ドラゴンボールカードダス、それは子供たちにとって「希望」と「絶望」が交互に襲いかかる、最もスリリングなギャンブルだった。ポケットには親からもらった少額の小遣い。そのすべてをつぎ込んで、俺は自販機の前に立つ。悟空のキラカードが出るのか、それとも悪夢のヤムチャなのか?ここで運命が決まる。そう、まさにこれは人生。ドラゴンボールならぬ「ドラゴンボーイズ」の物語だ。
カチャッ……カードが落ちる。息をのむ。震える手でカードを裏返す……ヤムチャ(ノーマル)。
俺は静かに地面にしゃがみ込んだ。友達の爆笑が公園中に響き渡る。「お前またヤムチャかよ!」と突っ込まれるが、もう聞き飽きた。なぜだ?なぜ俺はこんなにもヤムチャを引くのか?もしかして前世でヤムチャに何かしたのか?いっそのこと「ヤムチャ道場」を開くしかないのではないか?悟空のキラカードを夢見ていたはずなのに、手のひらにはヤムチャの微妙な笑顔が輝いていた。
友達は次々とカードを開封し、悟空、ベジータ、フリーザのキラカードを引き当てて歓喜している。それを横目で見ながら、俺はヤムチャを見つめる。なぜ俺は悟空になれないのか。なぜ俺だけヤムチャなのか。ドラゴンボールの世界では「願いが叶う」って言うのに、俺の願いはただの紙切れに打ち砕かれている。
しかし、カードダスの戦いはここからが本番。最強の悟空カードを持つ者は王者として君臨し、ヤムチャばかり持つ者は「ただの雑魚」として笑いものになる。俺は決意した。「ヤムチャ3枚でせめてピッコロくれ!」と交渉を持ちかける。しかし、友達は冷酷だった。「いや、ヤムチャいらん。」即答だった。市場価値ゼロの男、ヤムチャ。俺はカードダス界のブラック企業で最も売れない商品を抱える営業マンと化していた。
時は流れ、大人になって懐かしさからカードダスを調べると、悟空のキラカードはオークションで高額取引されている。しかし、ヤムチャの価値を確認すると……なんと1円(送料別)。時代が変わっても、ヤムチャの市場価値は変わらなかった。むしろ「ヤムチャって逆にレアなのでは?」と思ったが、いや、違う。レアではなく、ただの余り物だったのだ。
ヤムチャ、ヤムチャ、そしてヤムチャ。俺のドラゴンボールカードダス人生は、この三文字に支配されていた。悟空のキラを求めてコインを投入するたびに、ヤムチャが俺の人生に侵入してくる。「もはやこれは呪いなのでは?」と考えた俺は、ある日決意した。「ヤムチャを克服するには、自分がヤムチャを受け入れなければならないのでは?」そう悟った俺は、堂々と自販機の前で宣言した。「今日もヤムチャが出る!その運命、受け入れてやる!!」
カチャッ……カードが落ちる。裏返すと、そこには輝くキラカードが……!ついに悟空か!?と思った瞬間、目に飛び込んできたのは……「キラヤムチャ」。お前までキラになってんのかよ!っていうか、お前、キラになっても結局戦闘力は低いままだろ!?なぜ俺の運命はこんなにもヤムチャに執着されるのか。まるで「ヤムチャに転生してしまった異世界もの」の主人公になったかのようだった。
絶望に沈む俺。しかし、隣の友達は違った。「お前、それ売れるぞ!」と言いながらスマホを取り出し、ネットオークションをチェックし始める。俺はそれに希望を見出した。「そうか、ヤムチャにも価値があるのか!」と。しかし、現実は容赦ない。悟空のキラカードは数万円で取引されている。フリーザやベジータのカードも高値。しかし、ヤムチャのキラカードの値段は……「50円(送料別)」
送料の方が高いじゃねえか!!!
ここで俺は悟った。どんなに頑張ってもヤムチャはヤムチャなのだ。戦闘力が5の農民と一緒にされた男。必殺技は「相手の攻撃を受けて倒れる」。どれだけカードが光ろうとも、それはただの紙片なのだ。
だが、時は流れ、俺は大人になった。そして驚愕の事実を知る。「ドラゴンボールカードダス復刻版発売!」というニュースを目にした瞬間、俺の心は躍った。「ヤムチャの呪いは終わったかもしれない!」そう信じて、再びコインを投入する。カチャッ……。
出てきたカードは……ヤムチャ(ノーマル)。
時代を超えてなお、ヤムチャは俺の運命を握っているのか。もはやこれは宿命なのか。いや、これは「ヤムチャ界の王」として生きることを強いられた男の物語なのか。
悟空を夢見た少年時代。しかし、現実はヤムチャだった。そして大人になった俺は悟った。「ヤムチャを笑う者は、ヤムチャに泣くのだ」。つまり、ヤムチャは永遠なのだ。俺のカードダスコレクションは、これからもヤムチャと共に輝き続ける……いや、むしろ沈んでいくのかもしれない。
