「哲学」という文字を見ると何か難しそうと思われる人もいるのではないでしょうか?
哲学とは、人生や経営などの理念や信念に基づいて根本原理を探究、追求することです。
ここでは倖せについて探求してみましょう。
哲学が何であるかを知ることは知識として学ぶことですが、探究ですから、倖せについて学ぶのではなく、倖せについて自分で考えるということです。
つまり、“倖せになる方法”を考え続けることが即ち哲学的探究するということです。
前置きがくどくなりましたが、あなたは倖せになる「理念」や「確信」「信条」「信念」はできていますか?
お金や学歴、地位、肩書、結婚、その他を手に入れることが倖せになる方法になっていませんか?
これらは幸せに近づくための一手段となりうるかもしれませんが、あくまでも手段に過ぎません。
哲学的に探究するということは、いかなる状況になろうとも倖せであると思えるこころを養うことです。
達成することではなく、幸せになる方法を考え続けることです。
人生は順風満帆の時ばかりではありません。
毎日を平々凡々と暮らしている間でも、考え続けなければ、昨年からのような突然コロナ禍に見舞われることだってあるのです。
そんな時でも心の軸が揺らがないような信念を日頃から作っておく必要があります。
もし自分が日和見的な存在だと思うのだったら、いかなる時でも倖せでい続けている人にまつわって、日ごろからコツを尋ね、素直に教えを乞うことです。
なにはともあれ、究極の倖せは健康な身体であることが重要です。
いま世界中で多くの人が、ワクチンを打つべきか、打たざるべきか、の選択を迫られています。
あなたは打つ派ですか?それとも打たない派ですか?
何も考えずテレビが言ってるから、新型コロナウイルスが怖いから、後遺症が怖いから、他人に移してはいけないから、打たないと海外に行けないから等の理由で、先を急いでワクチン接種をされている人が大勢います。
ワクチンを打つ打たないを日本国では個人の選択に任されています。
情報源は従来のテレビや新聞だけに偏らず、今一度、ユーチューブやツイッター等のSNSなど、あらゆる角度から情報を得て、哲学的探究心をもって、自分の頭で考えてみませんか?
ワクチン接種はそれからでも遅くないですよ。
あなたの未来が健やかで明るいことを思いながら。また、次回

