加藤木朗のとっぴんぱらりのぷう

加藤木朗のとっぴんぱらりのぷう

WARIKI blog
うたごえ新聞の連載記事です


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「マヘボ」というのは、ズボンの「社会の窓」を言う秋田弁。ズボンを日本人が着始めて、秋田に文明開化の波が到来したのが明治の初めの頃だと思うので、「マヘボ」は明治以降に生まれた呼称であるはずだ。調べてみると、明治政府はフランス陸軍の兵式を採用したとあるので、「マヘボ」はフランス語かもしれない。そういえば津軽の人たちは、「津軽弁の発音はフランス語に近い」と言い張る。もしかすると津軽に近い私のふるさと秋田も、津軽と同じくフランス語の影響下にあるのかもしれない。わたしが子どもの頃にあてがわれていたズボンの、本来チャックのある位置には、ホック(真ん中に丸いでっぱりがある円盤状の金属盤に、やはり真ん中に丸いくぼみがある円盤状の金属盤を押し当てて力を加えると、くぼみに出っ張りがおさまるもの)がついていた。用を足して開けっ放しにしておくと、「マヘボちゃんと閉めておけ」と叱責され、あわててホックを「パチン」とやった気恥ずかしい記憶がよみがえってきた。小学校への入学を境にチャックの付いたズボンをはけるようになったが、初日に「マヘボ」をあわてて閉めて、挟み込んでしまった。「しまった」という語源はこの状況から生まれたのかもしれないという記憶と、上げることも下げることもできない切羽詰まった気分もついでによみがえってきた。のっぴきならない状況に陥り、それを打破するには、「エーイママヨ、イチニノサン」と一時の痛みを承知で行動を起こさなければならない人生の乗り越え方を、私は小学校入学時に買い与えられたズボンの「マヘボ」から教えられた。おかげさまで最近は挟まなくなったので、トイレであぶら汗を流しながら数を数えなくても良くなった。お囃子や踊りでも使うが、掛け声というものは大事だ。「イチニノサン」の最後の「サン」で行動を起こすのか、「サン」の後に「エイ」とやるのかでかなり違う。音楽的には「三拍子」か「四拍子」か、例えるならばワルツかロックか程の違いがある。絆創膏をはがすときに、人に頼んではがしてもらったりする。きちんと打ち合わせしておかないと、自分の間と違う間ではがされて、がっかりするので注意が必要だ。わたしは絆創膏もチャックも「サン」の間であることを覚えておいていただき、読者の皆様にはもしもの場合に備えておいていただきたい。「マヘボ」は閉めて「新年あけましておめでとう」

 


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「お前の太刀筋はすでに見切った」剣の達人が言う見切りと同じようで少し違うのが、「見切れ」という舞台用語。お客さんには見せたくないものが、客席から見えてしまうことを言う。真剣勝負で太刀筋を見切られてしまっては、見切られた方は、その後の人生にかなりの支障をきたす。舞台でも同じだ。次の場面で登場して、お客を「アッ」と言わせようと思っていたのに、袖幕からチラチラ見えていたのでは、キッカケが来て、勇んで出てみたところで「あー」と言われるのが落ちだ。だから、着替えが済んで袖で控えているときも、絶対に「見切れ」ないように立ち位置に気をつけている。ホールでの公演では、着替えは楽屋でするので、着替えること自体にはあまり気を使わないで済むのだが、体育館や公民館では、かなり気を付けないと「見切れ」てしまう。さらに幼稚園や保育園では、「見切れ」ていないのに、わざわざカーテンをめくって「見切る」子がいる。そうして「なにしてるのー」と聞く。「着替えてるの」とこたえると、「なんでー」ときて、質問は、いつ果てることもなく続く。舞台の上にだけは、その子たちもついてこないので、出番が来るとホッとする。その子たちは、先生用の個室に入って用を足している私にも、さっきと同じ質問をする。その個室ですることは、大きくというか、二つに分けられるのだが、「なにしてるのー」に対して、大人として自分のしていることに何ら恥じる事なく、はっきりと胸を張って答えたとして、「なんでー」の問いかけに「老廃物の排出」と答えた後に、おそらく「どうしてー」という問いかけがされるであろうことは、経験豊富な私には、手に取るようにわかってしまう。腎臓や膀胱の働きについては、先月の尿路結石の際に学んだので、説明をする自信があるのだが、大は小を兼ねないこの問題においての大問題については、様々な状況や環境、国内外また、屋内外も含め、お伝えするには、私の頂いている欄だけでは字数が足らないほどの体験をしているので、軟硬織り交ぜてお話しできるのだが、まだ知識としての説明能力がない。だから教育機関での公演の場合、すべての用を心残りなく足してから現場入りすることにしている。自宅トイレのブラシだが、私の視線にブラシが「見切れ」ていて気になる。直してもまた「見切れ」る。「掃除当番はお前だ」という視線の違う妻からのサインかもしれない。

 


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体に良い事というものは、続けることに意義がある。ウォーキングしかり、減塩しかり、禁酒や禁煙だって続けなければ意味がない。これらを継続させるのには、やはり誘惑に負けない固い意志が必要となる。舞台があった日の、帰宅が深夜だったりすると、朝のウォーキングは「今朝は休もうかな」と思ってしまうし、舞台で汗をかいた後には、塩っ辛い物を食べたくなる。タバコはやめてから25年以上たつが、打ち上げがつきものの商売なので、お酒はやめるにやめられないでいる。だからというわけでもないが、私は山や田畑で働く事にしている。クワを打つと、背中の全体がきつくなるので「これは、鹿踊に効きそうだぞ」とササラを装着した状態の自分の姿を想像しながらクワを打ち続けるし、木を引き出すときには、太ももや腕の筋肉に張りが来るので、「囃子の太鼓の音がデカくなるぞ。それに鶏舞のジャンプがかなり高くなるに違いない」とおもい、作業ごとに体に加わる負荷を、次の舞台で現れるであろう効果として空想しながら汗を流しているのだ。しかし、である。ものには程度というものがあり、「過ぎたるは及ばざるがごとし」であることは、多くの事象が証明している。車への荷積みは、腰への負担が大きいので気を付けていたのだが、寒くなってきた矢先、荷積みの際に、無理な姿勢で太鼓を移動させたため、腰を痛めてしまった。ストレッチを丁寧にしてから寝たのだが、朝になってもまだ痛かった。洗濯物を干し終わり、椅子に座ったら、痛みがまとまってきて、ものすごく苦しくなったので、床にへたり込んでしまった。痛みに熱さが加わり、耐えがたいものになった。妻が、苦しむ私を見下ろして「救急車呼ぼうか」という。あまりの痛さに意識がもうろうとしていたのだが、「車で送ってください」と言えた。薄れる意識の中で、きちんと敬語を使えたので、妻の機嫌は損ねないですんだと少し安心した。病院に運ばれたわたしは、歩くこともできず、車椅子で運ばれた。受付で「どうされましたぁ」もだえ苦しむ私に向かってのんびりたずねられた時、「救急車を呼んで」と言いそうになったが「吐きそう」と言って緊急性を喚起することに成功し、処置室で先生の診断を受けた。「あー結石ですね」看護師さんが「ハイごめんなさいね」と座薬を入れてくれ、痛みは去った。私はいま、超音波で砕くべき固い石を持っている。

 


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足がもつれて、からだが前に進まない。「アッ」思った時には転んでいた。4年生の時の出来事である。4年といっても。ランドセルを背負って鼻水をたらしていた小学生の頃ではなく、責任は何も背負わずに、文句たらたらたれていた、定時制高校4年に在学中の、魚が空一面に横たわっているかのように、こまかな雲が規則正しく広がる、体育の日の出来事だ。私が通っていた高校の、校庭を兼ねたグランドは、一周150メートルしか取れなかった。例えていうならば、ネコの目の上から耳の間ほどの、わかり辛い方には、上下左右を四角い板で囲んだもの(段ボール製のものが多く流通していて、昔は、大事な娘を入れておくものとして使用していた)の状態の「庭」を思い浮かべてほしい。母校の第三コーナーは「魔の」と枕詞が冠せられるほど事故が多く起こる場所で、私が「アッ」と声を漏らした時には、大勢の学友の前で土煙も上げずに転倒してしまっていた。都心に建つ校舎は、5階が体育館で屋上にプールがあり、校庭はコンクリートが打たれ、芝生などの植物を連想させる、緑色のゴムのコーティングが施されていた。都内全般について言えることだが、「土」というものの存在が、隠蔽されているような感じを受ける。魔のコーナーでの私の転倒に伴って、土煙は上がらなかったのだが、歓声は上がった。味方の女子からの悲鳴ではなく、相手チームの「よっしゃー」であったことが、今でも残念でならない。「神の時間」というのがある。野球の選手が、「ピッチャーの投げたボールが止まって見えた」などがその例で、第三コーナーでバランスを崩しながら、私は「神の時間」にあった。全校生徒が観ている(半数は女子)、転んで「あいつダサっ」と思われるのは嫌(対象女子)、けがの手当ては保健委員がしてくれる(女子)。0コンマ数秒の間に、膨大な量の情報を処理し、したたかに状況を判断しながら転び、左手をコンクリートの校庭にしたたかに打ち付けた。薄っぺらい緑色のゴムのコーティングは、何の緩衝材にもならず、かわりに私の顔色が青くなった。保健委員の医療知識では、あぶら汗をたらしながらうめく、ちょっぴり向きを変ええてしまった私の左手に対してできる処置はなく、ベテランの校医さん(女性の)が来てくれた。保健委員の女の子が、人知れずそっと渡してくれた絆創膏の真意をいまだに測りかねている。

 


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「カナカナカナ」蜩が鳴いている。サマージャンボに外れた。仕事も少なく、妻の機嫌も相変わらずだ。お盆前まで猛暑日が続き、「ジー」と鳴く蝉が隆盛をきわめていた。ニイニイゼミが東の空が白み始める前から鳴き始めるのだ。「ジーーージジジジーー」という声が朝一番を告げると、寝坊したのが申し訳なさそうに「カァカァ」と行水もそこそこに、濡れ羽色自慢の黒髪が起き出してくる。次いで「チュンチュン」と茶髪が井戸端会議を始める頃には「ジーーーー」の声は、何重奏にも膨らんで、今日一日の暑さの予感を、いやが上に盛り上げていた。朝の空気が熱せられていくのを、気だるい午後の気分で味わいながら考えた。鳥は、フクロウのように夜目の効く者もいるのだが、「トリ目」と蔑まれ、暗いところでは物が見えないとされている。だからこそ、わずかな明るさの兆しを見逃さない。はずなのに、なぜ、朝の一番乗りを蝉ごときに明け渡したのだろう。進化の過程で、「恐竜」を直接の先祖に持つ鳥類が、昆虫の、しかも「カメムシ」の仲間の蝉なんぞに。ジットリと汗ばんだタオルケットを足で乱暴に蹴っ飛ばすほどの義憤を感じていた。いや義憤ではない。ただ暑かったのだ。暑いと熟睡できずイライラする。「暑かったらクーラーを入れたら良いのに」フランス最後の王妃のようなことを言ってはいけない。クーラーを購入するほどの余裕があれば、督促状とにらめっこしていない。熱を帯びた朝になり分かった。蝉は、温度に反応して鳴き、鳥は明るさに反応して鳴き始めるのだ。多分そうだ。きっと間違いない。もしも間違っていたとしても、この仮説でスッキリして二度寝できたのだから、私に正解を知らせないでもらいたい。蝉も「鳴き」カラスもスズメも「鳴く」のだが、鶏は「啼く」。以前「諏訪御柱木遣り」は「歌う」といわず「なく」というと紹介させていただいたが、「啼く」と書くのが正解だろう。木遣り社中の方には、歌うことを「きやる」とおっしゃる方がいる。秋田では、倒れることを「きゃる」倒すことを「きゃす」という。私はかねてより、木を倒して運ぶ「木遣り」にかかわりがあると睨んでいる。「かまどきゃし」とは浪費がもとで、破産した者をさす言葉であるが、いい得て妙で人ごとでない。「仕事来ないかな」「なんか良い事ないかな」「宝くじ当たんないかな」「かなかなかな」その日暮らしが泣いている。

 

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