「原発を止めた裁判長」という映画を見た。2014年、関西電力大飯原発の運転停止命令を下した樋口英明・福井地裁元裁判長を追ったドキュメンタリーだ。樋口元裁判長はシンプルに、地震の揺れの強さを表す単位ガルを基準として、日本の原発は地震に耐えられないと判示した。

岸田文雄首相は先月、唐突に「原発の再稼働」と「次世代型原発の新設」の検討を発表した。エネルギー価格の高騰と、電力需給が逼迫(ひっぱく)しているのが大義の御旗だが、物事は何でも平時に手を打つべきだ。11年の東日本大震災時の福島第一原発事故以来、原発依存度を可能な限り低減させ、再生エネルギーを普及させるのが大方針だったはずだ。

結局、本気でなかったということだ。第一原発の廃炉すらまだ終わっていない。高レベル放射性廃棄物の廃棄場所も決まっていない。ウクライナ侵攻では原発がロシア軍の砲撃を受けており、日本も有事の際に原発が標的にされる可能性がある。こうした問題は、すべて「先送り」だ。

電力自由化で新規参入した新電力が、エネルギー価格の高騰を受け続々倒産している。

一方の東京電力は21兆円の事故処理費用を抱えても債務超過とさせず、国が倒産させない。私は国会議員時代「東京電力は一度倒産させるべき」と提言した。

しかし、東京電力や原発関連票に支持される議員から猛列に批判された。上場企業として、あれだけの事故を起こし、負債を背負ったら当然、株主や会社は、責任をとるべきだ。損害は国(税金)が肩代わりし、東電は生き残り新電力は赤字で続々と倒産していくのは資本主義のルールをゆがめている。

被災地の岩手県陸前高田市のワタミオーガニックランドでは、太陽光発電の下で農業を行う「ソーラーシェアリング」に取り組んでいる。ワタミは日本の外食企業で唯一、再エネ100%を目指す「RE100」を宣言し、本社ビルではすでに脱原発を実現している。ワタミは企業理念としてやっているが、本来「法と税」でインセンティブをつければ、再エネは一気に加速する。

しかし、原発票を背景にした政治家がそれをしないだけだ。本来なら、大手電力と新電力が競い合うことで、経済性や安全性が向上し、国民の利益となった。

京セラ名誉会長の稲盛和夫氏が先月、お亡くなりになった。生前お会いしたときの在りし日の会話を思い出す。NTTに挑み、第二電電(現・KDDI)を創業し、一強の通信市場に一石を投じた。既得権益・規制改革に心血を注がれた経営に多くの刺激を受けた。岸田首相や原発推進の政治家に稲盛氏の名言で問いたい。「動機善なりや、私心なかりしか」。

【夕刊フジ】「渡邉美樹経営者目線」(毎週火曜日連載)より