活字の匂い | 渡辺やよいの楽園

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小説家であり漫画家の渡辺やよい。
小説とエッセイを書き、レディコミを描き、母であり、妻であり、社長でもある大忙しの著者の日常を描いた身辺雑記をお楽しみください。

これはなんだろうか。
活字である。
活版印刷用の活字である。
今や、写植版下などすべてパソコンで、こんな鉛の活字をいっぽいっぽ拾って版に組んで版下を作って印刷することなどない。いや、活字を組める技術自体が消滅した。

我が家は町の印刷屋であった。
私が生まれたときから、仕事場で印刷機がごうごううなり、活字がぎっしり並び、様々なインクや紙の匂いがした。
ものごごろがつくと、父は私に使用した活字を元の箱に戻す仕事をさせた。もう少し年齢が上がると、紙に書いた活字の種類と文章にそって、小さな木の箱に活字を拾って入れていくという仕事をした。
宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」をご存じの人は多いだろう。あの冒頭で、ジョバンニがバイトで「これだけ拾えるかな」と、印刷工場の人に言われて活字を拾う場面がある、あれだ。私にはリアルな場面だ。

私は常に紙と活字に囲まれて暮らしていたのだ。

もう、誰も使わなくなった活字。
亡き父は、版を組む名人だった。
いまならマウス操作でぱっぱと短時間でできる作業を、ひとつひとつ手で拾った活字を、板や金属で締め付け組んで紐や輪ゴムできりきり巻いて、きっちりきれいな版下を作っていた。半日、1日がかりのときもあった。
いま、うちの実家には、父がそうして組んだ版下が、まだ、いっぱいほこりをかぶって残っている。
捨てるに捨てられないそうだ。

その娘の私は、やっぱり紙と活字でお金をいただいている。
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