキーワード、「グローバル化」がカギを握ります。

 アルカイダがイスラム過激派の中心にいた時代は、彼らの広報手段は専ら衛星テレビでした。しかし、インターネットが普及し、ソーシャルメディアが誕生すると、双方向のコミュニケーションが可能となり、ISはこれを最大限に活用します。

 英語やフランス語でISのプロパガンダを自由に閲覧できる今、その中から感化される人が出てきてもおかしくはありません。
今や、普通のネティゼンですら、戦争・暗殺・犯罪ゲームに興じる時代。特に、若年層は要注意です。

 英研究機関ICSRの最新の推定によると(2013年12月)、2011年末~2013年末の2年間に3,300人~11,000人の非シリア人がシリアへ戦闘目的で渡航しており、うち396人~1,937人が西ヨーロッパ人。
 戦闘員として残っていると思われる西ヨーロッパ人の割合は全体の18%で、うちフランス人がトップ。西ヨーロッパ人戦闘員の数は急増しているとのことです。
http://icsr.archivestud.io/2013/12/icsr-insight-11000-foreign-fighters-syria-steep-rise-among-western-europeans/

 フランスはまさに、EU、そして国境間の人・モノの移動の自由を促進するシェンゲン協定の立役者でした。
 パリは英国・スペインから東欧・トルコへ通じる鉄道・道路網の要衝。
 シャルル・ドゴール空港は利用客数で世界8位、ヨーロッパではロンドンに次ぎ2位です(2014年)。

 今年8月には、アムステルダムからブリュッセル経由でパリへ向かっていた高速列車内で男が銃乱射を試みて乗客に取り押さえられる事件が発生しました。
 モロッコ人の容疑者はテロ関連の重要人物として登録されていましたが、同時に食に困り半ばうろついていたとの説もあります。

 シリアでの一連の空爆や戦況の変化で、シリアへ渡航を希望している者が「中継地」となった中欧でくすぶり犯行に及んだ可能性や、シリアから密かに戻った戦闘員がフランス(そしてシリア情勢に関与する全ての国々)に「報復」した可能性があります。

【⑤】歴史は繰り返す…か?

 9.11以降の10年を想起しても明らかに言えるのは、無差別テロに限らず国家的/国際的危機が発生した時にこそ大切なのは「冷静さ」と「良心」だということです。

 9.11発生後、米国を中心に世界中がヒステリーに陥り、特に米国ではマスコミがこぞってイスラム教徒(あるいは〝中東っぽい人一般″)に対する差別と、犯人さがし・報復を煽りました。
その結果、アルカイダ側の数々のテロも奏功して、私達は2つの国の政権を崩壊させました。その片方は真っ赤なウソを口実とした作戦でした。

 その戦中イラクで誕生し、戦後に怪物となって現れたのが他でもないISです。

 フランスはイラク戦争に参加しませんでしたが、今回はどうでしょうか。空爆をさらに本格化させるのでしょうか。
そして、隣の東欧諸国では、移民排斥を訴える極右政党が議席を伸ばしています。
英国ではEU離脱をめぐる国民投票が行われます。

 先に紹介したICSRの推定では、中国(おそらく新疆ウイグル自治区)出身の戦闘員も6~100人いるとのことです。
 私たち日本人はイラク戦争の責任者、つまりシリア内戦に深く関わっている当事者です。
 国内外の中東北アフリカ諸国出身者およびイスラム教徒としっかりコミュニケーションを取り、地に足をつけて地道に対策を踏むのか、
 それとも、全く別の方向を向いて外で何かをやってしまうのか。

 果たして、歴史は繰り返すのでしょうか?

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[参考] 中東やイスラムに触れられる・学べる施設など
・東京ジャーミイ・トルコ文化センター(トルコ系モスク[日本最大級]と文化施設)
 http://www.tokyocamii.org/ja/
・アラブ・イスラーム学院(サウジ系)
 http://www.aii-t.org/j/
・各国大使館へのリンク集
 http://www.arukikata.co.jp/link/o/pc/3/cc/15/
・イスラム文化センター(モスクを兼ねた文化施設。仙台、大阪、広島、福岡など各地にあり。下記リンクは京都。)
 http://www.islamjapan.net/ibc/index.html
・NIHUプログラム イスラーム研究(早稲田大学、東京大学、上智大学、京都大学)
 http://www.ias-network.jp/
・東京外国語大学(日本語で読む世界のメディア、アジア・アフリカ言語文化研究所、語学教室、学祭での中東言語劇&各国料理店etc)
 http://www.tufs.ac.jp/
・東北大学国際文化研究科
 http://www.intcul.tohoku.ac.jp/news/course
・大阪大学外国学図書館
 http://www.library.osaka-u.ac.jp/gaikoku.php
・日本国際協力機構(全国)
 http://www.jica.go.jp/event/index.html
・笹川平和財団
 https://www.spf.org/
・公益財団法人 中東調査会(政治・外交関連)
 http://www.meij.or.jp/
・一般財団法人 中東協力センター(経済・ビジネス関連)
 http://www.jccme.or.jp/japanese/index.html
・日本中東学生会議
 http://jmesc.net/

※筆者は上記団体・施設とは無関係です