国 歌 | ナベちゃんの徒然草

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還暦を過ぎ、新たな人生を模索中・・・。

1789年7月14日、パリ市民がバスティーユ監獄を襲撃したことによりフランス革命が勃発。

 

ゆえに今日は 『フランス革命記念日』 とされていますが、これに絡んでもうひとつ・・・その6年後、今から225年前の今日・1795年7月14日に

 

 ラ・マルセイエーズ   

   La Marseillaise

 

が国民公会でフランス国歌として採択された記念日でもあるのです。

 

まずは、その曲をお聴きください。(

 

 

「あっ、これネ。」 

と皆さん聴き覚えがあると思いますが・・・実はコレ、軍歌なんです。

勇ましいメロディーですから、さもありなんって感じですょネ。

 

この曲は、元々仏革命政府がオーストリアに宣戦布告したという一報がストラスブールに届いた1792年4月25日から26日にかけ、当地に駐屯していた工兵のルージェ・ド・リール大尉が一夜で作詞・作曲した 『ライン軍のための軍歌』 という題名だったとか。

 

       

            自作の曲を披露するルージェ・ド・リール大尉 

 

当時のライン方面軍司令官ニコラ・リュクネール元帥に献呈されたというこの曲は、フランス全土にパンフレットで流布され、マルセイユ連盟兵がパリに入城する際に口ずさんだのをキッカケとして、パリ市民の間に流行。

 

そのため現在の 『ラ・マルセイエーズ(マルセイユ人)』 という題名で定着し、国歌として採択されました。

 

しかし元が軍歌ですから、その歌詞は中々に激烈。
 たとえば、1番を和訳すると、こんな感じ。

 

 行こう 祖国の子らよ    栄光の日が来た

 我らに向かって暴君の   血まみれの旗が 掲げられた  

 聞こえるか戦場の  残忍な敵兵の咆哮が  

 奴らは我らの元に来て 我らの子と妻の 喉を掻き切る

 

この調子で6番まで続き、後に7番として付け加えられた 『子供の歌』 もかなり強烈です。

 

 僕らは自ら進み行く    

 先人の絶える時には  僕らは見つけるだろう   

 先人の亡骸と  彼らの美徳の跡を! 彼らの美徳の跡を!  

 生き長らえるよりは 先人と棺を共にすることを欲する  

 僕らは気高い誇りを胸に先人の仇を討つか 後を追って死ぬのみ

 

日本でこれを国歌として学校で唄わせることは、まず有り得ないでしょうネ。

 

そしてご当地・フランスでも、子供には過激すぎる・・・と、過去に何度も歌詞を変えようとする動きがあったとか。

 

でもそのたびに世論が真っ二つに割れて変更には至らず、結局200年以上そのまま。

やはり国歌を変えるのは、そう簡単ではないようです。

 

この激烈な歌詞に比べたら、日本の国歌は実に穏やかだと思いませんか?

 

では最後に、素晴らしい 『君が代』 をお聴きください。扇子

 

 

 

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