五進法 | 加藤木朗のとっぴんぱらりのぷう

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うたごえ新聞の連載記事です

「5分押しまーす」と舞台監督が言って回る。「押す」と言うのは、伸ばすということだ。開演時間が19時と告知してあれば、「開演時間を19時05分に伸ばします」と、言葉を端折った業界用語で周知しに来たことになる。しょっぱなに自分の出番があるときは、この「押しまーす」はありがたくない。時間通りに電車やバスが来ることに慣れ切った日本のお客様が「押された」ことで、苛立ってしまい、心を閉ざしてしまうからだ。お客様はチケットを購入して下さってもいるので、その苛立ちは、ほぐさなくてはならないし、閉ざされた心はこじ開けなければならない。だから、舞台監督が「押しまーす」と言って回っているとき、これから自分に訪れるであろう過酷な運命を思って目が回る。お客様の苛立ちは、客席のざわめきとなってあらわれ、空気が乱れ、若干、風紀も乱れる。「アラ?チラシに開演時間19時って書いてあるけど、午後7時の事よね」着席されたお客さまが、15人くらいに聞こえる声で言うと「19時って、まさか夜の九時じゃないわよね」それを聞いた人が、少し声のトーンを上げて30人くらいに聞こえる声で言う。それを聞いた人が「九時なら私、もう布団に入っちゃってるわよ」と50人くらいに聞こえる声で言うと「アラあなた、そんなに早く布団に入って、イヤラシー」100人参加。「ちょっと、アナタなに変なこと想像してんのよ」200人参加。「変な事なんて想像してないわよ、変な事してるのアナタじゃない」400人参加。「何言ってんのイヤーね、昨日はしてないわよ」会場中が参加。このくらいのところで出て行けたなら、拍手もいただけるのだが、この間を逃すと、苛立ったお客様との関係を修復するのは、大変難しくなる。経験上、開演時間は押しても3分間が上限だ。以下の通り科学的根拠もある。※ウルトラマンが、地球上でウルトラマン本来の姿で戦えるのが3分間。更に、カップ麺の、お湯を注ぎ入れてから出来上がるまでの時間も3分間である。それらの事実に基づき、私は『我慢の限界3分間説』を提唱するに至った(近年この説が、信頼おける物であることが、舞台裏業界でも認知されつつある)すべての舞台監督が「我慢の限界説』に従ってくれたなら問題はないのだが「5分押しまーす」「もう5分押しまーす」と5分刻みで押してくる舞台監督の腕にまかれているのは、やっぱりアナログ時計。