魔王 サナート・クマラ | スパチーの独り言

スパチーの独り言

原則、記事は前日の内容に関連してます
気になったら前へさかのぼってご覧ください
独り言で恐縮です
神社仏閣を「好き」になって欲しい
でも依存と鵜呑みはダメ
※お願い 嫌がらせ防止のためお読みになる前に
まず【記事タイトルをクリック】して頂けると助かります

令和弐年 10月 28日 水曜日、曇り。

鞍馬寺。

九十九折のきつい山道を登り切ると、ようやく鞍馬寺金堂へ。 当然昔はケーブルカーなんて無かったし、今より道も悪かったことでしょう。 この鞍馬山の「九十九折」こそ枕草子の「近うて遠きもの」ですね。 鞍馬寺は長い歴史の中で波乱万丈だったわけだが_宗教史は割愛。 他宗には在り得ない「魔王」が本尊なので現在は独立して鞍馬弘教 総本山となってる。 貫主は信樂香仁という女性、確か90歳くらいのおばあちゃんだった。 あ、94歳↓だそうです。 お達者でいてくだされ。

→ Amazon

鑑真が唐から伴ってきた弟子の鑑禎が宝亀元年(770年)に草庵を結び、毘沙門天を安置したのが_ここ鞍馬寺の始まり。 鞍馬寺といえば鞍馬天狗、そして牛若丸(源義経)が天狗の下で修行した、ともされる霊山です。 色々と聖地ですね。

鞍馬寺金堂

今年流行った鬼滅の刃ぢゃないけれど(笑) 創建時のこと、山に入った鑑禎は女形の鬼に襲われ殺されそうになる。 あぁこの一瞬でやられる、というとき_ 大きな枯れ木が倒れてきて鬼はつぶされてしまう。 翌朝、そこには毘沙門天の像が・・・という言い伝え。
ま、語られる歴史ってのは語り手の都合のいい話になっているので、別の記録も多い。 要するに鞍馬山が人気になったら「あの寺は東寺の・・・」とか「貴船神社が・・・」だの「清水寺が・・・」「青蓮院の・・・」「藤原伊勢人が作った・・・」と、ややこしい(ウソくさいのも含め)歴史を辿る。 「更級日記」や「古今和歌集」他、多くの歌集や小説にも登場しますね。 まぁまぁ、それも僕にはどーでもいー話し。

IMG_2364.jpg

金堂前に六芒星の形をした金剛床があります。 はい、宇宙のエネルギーを、魔王のパワーを頂けるパワースポット。 当然、上に乗って写真を撮りました(割愛)。 そもそも_くらま、とは650万年前に宇宙(金星とも云われる)から降り立った知的生命体、その名を魔王 「 サナート・クマラ 」 と言う。 その姿が背中に羽をもつ鼻の高いイケメン。 そ、天狗と云われる姿ですね。

ミカエルさん

↑これわ・・・前にもUPしたのと同じ、日本の守護聖人とも言われる大天使聖ミカエルです。 鞍馬山にこの像はありません。 ガブリエルでもカエルでもありません。が、カラス天狗かもしれません。


↑そもそも天狗や修験道の衣装はユダヤ教の教義衣装だし、日本語だと思ってる日本の歌や掛け声、言葉の多くもヘブライ語だ。 旧約聖書のダニエル書に出てくる三大天使の一人、マイケル(ミカエル)が鞍馬天狗(クマラ)なのは絶対間違いない。
まぁこれも以前何度も書いたので割愛。 ただ鞍馬山で確かめたかった。 そして魔王殿へご挨拶しに来たかった。
正直に言えば_ミカエルでも天狗でもなく、アヌンナキ(地球外知的生命体)とシュメール人の混血子孫であるユダヤ系の人物が鞍馬に居を構え、ヤマトを、京都を、天皇家を、神話を作った、ということ。 マチガイナイネ(・Д・)ノ

写真は沢山撮っているのだが、自撮りも多くてね_本殿裏へ渡る道、奥院への道は割愛。 この本殿裏に牛若丸を愛してやまず、ここで執筆を続けた人が居る。 「清く立つ 牛若と云う少年のこと」 はい、与謝野晶子先生ですね。 その書斎「冬柏亭」が霊宝殿前にある。

IMG_2371.jpg

IMG_2372.jpg

ちなみに霊宝殿には義経の鉄兜や刀も展示されている。 みちのく巡礼の際に平泉で触れたレジェンド義経。 これも語ると長いので割愛。 牛若丸こと弁慶の物語を各自宿題とするので調べておくよーに。

はぁ~、長くなった。
また次回へ続く。


またぬーん(^-^ )/