#やまさんのブログ

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徒然に日々を綴ります。http://sachihiro.com/wordpress/ の別館です。現在、本館はDBのエラーで更新、表示不能になってます。修復の予定なしです。悪しからず。

 書斎の机の上に他所からもらい受けた液晶モニターを増設しようと考えました。

 以前から気になっていたのは縦置きのモニターあれば、WEB閲覧が楽になるのでは…。24インチモニターを2台横に並べて設置するには、机が小さいので、1つを縦置き、もう1台は横置きで設置しようと。

 そのためには、モニターのスタンドがいるので物色して見つけたのがこれです。

 

 設置はいたって簡単でした。ちょっと見上げるような感じにはなるですが、ページを見通せるのがいいですね。作文は、右のモニターに縦書きのエディター(WZ Editor)を出して書いています。まずまず満足しています。

 



 ノミネートしていた大阪狭山市芸術祭参加が決まりました。今はコロナの影響で練習もままならない状況ではありますが、開催時には終息していることを切に念じています。

 10月31日(土)午後開催です。昨年同様SAYAKAホール小ホールです。チラシには早々と「チケット販売中」とか書いてますが、チケットはまだできておりません。このチラシもこれから印刷するところです(*^ー゜)。

 今回は、近隣の「とんだばやし雅楽会」が賛助出演してくださることになってます。

 昨年、ご来場いただいたかたは今年も、また来場いただけなかった方は、今回は万障お繰り合わせのうえ、ご来場賜りますようご案内申し上げます。

 このアルバム・小野リサ・旅そしてふるさとです。


 このアルバム、いいですね。My Favorite に入れました。
 例によってわたしはスポティファイから入手、聞き入ってます。どういうわけかスポティファイには「8、星影の小径」が抜けてました。
 

01 恋の町札幌 作詞・作曲:浜口庫之助
02 知床旅情 作詞・作曲:森繁久弥
03 小樽運河 作詞:吉岡 治 作曲:弦 哲也
04 いい日旅立ち 作詞・作曲:谷村新司
05 旅の宿 作詞:岡本おさみ 作曲:吉田拓郎
06 港が見える丘 作詞・作曲:東 辰三
07 アメリカ橋 作詞:山口洋子 作曲:平尾昌晃
08 星影の小径 作詞:矢野 亮 作曲:利根一郎
09 女ひとり 作詞:永 六輔 作曲:いずみたく
10 大阪の女 作詞:橋本 淳 作曲:中村泰士
11 あなたのふるさと~岡山旅情~ 作詞・作曲:沖 正夫
12 南国土佐を後にして 作詞・作曲:武政英策
13 長崎の鐘 作詞:サトウハチロー 作曲:古関裕而
14 メロディー 作詞・作曲:玉置浩二

 

 連ドラのモデル古関裕而作曲の「長崎の鐘」が気に入ってます。

 イタリアは窮地に追い込まれていたが、ここに到ってようやく出口の光が見えてきたところまで到ったようです。日本はまだまだこれからです。

 そんななか、今朝の産経・正論は、今日の世界を見事に鳥瞰したコラムが掲載されています。まさに時宜を得たコラムだと思いましたので、ここに転載させていただきます。

 

 【正論】コロナ禍後に来る米中覇権争い 東京大学名誉教授・平川祐弘


 ステーション・ワゴンに食料品をしこたま積んで、まだ寒いのにN県の湖畔の別荘へ、友人たちが車を連ねて行ってしまった。コロナウイルスの発生で、東京のような大都会に居ても、展覧会も音楽会も中止。レストランへ行くことも憚(はばか)られる。それならいっそ高齢の者は、人里離れた山奥で暮らすに限る。退職した外交官と学者と画家と三家族、別荘村の仲間の男三人女七人、計十人が、進んで世間から自己隔離して生活を送るという。犬も連れて行く。車には葡萄(ぶどう)酒もチーズも積んであったから、羨(うらや)ましくて「良いお休みを」とご挨拶し「せいぜい読んでくれたまえ」とイタリア文学の翻訳を三冊、餞別(せんべつ)に渡した。

 ≪疫病を逃れて優雅な隔離生活≫

 昔と変わらないな、と思った。七百年前、西洋で黒死病流行のとき、難を避け、別荘で閑雅な生活を送った人々がやはりいた。当時はテレビも携帯もない。退屈しのぎに十人の男女が一日に一人が一話ずつ、代わる代わる延べ十日、話をした。金曜土曜は休んだから、実際は二週間余の滞在となった。それで計百話の『デカメロン』の物語となったというのが作者、ボッカッチョ(一三一三~一三七五)の弁である。

 物語の歴史的背景はこうだ。十四世紀半ば、イタリアでは都市国家が栄え、フィレンツェの政治家、ダンテ(一二六五~一三二一)は『神曲』百歌を書き、ジョット(一二六六~一三三七)は教会の壁にフレスコ画を描いた。トスカーナ地方にはルネサンスの文化が花咲き始めた。

 ≪悲惨の極みもいつしか歓喜に≫

 だが西暦一三四八年、そのトスカーナ地方をペストが襲った。中近東に端を発したペストの猖獗(しょうけつ)は、武漢に端を発したコロナウイルスの比ではない。フィレンツェは九万の人口が三分の一の三万に激減した。それでも同市は再び立ち直ったが、フィレンツェと覇(は)を競ったシエーナ市は二度と立ち直らなかった。

 中世の西洋ではペストは天譴(てんけん)とされ、人間の行いが不逞(ふてい)だから天罰が下る、と坊様は説教した。だがそんな宗教的説明のまやかしに我慢できない人もいる。フィレンツェの商人、ボッカッチョは、父をペストで亡くしたが、災害の少なかったナポリで働いていたおかげで生きのびた。人間、死の脅威にさらされると、逆に生の執着や性の欲望が強くなる。ボッカッチョはあふれんばかりのヴァイタリティに富む作品を書いた。

 だがすごいのはまえがきに描かれたペストだ。近ごろ話題のマンゾーニ作『いいなづけ』の十七世紀北イタリアの疫病の記述は、『デカメロン』に想を得、社会の混乱を迫力ある筆致で描写した。

 「これに罹(かか)った病人から病気が健康人に移るさまは、乾いた物体や油を塗った物体に火が飛び火するのと同じでした。病人と話したり近づいたりした人に病気がうつり、同じように死に至らしめたばかりか、病人の衣服とか病人が触ったとか使ったものに触れただけでも病気は伝染したからです。ひとたび病に伏すや皆に見捨てられ、病床に呻吟(しんぎん)しました。誰もが相手を避け、誰一人隣人の世話をせず、親戚同士も見舞うことは絶えてない。会っても距離を置きました。時には妻も夫を顧みなくなりました。頼りとては使用人の貪欲さ加減に頼るしか手はありません。そうした使用人は看護の心得など毛頭ない。病人から頼まれた物を差出すか、死んでゆくのを見守るかぐらいがせいぜいでした。しかもこうした仕事で稼ぐうちに、本人もしばしば病気に罹り、儲(もう)けた金を手にしながら死んでいった。…」

 ボッカッチョが報ずる人心の荒廃は恐ろしい。しかし、苛烈で峻険(しゅんけん)な山路は辛いが、一旦乗り越えた先の平野はそれだけ一層心地よい。悲惨の極みもいつしか歓喜に代わる、その後に続く優しい男女のきわどい話が楽しく頤(おとがい)を解く。

 ≪民主的自由か強権的専制か≫

 イタリア文学の名著は『神曲』を別格として『デカメロン』と『いいなづけ』だが、強制された隔離は古典の読書で過ごすにかぎる。コロナ禍は長く続きそうだが、いつかは終息する。友人が山中から戻り、訳書の感想が聴ける日を楽しみに待っている。「世間が落ち着けば今度は愛情が濃厚感染しますよ」と笑うと電話が切れた。

 そんな私はマスクして拱手傍観(きょうしゅぼうかん)しているが、疫病は個人の運命ばかりか国の運命をも左右する。今回の大災厄の後に、米中いずれが覇権国として生きのびるか。米国側は「中国ウイルス」と発生源の中国の隠蔽(いんぺい)体質を非難する。中国側は米軍人が「新冠肺炎」のウイルスを武漢に持ち込んだ、と噂を流す。北京は、非難が習近平政権でなく米国に向くよう反米感情を煽(あお)る世論操作に出たらしい。これにはさすがに呆(あき)れた人も中国内にいて「不要瞼(プヤオリエン)」(恥知らず)とネットに出た。武漢の骨つぼの数は発表された死者の数より何倍も多い。コロナ禍との戦いは、民主的自由国家と強権的専制国家との戦いの一環に化しつつあるようだ。(ひらかわ すけひろ)

 

 NHKの歌番組・うたコンを見ていたら、水森かおりがウェディングベルを歌ってました。それを取り巻いていた3人の女性グループの声がえらくきわだって聞こえました。水森かおりの歌もいつもとちがった色合いでよかったのですが、演歌調の3人の女声が耳に残りました。水雲-MIZMO- というちょっと変わった風貌のグループでした。
 調べてみたら、シングルCD、アルバムも4~5枚くらい出してるとてもユニークなハーモニーで演歌からちょっとなつかしいPOP調の曲も含まれていて、なつかしい! という感じです。
 
 むかし、スリーグレーセスという女声コーラスグループがあって、ちょっと上品で欧風のハーモニーを奏でてたのを思い出しました。しかし、水雲-MIZMO-は、演歌の色が濃くて、そのレパートリーン幅広さ、歌の迫力がすごいですね。早速スポティファイで「歌謡抄」というアルバム4枚入手、今聞き入ってます。

「水森英夫門下生の本格演歌ガールズグループ「水雲-MIZMO-」(みずも)」という触れ込みで2013年結成、2017年にメジャーデビューしたグループです。
https://www.kayou-center.jp/7590
 YouTube にもたくさん上がってます。メジャデビューのこの曲のリンクを貼っておきます。
https://www.youtube.com/watch?v=BwcAkylmUYQ

 

 

 これもいい! 
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人気NO.1ヴァイオリニストが奏でる、永遠の癒しのメロディ。
「祈りのアヴェ・マリアにしたい。平和を祈りたい。
穏やかな日々を祈れるCDをつくりたい。」という強い想いのもと、
千住真理子が取り組んだテーマが「祈りのアヴェ・マリア」。
有名なバッハ・グノーやシューベルトのアヴェ・マリアは新しくチェンバロ伴奏で収録、
サン=サーンスやカッチーニ、アルカデルトといった美しい旋律をもつ「アヴェ・マリア」も収録。
そして「クラシックの名曲を世に広めたい」という千住真理子ならではの選曲で、
ホルストの「ジュピター」やカザルス「鳥の歌」、生誕200年をむかえるリストの
「コンソレーション(慰め)」といった名曲も多数収録。
クリスマス・シーズンにもぴったりな内容で、
千住真理子の永遠の定番になりそうなアルバムの登場!

ピアノ:山洞 智 、チェンバロ:梅村祐子
録音: 2011年5月 栗東芸術文化会館さきら
人気ヴァイオリニストが、名器ストラディヴァリウスで奏でる聖なる曲の数々。
千住真理子らしいクラシック名曲満載の選曲。

https://www.amazon.co.jp/アヴェ・マリア-千住真理子/dp/B005MJVMVU/ref=sr_1_1?keywords=千住真理子+アヴェ・マリア&qid=1583919600&sr=8-1》

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 わたしが聞いているその音源はスポティファイです。
https://open.spotify.com/album/6g6721dgVEF9RJOPSRUTWo

 ストラディバリュウスで、千住明・服部隆之・渡辺俊幸・小六禮次郎という豪華作曲家陣による編曲で奏でられる「日本のうた」は、心地よい音空間に誘ってくれます。
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千住明監修!今こそ、心に沁みる、日本の歌!!
人気NO.1ヴァイオリニスト・千住真理子が初めて日本の歌を演奏。
●イタリア国宝級の名器:ストラディヴァリウス・デュランティという、
究極のヴァイオリンが奏でる日本のうたというのも当然初めて。
●シンプルな日本の歌をヴァイオリンで美しく演奏するためには究極のアレンジが重要。
千住真理子の兄であり日本を代表する作曲家の千住明が選びぬいた千住明・服部隆之・渡辺俊幸・小六禮次郎という豪華作曲家陣による編曲。
「ヴァイオリンで奏でる日本の歌」の定番となるべき作品。

https://www.amazon.co.jp/日本のうた-千住真理子/dp/B005G66WJG/ref=sr_1_1?keywords=千住真理子+日本のうた&qid=1583911171&sr=8-1》

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 わたしの音源をスポティファイです。
https://open.spotify.com/album/3PT8KPMEodggbTdKonH5yI

 ヤフーのニュースにその全文が掲載されてましたので、以下引用します。

 武漢に発したウィールスが世界に弘まっています。中国人が多く移り住んだこともあって、今や本国に次いで感染者が増えているイタリアの校長先生が生徒に宛てたメッセージです。

 

■ペスト時代の教訓から学べ 休校のミラノで校長のメッセージが話題に
2020/03/02(月) 

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200302-00000002-ovo-life

 新型コロナウイルスの感染拡大を食い止めようと、政府が全国的な学校の休校を要請して議論が広がっている。同様の政策をとるイタリアで、休校になった高校の校長が、17世紀のペストの流行を扱った作家、マンゾーニの小説の一節を引用しつつ、「デマに翻弄されず、休みの間もふだん通りの生活を続け、良質な本を読んでください」という生徒に向けたメッセージを公表、話題になっている。

 現在新型コロナウイルスの感染者が300人以上出て対策に奔走しているイタリア北部、ロンバルディア州の州都、ミラノにあるアレッサンドロ・ヴォルタ高校のドメニコ・スキラーチェ校長が書いたメッセージは、イル・ファット・コティディアーノなど現地メディアが全文を伝え、「その通りだ」「なんて素晴らしい校長だ!」「こういう教師に教えを受けている生徒たちは希望の源だ」といった反応が相次いでいる。

 ――ヴォルテ高校の皆さんへ

 “保険局が恐れていたことが現実になった。ドイツのアラマン人たちがミラノにペストを持ち込んだのだ。感染はイタリア中に拡大している…”

 これはマンゾーニの「いいなづけ」の31章冒頭、1630年、ミラノを襲ったペストの流行について書かれた一節です。この啓発的で素晴らしい文章を、混乱のさなかにある今、ぜひ読んでみることをお勧めします。この本の中には、外国人を危険だと思い込んだり、当局の間の激しい衝突や最初の感染源は誰か、といういわゆる「ゼロ患者」の捜索、専門家の軽視、感染者狩り、根拠のない噂話やばかげた治療、必需品を買いあさり、医療危機を招く様子が描かれています。ページをめくれば、ルドヴィコ・セッターラ、アレッサンドロ・タディーノ、フェリーチェ・カザーティなど、この高校の周辺で皆さんもよく知る道の名前が多く登場しますが、ここが当時もミラノの検疫の中心地であったことは覚えておきましょう。いずれにせよ、マンゾーニの小説を読んでいるというより、今日の新聞を読んでいるような気にさせられます。

 親愛なる生徒の皆さん。私たちの高校は、私たちのリズムと慣習に則って市民の秩序を学ぶ場所です。私は専門家ではないので、この強制的な休校という当局の判断を評価することはできません。ですからこの判断を尊重し、その指示を子細に観察しようと思います。そして皆さんにはこう伝えたい。

 冷静さを保ち、集団のパニックに巻き込まれないこと。そして予防策を講じつつ、いつもの生活を続けて下さい。せっかくの休みですから、散歩したり、良質な本を読んでください。体調に問題がないなら、家に閉じこもる理由はありません。スーパーや薬局に駆けつける必要もないのです。マスクは体調が悪い人たちに必要なものです。

 世界のあちこちにあっという間に広がっているこの感染の速度は、われわれの時代の必然的な結果です。ウイルスを食い止める壁の不存在は、今も昔も同じ。ただその速度が以前は少し遅かっただけなのです。この手の危機に打ち勝つ際の最大のリスクについては、マンゾーニやボッカッチョ(ルネッサンス期の詩人)が教えてくれています。それは社会生活や人間関係の荒廃、市民生活における蛮行です。見えない敵に脅かされた時、人はその敵があちこちに潜んでいるかのように感じてしまい、自分と同じような人々も脅威だと、潜在的な敵だと思い込んでしまう、それこそが危険なのです。

 16世紀や17世紀の時と比べて、私たちには進歩した現代医学があり、それはさらなる進歩を続けており、信頼性もある。合理的な思考で私たちが持つ貴重な財産である人間性と社会とを守っていきましょう。それができなければ、本当に ‘ペスト’が勝利してしまうかもしれません。

 では近いうちに、学校でみなさんを待っています。

 先週1日(日)二女の結婚式でした。あれからもう1週間経ってしまいました。わが家は長男1人を残して4人の娘が全員嫁ぎました。ホッと安心はできたのですが、前会長含めて8人いた家族が一人またひとりと抜けて4人になってしまいました。わたしが結婚したときの状況にそっくりです。

 

 あたらしい境遇は「百十五才寿命の人間像」(高野友治)に則して考えると後半のスタートやなあ、と感じ入ってます。

 

 先週の結婚披露宴で、家族で越殿楽を演奏しました。いつも動画撮影をすることはないのですが、今回は、仲人をしていただいた手柄山の奥さまがすぐ前でスマホをかざしておられたので、お願いしてそれを拝領しましたので、ここに上げます。篳篥の雑音は愛嬌です! ついでに先日小学校で演奏した「アベマリア」も披露します。動画はリンクです。



越殿楽とAve Mariaの動画はこちらこちらです。