■おふでさきの区切り
 毎日読むおふでさきの区切り方はいくつかあるようですが、わが家では以下のもの(教校専修科の朝礼で使用されていた・故・安井幹夫先生作?)を使っています。赤字はきょう拝読した箇所です。

一号1~20、21~38、39~57、58~74 (4)
二号1~17、18~30、31~47 (3)
三号1~14、15~27、28~41、42~58、59~76、77~91、92~112、113~127、128~149 (9)
四号1~20、21~39、40~59、60~78、79~95、96~110、111~134 (7)
五号1~16、17~32、33~45、46~61、62~72、73~88 (6)
六号1~16、17~31、32~54、55~74、75~87、88~103、104~117、118~134 (8)
七号1~14、15~34、35~56、57~73、74~88、89~111 (6)
八号1~20、21~33、34~50、51~69、70~88 (5)
九号1~12、13~32、33~47、48~64 (4)
十号1~18、19~40、41~56、57~70、71~86、87~104 (6)
十一号1~16、17~32、33~50、51~64、65~80 (5)
十二号1~13、14~30、31~46、47~61、62~84、85~104、105~122、123~135、136~156、157~169、170~182 (11)
十三号1~20、21~40、41~58、59~72、73~90、91~103、104~120 (7)
十四号1~16、17~28、29~47、48~64、65~78、79~92 (6)
十五号1~17、18~33、34~47、48~56、57~71、72~90 (6)
十六号1~16、17~36、37~55、56~67、68~79 (5)
十七号1~20、21~33、34~48、49~63、64~75 (5)
(103)区切り

 

■8月7日 きょうのおふでさき《第十五号72~90》

 なに事をたのんだとてもたれにても
  きゝわけがないをやのさんねん   十五号76


 明治十三年、鳴物をいれてのおつとめがなされる時期が迫っており、74で「はや/\とつとめせゑねばならん事」と急き込まれ、立教からここまでの歩みを振り返って、この試しがいまだ実現していないことに言及されています。そして「頼みかけてある」(75)が、「聞き分けがない」(76)「背きなきよう」(78)などと言われて、「今まではどんな話をしても」「何を言ってもにをいばなり」(79)と嘆かれています。
「にをいはかり」については、花と匂いのたとえ話です。それについてはおさしづに次のようにあります。
「花の色匂いを取る心が世界では分からんで。匂い取り兼ねる/\。人間心の色はどうもならん。…言えば言う程言う者は言う通りに成る。腹立てんよう。さあさあ日々皆々その花の心に成るで。」(21・7・17)
 このおさしづを受け取って、これを悟った人のひとことがおさしづ本文の後に、「世界広い道になれば、皆々花の匂で寄り来るなれど、匂取る事分からん故に腹を立てるのであります」と誌されています。人は花の匂いで寄ってくるが匂いをとるだけではまったく不十分で「花の心」がわかるようにならいといけないのです。

 なお、秀司先生はじめ周囲の方々はとにかく官憲の取り締まりや迫害攻撃からおやさまの身を守ることに一所懸命で、金剛山地福寺配下で転輪王講社結成したのもそのためでした。しかしそれはおやさまの思いに適わず開筵式は執行されるも、四十三年以前からの秀司先生の足の悩みを「元の通りにするおつとめ(ちんばのつとめ)がつとめられるその途中でご自身がお止めになったと言われており、実現しませんでした。「ちんばのつとめ」は実現しませんでした。後に明治16年雨乞いづとめはなされたので、十一通りの特殊含意のおつめのためしは実現したことになります。

 また「みよだいなりとすぐにしりぞく」(88)については、『おふでさき註釈』に「秀司先生の名代として音次郎氏を迎い取るという御予言である、と思われていた」と誌されていますが、これは「親の罪が子に報いるのは理不尽である」と言ったので秀司先生本人が出直しになったと伝えられます。

 

※以下はわたしが愛用しているテキスト版「おふでさき」のきょうのおふでさき拝読部分です。行末の「。」は読み方段落、句読点です。(ほかに『』、「」、。など)

 

さあたのむなにをたのむとをもうかな はやくなりものよせてけいこふ 十五号72
これまてハとんな事てもちいくりと またをさまりていたるなれども  十五号73
もふけふわなんてもかでもはや/\と つとめせゑねばならん事やで  十五号74
いまゝてハどんな事てもたん/\と いろ/\たのみかけてあれとも  十五号75
なに事をたのんだとてもたれにても きゝわけがないをやのさんねん  十五号76
このたびのざねんくときのこのはなし とふぞしいかりきゝわけてくれ 十五号77。
けふの日ハをやがなに事ゆうたとて どんな事でもそむきなきよふ   十五号78
いまゝでハどんなはなしをしたとても なにをゆうてもにをいはかりや 十五号79
けふの日のはなしとゆうハせへつうや もふそのまゝにすぐにみへるで 十五号80
このはなし四十三ねんいせんから むねのざんねんいまはらすてな   十五号81
それしらすうちなるものハなにもかも せかいなみなるよふにをもふて 十五号82
このみちハ四十三ねんいせんから まことなんぢうなみちをとふりた  十五号83
その事をいまゝでたれもしらいでも このたびこれをみなはらすでな  十五号84
このはらしどふしてはらす事ならば つとめ一ぢよてみなあらハすで  十五号85
このつとめをやがなに事ゆうたとて とんな事てもそむきなきよふ   十五号86
こればかりくれ/\たのみをくほとに あとでこふくハいなきよふにやで 十五号87、
このたびのつとめ一ちよとめるなら みよだいなりとすぐにしりぞく  十五号88
このはなしなんとをもふてそはなもの もふひといきもまちていられん 十五号89
はや/\となりものなりとたしかけよ つとめはかりをせへているから 十五号90』

 

■きょうの自炊本

きょうも前日の続きになります。月刊WiLL誌8月号の記事から抜粋して掲載します。

[髙山正之・三枝玄太郎] 朝日は左で尊大で 反省しないから凄い(月刊WiLL誌2024年8月号所収).pdf、シェアします。

 

☆きょうの誕生日の花と花ことば(NHKラジオ深夜便)は、「カノコユリ」「富と誇り 威厳」です。

 

■古い映画にはまっています

先日地区会の回覧板でこの映画の上映会のチラシが入ってました。8月10日にSAYAKAホールでしたので、観に行こうと予定表に書き込みました。

ところが、アマゾン・プライムビデオで無料配信していることがわかったので、こちらできのう見ることに。

■「あの日のオルガン」1時間59分

https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B086K3Y7QD/ref=atv_dp_share_cu_r
 2018年製作。日本の映画。アマゾン・プライムビデオで無料配信、視聴。


【解説】
 第2次大戦末期に保母(保育士)たちが幼い園児たちとともに集団で疎開し、東京大空襲の戦火を逃れた「疎開保育園」の実話を戸田恵梨香と大原櫻子の主演、山田洋次作品の多くで脚本、助監督を務めてきた平松恵美子の監督、脚本により映画化。
 1944年、第2次世界大戦末期の東京。警報が鳴り、防空壕に非難する生活が続く中、品川の戸越保育所では園児たちの安全を確保するため、保母たちが保育所の疎開を模索していた。ようやく受け入れ先として見つかった埼玉の荒れ寺で疎開生活をスタートした若い保母たちと園児たちは、日々噴出するさまざまな問題に直面しながらも、互いに励ましあいながら奮闘していく。戸田が保母たちのリーダーとなる板倉楓役を、大原が天真爛漫で音楽好きな保母の野々宮光枝役をそれぞれ演じる。(映画.com)
【予告編】https://youtu.be/KTJRjcTAw3Q?si=I96qcZSRaRhDoSyz