外は寒いけど晴れています。
あの日寒くはなかったけれどこれも書き残しておきたい事のひとつ。
2019年12月夫は入院しました。
ATLは血液のがんなので、医師から造血幹細胞移植を勧められました。
スケジュールは何度か抗がん剤治療をした後5月くらいに移植を行う予定。
若いし、体力もあり、HLAが半分は合う長男がドナー候補。
この話をするのはためらわれます。なぜならよくそんな時に…とかよく行ったよね…と言われてもこうなってしまった今は仕方ないから夫がまだ入院してなかった10月、私の妹からどうしても長崎の美術館に好きなマンガの原画展があるので行きたいから一緒に行こうと誘われました。一泊2日で2022年の1月23日から24日まで。
夫に相談すると快くいいよって言ってくれました。
でも12月に入院し、これは諦めないといけないなと思い、妹にもそう話しました。
夫にも行かない事にしたから…と話すと「看病ばかりだとストレスが溜まるし、その頃はちょうど外泊できる時期だから何も考えずに行っておいで」と言われました。
その頃夫はとても体調が良く、抗がん剤の副作用は少しあったものの、医師も1月に入って「このぶんだと5月まで待たなくても3月終わりにはドナーさえいれば移植は出来るだろう」という嬉しい言葉も!
私は子供達からも「たまには息抜きしておいで」と言われ元気になる未来しか想像しなかったのでその日妹と2人で長崎へ。
天気予報では最悪の天気だったのに着いたらまさかの晴れ。
しかも真夏日。
当日は観光したり、美味しい晩ごはんを食べたり、とても充実した日でした。
実はその翌日に長男がドナーとして適しているかその血液検査の結果が出る日だったので私は夫からの連絡を待っていました。
24日10時頃、電話があり「HLAが半分合っていたので移植できる」という話
その時は嬉しくて泣いてしまいました。
あの日あんなに幸せな気分になり、希望しか見えていなかった私はおみやげをたくさん買って家路に着きました。私の話を嬉しそうに聞いていた夫
でもその後3月の移植前の入院で頭にウイルスが少しだけど残っているのでそれを限りなくゼロに近い状態にしたいから少し延ばしますと言われたけれど、その時でさえまだまだ希望を持っていました。
それからの事はまた徐々に書いていきたいと思っていますが、あの2日間。
自分だけ旅行へ行き、楽しんで来て…。
夫が亡くなったあとそんな自分も許せませんでした。
ごめんね…一緒にあの時間もいればよかった。
今でも時々その事を考えると胸が苦しくなります。
若い頃、私はよく「しなくて後悔するよりして後悔する方がいい」なんて言ってた。
今は…そんなふうに考えられない。
今日の天気の良さで思い出した出来事。
普段は考えないようにしている出来事。
最後まで読んでいただいてありがとうございます。