一応は名の通った作家先生であるイボナメクジがネット番組でデマに基づいて私の妻を中傷しました。
視聴数は僅か2000人程度ではありますが、ただのしょぼくれた一般人に過ぎない私の力では彼女の名誉を回復することは不可能でしょう。
一方的に極めて悪質なデマを垂れ流されても泣き寝入りするしかありません。
しかしまったく沈黙してしまうわけにはいきませんので、小さな声をあげてゆきたいと思います。
知人しか閲覧していないような何の発信力もないブログに書いたところで妻が受けた傷を癒すことは出来ませんが、私が出来ることといったらこれくらいしかないのです。
↑上記リンク先のブログの続きです。

私は2016年初頭まではイボナメクジの言論活動に対し応援をしておりました。
時には彼の意見に違和感を抱くこともありましたが、その思想には概ね同意し、くだんのメルマガのコメント欄にも熱心に記事の感想を投稿し、賛意を示しておりました。
ですからメーリングリストを退会したあとも、私と妻は公論界隈の勉強会に参加しておりました。

当時、北海道在住であった私はそう度々東京まで足を運ぶことは出来ません。
その勉強会はあと1年で幕を閉じると公言していましたのでもう参加することもないだろうと思っておりました。
しかし関東住みの妻(当時はまだ結婚しておりません)は応募すれば毎回参加出来るのに二の足を踏んでいて、私が何故応募しないのか、二回連続で参加すればまた門弟資格を獲得出来て晴れて再び設営隊に戻れるではないかと問いましたところ、妻は理由があって門弟を外されたのだから私は参加すべきではないのではないかと言うのです。
私は妻に対し、それは自意識過剰というものだと説教をし、残っている門弟たちもきっと貴女の帰りを待っていますよと励まして、渋る彼女に半ば無理矢理応募するように促しました。
したところ1回目は当選するのですが、門弟資格を得られる2回目になると落選するというのが二度続いたことで妻は「やっぱり」と言って落ち込みました。
門弟には勉強会へ連続2回参加しないとなれません。
それでも私は呑気な顔をして、「たまたまだよん」と慰めて、応募し続ければそのうちまた資格を得られるから頑張れと言って、頑張りを強要してしまいました。
今から思えば妻の言っていた通りだったのです。

勉強会終了後の打ち上げは基本門弟だけが参加出来るものなのですが、仲良しの門弟に誘われて妻も参加していました。
しかしある時から突然、門弟以外の参加が厳禁となり、勉強会に当選した時は必ず打ち上げに参加していた妻でしたが、その厳しい戒律により勉強会終了後は一人とぼとぼ帰ることになったのです。
遂にはお気楽な飲み会である打ち上げからも排除されたのも今から思えば、そういうことだったのでしょう。

しかし破門ならば破門と通告してくれていれば、妻はいつまでも無駄な応募などしなかったのに、何故このような陰湿なやり方で排除するのでしょう。

そんなことともつゆ知らず、「こんな苦しい思いをするのは耐えられないから応募しない」と言ってギャン泣きする妻に私は「それじゃ俺が応募するから、俺の同伴者として君の名を書くわ」と言って、無理矢理に連れて行きました。
もう参加することはないと思っていた勉強会でしたが、天涯孤独な境遇にあった妻がやっと得た共同体の繋がりを断ち切ろうとしているのを見かねて、銭のないなか航空券を購入し、妻の手を引っ張って大崎の会場まで行ったのです。
それが2014年のことでしたか。

その後、妻は当然ながら門弟に戻ることもなく、応募するのも諦めてしまいましたが、妻と仲良くしてくれている数人の門弟とたびたび食事会をするなどの交流は続けていました。
その交流は現在まで続いておりましたが、あの放送があったのですから、今後はどうなるか分かりません。

私と妻は別人格であり、考え方もまるで違います。
それは以前にもブログに書きました。


今現在、公論界隈に批判的であるのは私個人です。
妻ではありません。
しかし公論界隈のイボナメクジ師範は私が批判的である元凶は妻にあるとして、妻を徹底的に攻撃してきたのです。
まったく理解に苦しみます。


さて、話はまだまだ続きますが、この続きはまたあとでいたします。
(つづく)