ワタミは12日、2023年3月期の決算説明会を都内で開いた。国内の外食事業が改善し、宅食事業が堅調で、グループ全体の売上高は前期比で約1・2割増の779億円。純利益は16・7億円となり、3年ぶりの営業黒字を報告できた。

しかし私は楽観していない。今回の黒字は、コロナ禍の休業補償、療養者向けの配食サービス、さらに円安による為替差益などにも支えられている。今年度こそが、まさに勝負の年だという思いで経営に取り組んでいく。

緊急事態宣言下に、日本政策投資銀行から「10年後一括返済」の条件で出資を受けた120億円もある。29年3月期の返済完了に向けて、より健全で強固な収益基盤の構築を目指す必要がある。120億円を返済するためには、税金面などを考慮すると6年間で約240億円の利益を出さなければ達成できない。

数字としては大きいが、経営者人生、とくに創業期はいつも借金を背負ってきた。返済に向けそのたびに飛躍してきた。私としては今回の120億円も「ほどよいプレッシャー」と、前向きにとらえている。

今年度は、14・5億の純利益を計画している。22年度と比較すると、45億円の改善だ。予測していた通り、円安でインバウトが好調だ。6月には東京・浅草に寿司業態「すしの和」の2号店を新店でオープンする。海外店舗も今期は増やす。香港や台湾、シンガポールなどの既存地域に加え、アメリカ本土での焼肉出店計画も進行しており、円安シフトの経営を加速させる。

そうした中、ワタミの各事業のブランドマネージャーが月に1度集まる「ブランド向上会議」で、『ザ・ブランド・マーケティング』(実業之日本社)という本を配った。スターバックスやナイキのマーケティングを担当した著者が、ブランドマーケティングの基礎について解説した本だ。

この本には私の恩師の教えと通じるものがあった。スターバックスには「バーガーショップは客の食欲を満たすが、コーヒーショップは魂を満たす」という言葉があると紹介している。これは私が居酒屋「つぼ八」の創業者、石井誠二さんから受けた「居酒屋というのは飲んで食べる場所じゃない、人を元気にする場所だ」という教えとまったく同じだ。

街中で、いまだに「昔よく、居食屋和民で飲んでいました」と声をかけられることがある。本の中に「ブランドとは記憶の総和」と定義している、私は「ブランドとは思いでの小箱」だと思う。多くの人の記憶にブランド名を浸透させていく。そのためには、魂を込めなければ成り立たない。

「居食屋和民」は、ひざつき接客や、手作りにこだわるなど、魂を込めていた。全ブランドマネージャーには「魂を込めているもの」「ワタミの事実」を、もう一度ポスターにしてお店に貼るよう指示した。悪いニュースは大きく、いいニュースは小さいものだ。それでも、小さな事実を積み重ねていきたい。それがブランド作りの王道だと思う。



【夕刊フジ】「渡邉美樹経営者目線」(毎週火曜日連載)より