「ダンス発表会=監視と腰振りの地獄」
―“振り”よりも“震え”の記憶が強すぎるあの日―
中学校の行事の中で、最も謎だったイベント、それがダンス発表会だ。
体育祭や合唱コンクールのような伝統行事と違い、ダンス発表会は“突然ねじ込まれた文化の押し売り”である。
しかも、なぜか指導担当が渡辺先生。
そう、体育教師でありながら、教育という名の拳と叫びで生徒を制してきたあの渡辺先生が、だ。
つまりそれは、もう「振付」ではなく「殴付」である。
「腰が命だ」発言から始まる地獄のプロローグ
練習初日、体育館に響いた渡辺先生の第一声がこちら。
「お前ら、腰が死んでるぞ!!」
いや、まずそこ?
私たちの脳内では、「笑顔で!」「楽しんで踊ろう!」という軽やかなフレーズが流れていた。
しかし渡辺先生の頭の中にあったのは、どうやら軍隊式ヒップホップらしい。
「リズム感?要らん!腰のキレがすべてだ!!」
こうして始まった我々の中学ダンスライフ。
だが、それはただのダンスではなかった。
腰を武器にしたサバイバルだったのだ。
腰振り査定=個人指導 with 鬼
振付は、なぜかEXILE風。
なぜ中学生に“重低音で腰を突き出す系の動き”をさせるのか?
だが渡辺先生は真剣そのものだった。
「もっと深く沈め!腰を溶鉱炉から取り出すイメージでいけ!」
意味がわからない。
それ以前に、腰が悲鳴をあげている。
しかも、練習中には“渡辺チェック”がランダムで入る。
「おい、そこで腰が甘いぞ!お前、砂糖か?」
という捨て台詞とともに、その生徒の腰にスパーン!とビンタ。
“腰のためのビンタ”って、聞いたことあります?
私、腰振り代表に選ばれる(なぜ)
地獄に落ちる時って、案外一瞬だ。
「お前の腰、見込みあるな。センターやれ」
…終わった。
私は中学2年、反抗期ど真ん中。
周囲から「陰キャの砦」と呼ばれたこの私が、ダンス発表会でセンターの腰振り要員に抜擢されたのである。
最初は抵抗したが、渡辺先生が背後で「断ったらどうなるか、分かるな?」と微笑んできた瞬間、私は小さくうなずいた。
人は恐怖の前では腰を振る。
渡辺先生の“腰講義”
翌日から、昼休みに「特別指導」が開始された。
私と男子数人が体育倉庫に呼び出され、渡辺先生から直接、腰の使い方を叩き込まれる。
「腰はな…“魂のハンドル”なんだよ」
「動くな。お前はまず腰と会話しろ」
「リズムは聞くんじゃない、腰に語らせるんだ」
…会話も語りもできない私は、無言で腰を振った。
中学生活最大の屈辱だった。
本番直前:追い詰められる生徒たち
発表会前日の練習では、渡辺先生が審査官席に椅子を構えて仁王立ち。
片手にはなぜかメトロノーム。もう片手には当然、スリッパ。
「お前の腰、半拍遅れてんだよ!!」
「リズムがズレた?じゃあ骨もズラすか?」
もはや体育館は、発表会という名の刑務所。
生徒たちの顔は真っ青。
誰も“楽しむ”という単語を発せなかった。
唯一、笑っていたのは渡辺先生だけだった。
発表会本番=腰振り公開処刑
そして迎えた当日。保護者と地域の人々が体育館に集まり、ざわつく中—
司会「それでは、2年3組の皆さんです。“Burning Soul”」
(タイトルのクセが強い)
音楽が鳴る。
「いけぇぇぇぇぇええ!!!!!」
渡辺先生の怒号が響いた瞬間、私たちは腰を振り始めた。
全力で、命懸けで、魂ごと。
前列にいた男子が振りすぎてバランスを崩し、後ろに転倒。
それでも誰も止めない。腰が止まれば命が止まる。
それが2年3組の掟だった。
終演後:腰を抱えて泣いた夜
発表が終わると、保護者から拍手が送られた。
「すごかった!」「感動した!」という声も聞こえた。
…が、その裏で私たちは、誰も言葉を発しなかった。
みんな無言で腰をさすり、黙っていた。
そう、そこには感動も達成感もない。
ただ、腰の痺れと渡辺先生の笑顔が焼きついていた。
現在の私より:腰は覚えている
あれから年月が経ち、私は大人になった。
今でも、ダンスという言葉を聞くと、反射的に腰がビクッと動く。
渡辺先生の声が幻聴のように響く—
「甘いんだよ!腰が!!」
カラオケで曲が流れれば、勝手に腰がキレを求める。
道端で音楽が鳴れば、無意識に沈み始める。
私はもう、元には戻れない。
結論:腰を鍛えるのは、心ではない。恐怖だ。
渡辺先生のダンス指導に愛があったか?
なかった。断言できる。
私たちが腰を振ったのは、情熱でも夢でもなく、
“恐怖”という名の圧力であった。
だが、今となっては思う。
あの地獄の発表会で培った腰のキレこそ、
社会に出て“見えないビンタ”を受けた時、私を支えてくれている気がする。
…いや、やっぱりあれはただの地獄だった。