身体に悪いと思いつつやっちゃう事

身体に悪いと思いつつ、やめられない地獄巡り

「それ、身体に悪いからやめとけよ」
そう言われると、なぜか逆にやりたくなる。人間とは本当に愚かな生き物だ。
いや、僕に至っては愚かを通り越して「愚か界のラスボス」くらいの座に君臨している気がする。

例えば、深夜0時を回ってからのカップラーメン。
「食うなよ?絶対食うなよ?」と、頭の中のドクター(誰か知らんが)が警告してくるのに、手は勝手にお湯を注いでいる。
湯気が立ちのぼった瞬間、僕の脳は 「これは健康食だ」 と自動変換を始める。
ラーメンの上にのせた半熟卵を見て、「タンパク質を摂取した。だから健康だ」と帳尻合わせをする。
翌朝、胃もたれと後悔に苛まれながらも、「次はもうちょっと薄味にしよう」と意味不明な前向きさを発揮する。


親父の“健康”理論

この「身体に悪いものを美化して摂取する」癖、間違いなく親父からの遺伝だと思う

親父の“健康”理論〜地獄の栄養学〜

僕の親父は、生前とにかく健康にうるさい人だった。
いや、正確に言うと「健康に気を遣っている“つもり”の人」だった。

普通の人なら「野菜を食べろ」「酒は控えろ」「タバコはやめろ」と言う。
しかし親父の場合は、そういう当たり前のルールを独自の論理でひっくり返す天才だった。
彼の健康理論を一言で言えば――

「身体に悪いものは、工夫次第で健康になる」

という、悪魔のような理屈だ。


健康ドリンク:焼酎ミルク割り

ある日、親父が血圧180を叩き出した。
医者が「お酒は控えてください」と言った。
すると親父は帰宅するなり、焼酎を牛乳で割りながらこう言った。

「これからは健康を考えて飲む。焼酎を牛乳で割ったら、カルシウムも摂れるやろ?骨にええ。だから健康」

僕は思わず頭を抱えた。
「親父、それ牛乳に謝れ」
でも親父は自信満々にゴクゴク飲んでいた。

翌朝、トイレから悲鳴が聞こえた。
「うぉぉぉぉおお!!!」
どうやら腸が革命を起こしたらしい。
僕はその声を聞きながら、
「これが親父の言う“デトックス”なんだな」と妙に納得した。


タバコは「肺の筋トレ」

さらにタバコについての親父の理論はもっと狂っていた。

「タバコはな、吸ったら肺に煙が入るやろ?それを外に吐き出す。この繰り返しは肺の筋トレや」

僕は小学生の頃、その言葉を本気で信じてしまった。
友達に「うちの親父な、タバコで肺を鍛えてるねん」と自慢したら、全員ドン引きした。
先生にまで「その理論はおかしい」と説教され、僕は初めて「うちの親父、世間的には変人なんだ」と気づいた。

でも親父はその後も「肺活量上がった気がする」と豪語しながらセブンスターをふかしていた。
ある意味、信念だけは健康そのものだった。


揚げ物は「油を摂るサプリ」

親父はまた、揚げ物を愛していた。
唐揚げ、天ぷら、トンカツ。毎日のように食卓に揚げ物が並ぶ。
母が「油っこいのは身体に悪い」と注意すると、親父はニヤリと笑ってこう言った。

「油を控えたらな、身体がカサカサになるんや。揚げ物はな、天然のリップクリームや」

いや、親父よ。唇に直接塗るならまだしも、胃袋に流し込んでどうする。
しかもその揚げ物を、さらにマヨネーズで補強する暴挙。
「これは油のダブルサプリや」と胸を張っていた。
親父の血液、絶対マヨネーズ色してたと思う。


ラーメンのスープは「命のスープ」

ラーメンを食べるとき、僕が「スープは残す」と言うと、親父は真剣な顔で怒った。

「アホか。スープこそ栄養の宝庫や。塩分?気にすんな、汗かいたらええんや」

そう言って親父は毎回、スープを飲み干した。
しかも最後の一口を飲むとき、必ずこうつぶやいた。

「これが命のスープや」

いや、命を縮めるスープやろ。
でも親父はその後、額に汗をかきながら「ほら見ろ、塩分は外に出た」と誇らしげに笑った。
僕はその笑顔を見て、「あ、この人は医学と真逆の世界で生きてる」と悟った。


健康診断は「点数ゲーム」

親父にとって健康診断は、数値を競うゲームだった。
医者に「血糖値が高いです」と言われると、親父はニヤリとして僕にこう言った。

「お前、見たか?去年より20点アップやぞ」

アップしてどうする。
血圧も中性脂肪も、上がれば上がるほど点数が高い“ゲーム”と勘違いしていた。
しまいには「俺は最高得点を目指す」と言い出した。
まるでドラクエのラスボスに挑むかのように。

僕は心の中で「いや、それゲームオーバーやから」と突っ込んでいた。


結局、健康の定義とは?

親父は結局、50代で天国に旅立った。
でも最後まで「俺は健康や」と言い張っていた。

思えば親父の健康理論は、医学的には全否定される内容ばかりだった。
しかし不思議なことに、彼はいつも楽しそうだった。
焼酎を牛乳で割り、タバコを肺の筋トレと言い、揚げ物をサプリと信じ、スープを命と讃える。

――その生き様自体が、ある意味「心の健康」そのものだったのかもしれない。

僕は今でも夜中にカップラーメンを食べるたびに思う。
「親父、僕も“命のスープ”を飲んでるぞ」って。


まとめ

親父の“健康”理論は、間違いだらけだった。
でも彼が本気で信じていたからこそ、笑えて、忘れられない。

身体には悪いかもしれない。
でも、笑いと信念で健康を名乗れる人生は、ちょっと羨ましい気もする。