前回より
http://ameblo.jp/wasabipp/entry-11416321834.html
神の啓示をうけたような一瞬であった。
まるでアメリカの貧しい不良少年があの偉大なる神エルビスプレスリーに偶然の出会いによって衝撃を受け音楽に目覚め、R&Rの洗礼を受けシビレ、ぶっ飛んでキマり、ロックンローラーになるストーリーがぴったりハマる
そんな映画のワンシーンのようなイメージを想像していただければありがたいのである。
もうR&Rのがすべてを感じる事ができるようになっていた。
なにが本物か、何が偽物かわかるようになっていた。
なぜ、幾多のミュージシャンがいまだにロックンロールとさけぶのか!!
今の時代でもなぜR&Rが絶滅せず支持されてる訳を。。
ロックンロールを知らなかったミーハーなワシを導びいてくれた。
すべて理解できた。
ワシもその瞬間からロックンローラーになっていた
呼吸から生活、人生、放つ言葉、何もかにもすべてロックンロールになっていた。
偉大なるミュージシャンジェームス藤木の手によって。。
ワシの体の中にジェームス藤木が宿った奇跡の時
絶対的に離れられなくなった。
運命的で伝説の夜
興奮してる訳ではない。
多少オーバーでドラマチックな記事になってるが事実なのである。
ワシ自身妄想家でもないどちらかといえばリアル現実主義派なのである。
そりゃ若干ファンタジーの入ったドラマ仕立で書いてるが
すべて本当の話なのである。
アンパンでラりってる訳でもマリファナでキマッた訳でも決してない
その証拠に今回の最高のボーカリスト!ジェームス藤木の記事パート1から
今回の記事まですべてロックンロールと音楽になってるのだ。
一話ずつ文章の長さのスケールを一曲のスケール感を同じにして
一話ごとにAメロ、Bメロ、サビのメロディー感を入れ
文章のテンポもロックンロールのスピード、踊れるリズムやポップなノリを取り入れ
パート7でバラードの臨場感を文章で表現してみた
話のオチはにズドンと終わる演奏の終わりのクライマックスに。
もしお暇なら、記事の最後に張り込んだBGMを聞きながらもう一度パート1から読んでみてほしい。
意味もなくyoutubeを載せてたわけでなくBGMを聞き文章を読みながら曲のイメージでR&Rのライブ感を文章で再現してみているのだ。
そう!それぞれのパートに区切って1から9までが曲のセットリストなのである
文章の間とリズムの間も合わせ、話が盛り上げるときには転調のメロディ~
の空気感も入れ、文章に韻を踏む作詞のイメージで
言葉のワードもチョイと小粋な不良のムードでね
すべての記事がロックンロールになってるの!!
すごいでしょ
オーバーに奇跡とがジェームスさんと一つとなった決して記してきたがハッタリとか妄想ではない。
元来、根が横着者でめったにブログを書かないワシが長文でパート9まで書くこと自体がもう奇跡なのである。
こんな熱いブログを書かせてくれたのはジェームスさんとの出会いなのだ。
おかげで寝不足になってしまったが
ヤザワの素晴らしさを語るブログやキャロルやクールス、R&Rを熱く語るブログは他の方がいると思うがジェームスさんの思いをこれほど書けるのはワシしかいないと思った。
へそまがりの自分の性分も幸いしたようである。
しかもこれから先何年後かのワシもライブの興奮や感動も薄れるだろうが、
どこかでクールスを聞くと必ずこの夜を思いだすだろう
たとえ、CKBを聞いてもヤザワを聞こうがTVで舘ひろしを見ようが必ずあの夜を思いだす。
昔、一緒に遊んだ仲間と再会しても、バンド仲間と音楽語っても他のライブハウスに行こうが絶対ジェームスさんの顔が頭に浮かぶ
楽器屋でギブソンを見ても、街でハーレーを見ても。。
たとえ歳をとってボケ老人になってすべてを忘れようとジェームスさんの思いを書いたこのブログが必ず残る。
そういう意味で一つになったという意味なのだ。
奇跡とか伝説はそういう事なのである。
そして携帯電話がなった。
ゴンさんからだった。
「マスターそろそろ時間なのでジェームスさん店まで案内ヨロシクお願いします。」
ライブが始まる5分前であった。
続く



