2015年2月8日のリブログ。いまだに多く読まれている記事です。

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 いつも心を暖めていただいているブログ『よはなのブログ』の筆者よはなさんから、先日、質問コメントを頂戴しました。
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ところで、気になる言葉があるのですが・・・
食す」と最近よくブログでみかけます。
この間は初めてテレビでもその言葉を。
食べると普通は言いますね。
食す?
先生、この言葉はどう理解したらいいでしょうか?
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 以下、引用文の中の太字は、ブログ筆者によります。
 『大辞林 三版』で調べてみました。

 まず「食す」からです。
 「しょくす」で調べても「食酢」しかありません(笑)。
 そこで表記のまま「食す」を引きますと、「食す」は「おす」と読むことがわかりました。
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お・す をす 【食▽す】(動 サ 四)
①「飲む」「食う」の尊敬語。「醸(か)みし大御酒うまらに聞しもち ─ ・せ/記 中」
②「着る」の尊敬語。「臣の子は袴の袴を七重 ─ ・し/記 雄略」
③「治める」の尊敬語。「天皇(すめろき)の ─ ・す国なれば/万 4006」
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 「食す」と書いて「しょくす」と読む言葉は、辞書にはありませんでした。

 では、「食する」はどうかな?と調べました。
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しょく・する [3] 【食する】(動 サ変)[]サ変 しょく・す
①ものを食べる。食う。「生肉を ─ ・する習慣がある」
②生計を立てる。「 ─ ・する道を失う」
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 『大辞林』の記号[文]は文語形を表すと凡例に書かれていますので、今の日本語「食する」は、文語では「食す」となることがわかりました。
 おそらく、よはなさんが発見なさった用例「食す」は、この文語を現代文として使っている例なのではないかな?と考えました。

 以前、視聴したテレビ番組で知ったことなのですが、明治時代にドイツ語や英語など、たくさんの西洋の外国語が日本に流れ込んできて、当時の帝国大学の学生さんは、その外国語を日本語に翻訳することに追われたようです。名詞の「愛」から動詞の「愛する」を作ったのも、その一例とのことですから、もしかしたら、「eat」の訳語として文語「食す」が作られたのかもしれませんね。

 そもそも、「食べる」は、辞書ではどう説明されているのでしょうか。
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た・べる [2] 【食べる】
( 動 バ 下一 ) [] バ下二 た・ぶ
〔本来は「賜(た)ぶ」に対する謙譲語で,「いただく」の意。飲食物の場合に限って用いられる〕
① 食物を口に入れ,かんで飲み込む。現在では「食う」よりは上品な言い方とされる。「果物を ─ ・べる」 「朝食を ─ ・べる」
② 生計を立てる。生活する。暮らす。 「こう物価が上がっては ─ ・べていけない」
③ 「飲む」「食う」の謙譲語,また丁寧語。 「かの蒜(ひる)くさき御肴こそいと ─ ・べまほしけれ /宇津保 蔵開上 」「身共もけさ出立に ─ ・べたれども,はやさめておりやる /狂・船渡聟 」

『大辞林 三版』より

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 もう1冊、『明鏡国語辞典 二版』の「食べる」から[表現]説明の部分を引用します。
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た・べる【食べる】
[表現](1)「食う」を丁寧にいう語として使われてきたが、「食う」が粗野な感じを伴うようになり、「食べる」が一般的な言い方になってきている。(2)尊敬語には「召し上がる」「お召し上がりになる」「お食べになる」のほか、「上がる」「お上がりになる」がある。「食べられる」は尊敬よりは可能の意で使うことが多い。謙譲語には「頂く」がある。また、乱暴な言い方に「食らう」が、文章語的な言い方に「食する」がある。
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 2月6日の、めたさんのブログ『「無理題」に遊ぶ』で、次のような文章を読ませていただきました。めたさんがヒントをくださったのかと思いました。
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 日本語の、「文語体」から「口語体」へ、そして、「歴史的仮名遣い」から「現代仮名遣い」へと移り変わっていったそのことを象徴するようだと、唱歌「春の小川」歌詞の移り変わりに感動しました。
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 長くなりましたが、“文語表現「食す」を、「食べる」より格調高いと感じる人が現れてきた”ことが原因なのではないかと考えました。