MYNXブログ -2ページ目

MYNXブログ

早稲田大学初チアダンスサークルとして2011年11月8日に誕生したMYNXの公式ブログです!

日々の活動について発信しています!
Instagram・Twitterも是非チェックしてください!

(引退ブログを書いたのに、また登場してしまいました11期りんなです代表わかなが激アツ長編のブログを書いてくれたので、なんと異例の二部編成でお送りいたします!わかなの思いの丈がどうか読者の皆様に伝わりますように流れ星)


こんばんは!12期まおですおやすみ

 

引退ブログは9日目!!

 

なんと、本日で最終日になりますネガティブ

 

 

先輩方のMYNXライフが詰め込まれた引退ブログはとても感動的で、

どれも涙なしには読めませんでした泣

 

その引退ブログも今日で終わり気づき


そして、11期さんの引退がもうすぐだ思うと、

悲しい気持ちでいっぱいです大泣き

 

 

そんな引退ブログを締めるのは、

最終日に相応しいお方です! 

 

 

本日の引退ブログは、十二代目が誇る代表

 

わかなさん虹



わかなさんを一言で表すなら、まさに太陽のような方です太陽

 

パワフルで、舞台映えして、笑顔がステキ!!

 

そんな、パフォーマーとして100点二重丸なお人なんです!

 

 

そんなわかなさんの声は、多分地球のどこにいても聞こえます地球


舞台の上でも

練習中でも

通しの最中でも、

何度わかなさんの声に背中を押されたか分かりませんびっくりマーク

 


わかなさんに名前を呼ばれると、

どんなに疲れていても

しんどい時でも

超頑張るぞ!と前向きな気持ちが湧いてきます筋肉



ポジティブなオーラを周りに伝えてくださる、

とってもステキな代表なんですキラキラ




わかなさんが前に立つと、

一声で練習の雰囲気を作り上げてしまいます炎


わかなさんが周囲に与える影響は計り知れません飛び出すハート


実は私も、MYNX入会のきっかけはわかなさんの一言だったりします

 

当時のことは覚えていらっしゃらないかもしれませんが、

私にとってはとても大きな一言でした気づき


大学では何を頑張りたいのか、

そのヒントをくださったことには、感謝してもし切れません。


本当にありがとうございましたぐすん

 



わかなさんが代表の十二代目MYNXにいられたこと、

すごく幸運だと思っています乙女のトキメキ


私にとってわかなさんはずっと、どの瞬間も

カッコよくて、眩しい先輩です!!


 

 


そんな十二代目が誇る代表、わかなさんの引退ブログになりますグリーンハーツ


お楽しみください!


  


 

以下はわかなさんの引退ブログになります下矢印

 

28522852285228522852285228522852285228



こんばんは!


十二代目MYNX代表兼

施設局長兼

ツッコミ担当の11期わかなです!

 

最高学年になった今、

私は十二代目MYNXで数少ない

ツッコミ担当をしています!

(元々ボケたいタイプではあるので、生粋のツッコミ担当とは言えませんが、、、、)


本当に小ボケが多すぎるんですよね、、、

同期も後輩も!(笑)


自覚ありなボケも、天然なボケも、

毎日大渋滞しております。


もう毎日頭フル回転ですよ!

大変なんだから!(笑)


まあそんなこと言いながら、

みんなが落としていくボケを

一つひとつ拾って

みんなで大爆笑している時間が

楽しいんですけどね照れ


おかげさまで、

そこまで拾います?

っていうくらい小さなボケでも

拾ってしまうようになりました、、、、


その弊害を受けているMYNX以外のみなさん

大変申し訳ございません!!!


引退したら、この癖は治るのだろうかアセアセ

ちょっと心配です(笑)

 

 

ということで、

 

ついにきました、引退ブログ。

 

正直、悩みました。何をどこまで書くか。

 

あまり重すぎても長すぎても

誰も読みたくないかなとも思ったりしまして(笑)

 

でも、ここまで

たくさんの方に応援していただいたからこそ、

誠意を持って、取り繕わずに

私がどんな想いでMYNXと向き合ってきたか

このブログに書きたいと思います。

 

少々重く、とっても長―い引退ブログですが

最後まで読んでいただけたら幸いです。

 

それでは、早速、

波乱万丈の2年半を振り返っていきましょう!

 



まず、

MYNXに入会したきっかけ。


というより、

早稲田大学を

目指したきっかけなのですが、、、、


それは

早稲田大学男子チアリーディングチーム

SHOCKERSさんです。


中学2年生からずっと、SHOCKERSさんの

ガチ追っかけをしていました。


いわゆるショカファンです。


ちなみにファン歴は8年目。

この話をすると

「私も!好き!ファン!」と

共感してくれる人が多いのですが

その想像の100倍はガチです。

毎週日曜日は

SHOCKERSさんが出演するイベントに行き、

早稲田祭に関しては

SHOCKERSさんが出演するステージは

全て3時間前くらいからスタンバって

最前で見ていました。

関東圏で開催されるイベントは

大体見に行っていました

都内とは限らないので

お小遣いが交通費に消えていきました。

大学1年生の時は

SHOCKERSさんの同期より

私の方が歴代SHOCKERSに関して

詳しかった自信があります。


18期、いっぱい語ってごめんね笑

 

ショカファンを続けているうちに

自分も同じステージに立ちたい

同じように輝きたいと思うようになり、

早稲田大学のパフォーマンスサークルを

目指すようになりました。


その中でもMYNXは

学内イベント出演数が多く、

早稲田祭では

大隈講堂前ステージで演技をすることができ、

さらには毎年ショカミンコラボができる!


中2から学校の廊下で練習していた

パディハを踊れる!という

とっても魅力的なサークルでした。


これがMYNXを選んだ動機です。

ふざけてますよね(笑)

MYNX代表の引退ブログとは思えません(笑)


もし自分が幹部代の時に

同じような動機の後輩が入ってきたとしたら、

間違いなく要注意人物に認定して

厳しく指導していたと思います。


それは当時の私もわかっていたので

MYNXへの熱意を認めてもらうまでは

ガチファンであることを隠していたつもりです(笑)

 

 

そんなこんなで、MYNXに入りました!

 


MYNXは

こんな不純な理由で入会してついていける

サークルじゃないんですよね、普通は。


体力的にも精神的にも。


まず、週5回1日3時間の練習って聞くと

まじかって思う人が多いと思います。

 

ただその点においては

私は少しイレギュラーで、

なんの抵抗もありませんでした。


というのも

小学校時代は

チアダンスを5年間習っていたのですが、

週3回の正規練習に加えて

週末はレッスンを受けに東京に通っていました。

(転勤族で、群馬や京都に住んでいました)


中高6年間は

強豪校と言われるダンス部に所属していて

練習は週6回 (土曜日は7時間練習)。

それに加えて、週3回は部活後に、

日本女子体育大学の学生さんと

OGの皆さんにまじって

モダンダンスの稽古を受けていました。


中高時代の生活を説明するときは

週9回踊ってたって言うようにしています。


それでも踊り足りなくて、

ストレス解消〜!とか言って

家で即興ダンスしたり

授業中にも無意識にイメトレをしてしまい

担任に注意されちゃったり。

 

現役MYNXとして活動した2年半のうち

半分以上を、踊らずに過ごしたので、

私のダンスの印象って

あまりないと思うのですが、実は

結構ダンスに人生をかけてきた人間です笑

 

MYNXに入会してからは

ジャンプやターンなどの技が苦手で、

うまくいかないこともありましたが、

最初のオーディションでは

目標だったBチームに入れました!

幸先のいいスタートでした!


そこから始まった大会練も、

とっても楽しかったです。


なぜなら

彩子先生が作ってくださる振り付けが

大好きだったからキラキラ


特に、通しの時間が最高でした。

(演技を最初から最後まで通して踊ることを「通し」と呼んでいます!) 


体力的にはきついのですが、

その時間だけは

自分とはまた別人格の誰かを演じられるんです。


しかもチアダンス部門って

3つのセクションに分かれているので、

最低でも3人になりきれて、

表現する楽しさを存分に味わうことができます。


最高ですよね、、

 

 


 

そんな最高の大学生活だったのですが、

大学1年の11月くらいに

自己肯定感がガクンと下がりました。


今考えると、レールの敷かれていない

自由な大学生活に戸惑っていたんだと思います。


中高で所属していたダンス部は

校内で最も実績のある部活で

常にダンス部員としての誇りと、自覚を持って

行動するように言われていました。


部長の私は尚更で

ダンス部といえば私、

私といえばダンス部という印象が

ガッツリ染み付いており、

ダンス部の印象は自分にかかっていると

伝統あるダンス部の名を背負って

学校生活を送っていました。


先生から褒められるような

みんなのお手本になるような行動をして、

良い子だと言われて

それでOKだったんです、高校生までは。


でも、大学に入って

先生という絶対的な存在がいなくなり

「先生に褒められるように」が

通用しなくなりました。


そこで、自分の意思ってなんだろう

自分らしさってなんだろう

って考えるようになり、

自分探しが始まりました。


そして、

自分探しの末に見つけた自分らしさが

リーダーシップです。


中3高2ではダンス部部長

それ以外の年も学年リーダーを務めていたので

気がついたら

部長っぽさが染み付いていました (笑)


でも、中高部長時代かなりきつかったので

もうリーダーはやりたくないし、

同期から

仕切りたがりだと思われたくなかったので、

その一面を出さないようにしていました。


自分の嫌いなところに分類していたんです。

(9期代表のめいあさんや同期に、代表やりなよーと言ってもらえることもあったのですが、当時は「やりません!私は施設局長目指しているので」と言っていました笑)


何がきっかけかは忘れてしまったのですが、

大学1年の1,2月頃に、リーダーシップも

立派な自分らしさだと認められるようになって

すごく気持ちがスッキリしたんです!


それで、こうなったら

自分らしくいるためにも

堂々と仕切れる立場になりたいと思い、

代表を目指すことにしました。

 

そして、代表の可能性を

頭の片隅に置きながら挑んだ大学2年のMYN隈。


私は夢を見つけました。


11期で歴代最強になること、

そして

『チアダンス界のトップになること』と

『大好きな早稲田と両思いのチアをする』

というMYNXの夢を夢で終わらせず、

“叶える”ことです。


11期なら叶えられると思いました。


11期は、

人数が多くて、まとまりがない。チャラい。


どんなに都合よく解釈しても

期待されている代とは思えませんでした。

(後にOGさんから伺ったのですが、むしろ心配されていたようです笑)


でも、

団結したときのエネルギーは半端なくて。


ノリがいい。華がある。


同期だけの練習の雰囲気や

11期パートのクオリティーと迫力を見て、

この子達の心を動かすことができたら

とんでもない代になるかもしれない。


11期にはMYNXの歴史を変える力がある。


もはや、

11期が新しい時代を作らないと

これからもずっと

MYNXは全国制覇なんてできないかもしれない

という使命感さえ感じ始めました。

 

そんな感じで、どうやったら

11期で歴代最強になれるか考えていたら、

あっという間に幹部選の時期になり、

無事に次期代表になりました。


他の幹部がたまりさに決まってからは、

わーっと準備が始まりました。


今まで達成できなかった目標は、

今までと同じことを同じペースでやっていても

絶対に達成できません。


本気で達成したいなら、

今までしてこなかったことにも挑戦する。


出し惜しみはせず、

やれること思いつくことは全部やる。


ひよってる暇なんてありません。


もちろん大学生活全てを掲げる覚悟です。

 

同期MTGで「歴代最強になろう!」と話したら

笑われるかなと思って

ちょっと緊張していたのですが、、、、、

ノリノリでした!!

最初はびっくりしているように見えたけど(笑)


この時期は、

同期と来年に関するアツい話で

よく盛り上がっていました。

 

MYNX LIFE最高!

入会してから一番ワクワクしていました!


そんな

次期代表になりたて!

希望でいっぱいスターの私に、

1つ目の試練が与えられました。

 

9/23 左膝前十字靭帯断裂です。

 

わぁ。この怪我で、手術することになり

8ヶ月間の運動禁止を言い渡されました。


それに伴い、直近のJCDA大会はもちろん

早稲田祭・世代交代後のUSA大会も出場不可

新歓イベントさえ危うい

という事実を突きつけられました。


診断を聞いた時は信じられませんでした。


今まで捻挫しかしてこなかったので、

なんだ手術って、本当に私の話をしてるの?

そんなに長く踊れないなんてことある?

今までダンスしかやってこなかったのに?

って感じでした。


信じたくありませんでした。


描いていた未来が

目の前で一瞬で砕かれる感覚で、しんどかったです。

 

でも、

不思議なことに前向きな自分がいました。


しかも前向きな自分の方が強めでした。


この怪我は奇跡だと思ったんですよね。


チームのことをよくみて、動かすには

最高のコンディションじゃないかと。


歴代最高にラッキーな代表じゃん。


というか、私たちの代って特別な代だよ

って言われている気分でした。


変化を起こす力がある代に限って、

重めの試練が下されるような気がしませんか?


そして、

そういう代は、その試練さえも

強みに変えてしまいます。


神様は

乗り越えられる試練しか与えない

って言いますしね。


きっとこれは歴代最強になるために

神様が私に、いや

これから始まる十二代目MYNXに授けてくれた

試練でありプレゼントなんじゃないか

と思ったんです。


私たちは選ばれた!

11期のストーリーが始まったなと。

俺らの時代だーーーー!!


しかもしんどい思いをするのは私だけで済むし

時期的に最後のMYN隈にもJCDAにも

復帰が間に合うという好条件。


自分が復帰したら

自分のレベルアップに集中したいから、

3月までにチームの基盤をつくろう!

技術的な負担がない分、マネジメント

ガチでやろう!やれること全部やろうと思って

世代交代に向けて裏で動きました!

 

 

ここから3月まで、大切にしていたことは

幹部紹介ブログでかなり語っていたので、

そこであまり触れていなかったことを

2つだけお話しします!

(他にも色々チャレンジしたので、気になる方は幹部紹介ブログをご覧ください!)


 

1つ目は、貪欲に学ぶことです!


彩子先生と彩夏コーチに

ご指導いただいているのですが、

ほとんどの練習は自分達だけで行っています。


でも、やっぱり

教えてもらった方がうまくなるんです。


なんなら、上手い人を見るだけで

うまくなったりします(笑)


メンバーの中には

上手い子ももちろんいますが、

その子達が教えるとなると

その子達以上のレベルになるのは難しいです。


そうなると

全国制覇という目標は達成できないんですよね。

 

なので、

教えてもらう機会を増やすことにしました!


学生コーチ制度導入!!!

 8期練習長さえさん、

9期練習長まゆさん、9期ちなつさん

にオファーしたところ快く受け入れてくださり

週2回ほどご指導に来ていただきました。


先輩方のおかげで、グッと実力が伸び

それに伴ってメンバーのモチベーションも

かなり向上しました。

本当にいつもありがとうございます。

 

私自身もたくさん勉強しました!


伝統校の強みの1つに経験があります。

うまくいった経験もうまくいかなかった経験も

チームにとっては大切な財産なんです。


代を重ねるごとに

その財産も積み重なっていくのですが、

MYNXではそれが

引き継がれていないように感じました。


なら、歴代の経験を私が集めよう。


ということで、


・憧れのOGさんに現役時代行っていたチーム作りの方法、練習方法や、スケジュール管理法などの経験談を聞く。

・練習を実際に見にきてもらってアドバイスをもらう。


と決めました! 


そこからは歴代の代表さんにLINEしたり、

電話したり、ご飯に連れて行っていただいたり。


さらには

初期みほさんにご相談して

MYNX初の

歴代代表会を開催していただいたところ、

11人全員集まってくださいました!! 


その会では、経験談をお聞きしたり、

現役の相談にものっていただいたり、、、、

贅沢すぎる会でした、、、

ありがとうございました!




2つ目は、こだわり抜くことです。


チームで本気で何かをやろうとすると

ぶつかることだってあります。


それでも

妥協はせずに、これでもかっていうくらい

こだわり抜くことで、

最高の作品が出来上がります。


そして

その作品はチームみんなのものになって、

結果的にみんなに幸せをもたらします。

(あの演技良かったよ!ってみんなが褒められるし、そもそも素敵な作品が出来上がること自体とってもテンション上がるし星)


だから

「今はしんどくても、今ここで私が粘った方が、絶対に未来のみんなの幸せにつながる!!いつかはわかってくれる!」

と言い聞かせてこだわり抜きました!

 

 

こんなことを意識しながら

3月まで爆走したわけですが、、、、、


本気で歴代最強になるために行動したことで

今までとは環境が大きく変わり、過酷になり、

メンバーに精神的にも体力的にも

苦しい思いをさせてしまいました。


また、同期と心の距離を感じてしまったり

思うように実力が伸びず結果が出なかったり

色々困難はありました。


でも、なんとか!

3月のUSA大会まで

駆け抜けることができました!

 

大学3年の4月!待ちにまった復帰です!


踊れるの最高!

そして、ずっと練習を外から見ていたので

みんなの中に入って練習できるのが

すごく楽しかったし、何よりも嬉しかったです。

 

物語はハッピーエンドへ!

 

のはずだったのですが、

現実はそんなに甘くありませんでした。


当時の気持ちを割合で表すと、

4割楽しい、6割怖いでした。


怪我をする前は、Aチームだったこともあり

絶対にAチームに入りたいと思っていました。


ですが、復帰後は、

思うように体が動かずこのままじゃ

Aチームには復帰できないかもしれないという

怖さ(というか焦り)と、

いつまた怪我するかわからない

怖さを感じていました。


でもやるしかない。


オーディションでは

「怪我だからしょうがない」は許されない。


怪我を考慮しなくても

Aチームに入れるレベルに持っていきたくて、

膝の痛みに気づかないふりをして

練習を続けました。


その結果、

運動制限が完全になくなった1週間後、


 

6/6 

靭帯を切った時と全く同じこけ方をしました。

 


転んだ後の膝の感覚が1回目とは違ったので

大したことないと思っていたのですが、


診断結果は、左膝前十字靭帯再断裂

復帰は、引退後の2月

 

意味がわかりませんでした。

自分が何を思って、泣いているのか。

自分の気持ちさえもわかりませんでした。

 

次の日、笑顔で練習に行きました。

「やっちゃったー!また装具生活!」

って言いながら。


同期は誰もなんの反応もしませんでした。


今考えると、

どんな顔をしていいか

わからなかったんだろうな、

みんなのこと困らせちゃったなって思います。


でもその時の私は

「なんか言ってくれよ。」

「せめて一緒に笑ってくれよ。」

「それか、わーって泣けるように誰か黙ってギュッてしてよ。」

そんなふうに思っていました。


その日は結局

どんな顔で何を話したらいいか分からず、

誰ともまともに目を合わせることさえできずに

練習を終え、即帰りました。


帰り道めっちゃ泣きました。

 

そして、

怪我した2日後にMYNX退会を決意しました。


他団体で代表を務めている友人に

「私、MYNXやめるわ」

ってLINEするところまでいきました。


でも、送った瞬間に寂しさを感じたんです。


ここでやめたら、MYNXだけじゃなくて

代表ず(早稲田大学のパフォーマンスサークルや放送研究会様、広告研究会様、早稲田祭運営スタッフ様の幹事長をまとめて代表ずって呼んでいますイエローハート)とも

OGさんとも縁が切れてしまうのかって。


既読がつく前に送信を取り消しして、

一度踏みとどまりました。

(何て返信したらいいか悩んでいて既読はつけてなかったけど、メッセージは読んでいたことが最近になってわかりました(笑))

 

とはいっても、しばらくの間

いつ退会するかを考えていました。


浮かない顔をした私に

微笑んでくれる同期もいましたが、

目を逸らしてしまいました。


私の前では泣いても喚いてもいいよ

と言ってくれたりさにも、情けなくて

何も話せず

そっけない態度をとってしまいました。


一応練習には行くのですが、毎回

なんだこの3時間。なんのためにいるの。

自分が出たかったけど出れなくなった、

ただでさえ見たくないステージを

より輝かせるために、活動するわけです。


輝けば輝くほど

それを見た自分は悔しくてたまらなくなる

羨ましくなるのなんて

わかりきっているんです。


未来の自分を苦しめるために

週5回1日3時間。

 

1回目に怪我をして

悔しいこともたくさんあったけれど、

それ以上に

プラスに捉えてできることを見つけて、

やれるだけやってきたつもりでした。


だからこそ

私、そんなに悪いことしたのかな

なんで私だけ、、

みたいなことばっかり考えてしまいました。


夜は眠れないし

いつになっても同期とはまともに話せないし

一人になるとすぐ泣くっていう生活が続きました。(かれこれここから3ヶ月ちょい。)

 

 

そして、間近に迫るMYN隈


前十字靭帯が切れていても

普通に生活はできるので、

MYN隈は踊れる範囲で踊って

そのあと手術っていう選択肢も実はありました。


MYN隈は自分の

完全復帰のステージになる予定だった

ということもあり、

とっても思い入れがありました。


絶対にお客様をグッと引き込む

世界観が作り込まれた

歴代最強のMYN隈を作りたくて、

6期さんのお力も借りながら

副統括のつもりで仕事に励んでいました。


プリキュアやらない?と

テーマを提案したのも実は私でした。


だからこそ、離れたかった。

向き合うのが辛かったんです。


そんな自分の弱さで、逃げて

MYN隈直前に手術と入院をぶち込みました。

 

退院したのは本番2日前。

退院翌日からリハに参加し、

その翌日のゲネ、本番も見ました。


今となっては何回も見返してしまうほど

大好きなMYN隈なのですが、

当時は、素敵だと思ったら苦しくなると思って

大したことないわって言い聞かせながら

見てしまいました。


大事な仲間が作った

大切なステージなのに最低ですよね。


Vや演技を作らせていただいたので、

それだけはうまくいってくれ

と思っていたのですが、そうもいかず、

放研さんやショカさんが

迅速に対応してくださったにも関わらず、

一部の最後の方は

演技を見ることができませんでした。


本当に最低です。情けないです。

せめて見ろ、って感じですよね、、、

(臨機応変に対応してくださった、放研さん、ショカさん、本当にありがとうございました笑い泣き


そんなこんなで、公演を見終えました。


終演後、

一番お世話になった放研さんお二人と話して

まずうるっときて、、

創設者しおりさんと

6期代表のこばももさんの顔を見た瞬間

涙が溢れました。


「出たかった。なんでこんなことになっちゃったんだろう。」と

つい弱音がこぼれてしまいました。


OGさんと代表ずに囲まれてたくさん泣いて

ケロッと(できていたかはわかりませんが、私はそのつもりでした)現役MYNXのMTGに参加しました。


そこで現役のみんなが花束をくれたんです。


退院祝いとたくさん振り作りをしたので

そのお礼も兼ねて!と渡してくれました。


メンバーはそんなつもり全くないですし

とても温かくて、本当に、みんなありがとう!

大好き!と今は思っているのですが、

当時は悔しさが勝って

素直に喜ぶことができませんでした。

本当に失礼でした。

みんなの気持ちを踏み躙ってしまったと

すごく後悔しています。ごめんなさい。

そして本当にありがとう。

 


そして、大会練期間になりました。

術前から聞いてはいたのですが、

1回目とは比べ物にならないくらい

膝が痛みました。

(今も階段は痛いので、独特のステップで降りてます笑)


それに加えて

オーディションを受けられてないので

所属チームがないというのも悩みどころでした。


練習に来ても、果たして私はいるのか

どこにいたら邪魔じゃないのかまず考えます。


自分にはそこそこ影響力があるらしく、

チームに入ると良くも悪くも

雰囲気が変わってしまいます。


だからこそ

みんな私がいない方がやりやすいだろうな、、

どこに

どんな立場でいたら害を及ぼさないかな、、

みたいな感じでポケーっとしていました。


代表らしい立ち振る舞いもできず、むしろ

気を遣わせてしまっている状態だったので、

せめて、代表はやめようかなと思っていました。

 

そんな感じで迷いながらも

辞める勇気が出ず、あっという間に9月


9/5,8は私にとって転機でした。

辞めないという選択の方が強くなったのは

ここからです。


まず

9/5は万色主義さんの単独公演

万色祭(通称バンフェス)に

私も出演させていただきました。


個人的に、自分がお情けで出演することで

演目のクオリティーを下げることは

絶対にしたくなくて、

出ないようにしていたんですけど、

代表のりんたろうとコラボ担当のこきちゃんが

「ポーズだけとか少しだけでも出てよー」

って言ってくれました。


二人にそんなこと言われたらねぇ、、

満更でもなかったです(笑)


嬉しくてお言葉に甘えさせていただきました。

(バンカラさんのパフォーマンスのパワーって凄くて!!しっかり野心に火をつけられた上に、沼落ちして、ヲタクになりました!)


結果

バンフェス当日は、2回目に怪我をしてから

初めて、「楽しい」と思えた日になりました。


そんな大げさな!

って思われるかもしれないんですけど、

ずっと1日の最後に

「明日なんて来なければいいのに」

と思って寝るみたいな日が続いていたので、

万色祭の日の夜、3ヶ月ぶりに寝るときに

「あー楽しかった!」

と思えてとっても嬉しかったです。


人間として救われましたね(笑)


りんたろう、こきちゃんを初め

バンカラさん、出演させていただき

本当にありがとうございました。

 

そして、9/8。

見に行ってしまったら

出ることができない悔しさで

しんどくなるのがわかっていたので

行かないつもりだった

SHOCKERS STAGEを見に行きました。


身構えては行ったのですが、、、、


そんな必要はありませんでした!

さすがショカさん!

そしてありがとうペンライト!

すっごく楽しめました!

やっぱり元気もらえるんですよねー、、、

 

(特に、、、、、、、、って語り出すとキリがないのですが、大学1年のときに「歴代最強になってよー!!」と言ったら、「いやー無理っしょ」と煙たがっていた同期たちが(ウザすぎる友達でごめんなさい笑)SHOCKERSの歴史を背負って、本気で良いものを作ろうとしている姿を見て、心を動かされずにはいられませんでした。純粋に元気をもらいました。ありがとう。)

 


 

それに

自分的には新しいMYNXの楽しみ方を

見つけられた気がしました。


何度経験しても

ステージに立つことが楽しいように、

出れなかったステージを見ることは

いつまでも苦しいです。

それは変わりません。


ずっと憧れて見ていたイベントなので

尚更苦しかったです。


でも、

気の持ちようによっては

全然楽しめるじゃん!と気づくことができて、

ここから

イベントへの向き合い方が変わりました。

 

そして

この2日間で人のあたたかさを

身に沁みて感じました。


終演後に

出演者の方々と話せる時間があったのですが、

4でもは一緒に出ようねとか、

踊れるようになったら言ってねとか、

バンフェスみたよ復帰おめでとうとか、

ファンですとか、

一つ一つの言葉がすごくあたたかく感じて、

とても幸せでした。


なんといっても

11期が喜んでくれたのが嬉しかった。


私が楽しそうに騒いでいるのをみて

ほっとしたとか言ってくれて。


これだけ長い間不貞腐れて

みんなにたくさん気を遣わせて

気持ちを踏み躙ってしまっていたのに

私のこと受け入れてくれるんだ、

一緒に喜んでくれるんだ。

一緒に笑ってくれるんだ。

ってすごく感動して、11期への愛が増しました。


絶対に手放したくない最高の同期だと思いました。

 

そこからは

自分なりにやりがいと楽しみを

見出せるようになりました。


大会練では

Bチームの全国大会進出に全力を注ぎました!


厳しいことをたくさん言いました。


できるようになるまで何回も何回も踊らせて

体力的にもめっちゃ追い込みました。


鬼だったと思います。


そんな鬼指導をさせていただいたのですが

Bチーム、めっちゃ上手くなるんです!


とっても素直な上に

満足のレベルがかなり高く、

地に足をつけて課題に向き合えるので、

メキメキ成長しました。


Bチームには何度か言っているのですが

とってもいいチームでした。


他人から言われるまで

自分たちがいいチームだという自覚がないのが

また良くて(笑) 


何かに表現するとしたら

青い炎のような情熱を持った

メンバーの集まりでした。

(もはや、高温すぎて見えなくなった炎かな?)


そんなBチームのことが

日を追うごとに大好きになっていきました。


たくさん話したあゆな、まなみ。

私をBチームの輪に入れてくれてありがとう

二入のおかげで充実した半年を過ごせました。


Bチームのチーム力は

あなたたちの努力の賜物だよ。

 

イベントに関しては

チアすることに力を入れました!


客席にいてもチアすることはできました!(笑)


誰よりも大きな声で、前のめりで

いっぱい名前を呼んで、応援しました。


もちろん両手にはペンライトを持って(笑)


自分も

舞台に立った経験があるのでわかるのですが、

名前を呼んでもらえるのって

本当に嬉しいんですよね。


名前を呼ぶことで

出演者の方々が喜んでくれたり

面白がったりしてくれて

次第に名前を呼ぶことが私のやりがいになり、

会場を

誰よりも盛り上げて、早稲田文化を創る!

というのも一つの目標になりました!

 

そんな感じで、

 

今日という1日を

今この瞬間を

どう充実させ楽しむか!

 

目の前のものと向き合っていたら、いつの間にかJCDA予選と早稲田祭がすぐそこに!

 

このまま右肩上がりと思いきや

大会直前になってメンタルが崩れ始めました。


大会前に盛り上がるAチームや

早稲田祭のステージ準備をするメンバーを見て

もし怪我してなかったら私も、、、

とかを考えてしまい、出れないのが悔しくて

素直に応援することができませんでした。


もう怪我は吹っ切れた!と思っていたのですが

吹っ切れていなかったようですね、、、、


この辺でやっと

踊れない悔しさそのものをなくすことなんて

無理だってことに気づきました。


向き合うしかない。


素直な気持ちを話して

素直に応援できなかったことと

今までの態度を謝りました。


みんな

こんな情けない私を受け止めてくれてありがとう。

 

そして

JCDA予選はどうだったかというと

Aチームは3位

Bチームは全国進出を逃してしまいました。


Aチームに関しては

演技の難易度においては

上位2チームを上回っていたので、

全国では絶対勝てる。


他校から勉強できるし

むしろありがたいと思いました。


Bチームの結果に関しては、とても悔しかったです。


でも、それ以上に

ここまで全力だったからこそ、

本気で悔しがるメンバーを見て

誇りに思いました。

自慢のチームです。


 

大会が終わると、、すぐに早稲田祭!!


MYNXを続けてよかったと心から思いました。


早稲田大学に合格して

MYNXに入会することができたら

すぐに叶うはずだったのに、

なかなか叶わなかった

大隈講堂前ステージで踊るという夢が

8年越しに叶いました。


そして、初めて、代表として

皆さんの前でお話しすることができました。


ステージに立てて、声援をいただけて

まず感動しました。


さらに、踊り終えて

私の方に回ってくるマイクを見て、感動しました。


マイクを握った瞬間、やっと早稲田に入れた、

代表になれたたんだなと思いました。


本当に嬉しかったです。




そして、

夢が叶ったこと以上に嬉しかったことがあります。


それは、

いろんな人が私の夢が叶ったことを

一緒に喜んでくれたことです。


一緒に踊ったMYNXメンバーも

見にきてくれた親や、友人も先輩も後輩も、

一緒に喜んでくれました。


代表ずに関しては

一緒に感動して泣いてくれたりもしました。


私は

たくさんの人に支えられているということを

改めて感じましたし、

本当に周りの人に恵まれているなと思いました。


この上ない幸せを感じた早稲田祭でした。

 


そして、あっという間にJCDA本戦。


Aチームが出場した結果は、予選と同じ3位。

Aチームすごいな。頑張ったな。と思いました。


でも、どこか他人事でした。


彩子先生からいただいたお言葉で

はっとしました。


今日って去年の9月から動いてきた

十二代目MYNXの集大成だったんだ。


今日、夢を叶えるために、

去年から動いてきたんだ

という実感が湧いてきました。


それと同時に悔しさも込み上げました。

正直、2回目の怪我をしてからは、

この日のために自分の力と気持ちを

注ぐことができていなかったと思います。


その結果、どこか大会結果を

他人事のように受け止めてしまい

本気で悔しがれなかったことが

とても悔しかったです。

代表として情けない、代表失格だと思いました。


大会に関しては

まだ気持ちの整理ができていない

というのが本音です。


このブログが公開される頃には

整理できているのでしょうか、、、、、


(第二部へ続く)