とはいえここで引き返しては示しがつかないのでとにかくここよりマシそうなところに行こうと歩き始めてみたところ、結局はいつもと同じように荒川の河川敷にたどり着いていた。


 五色桜橋の先に東京スカイツリーが見えるもののさっき見た和製ハイビスカスタワーのほうが視覚的にはずっと鮮やかだ。

 昔五色の桜が咲いていたという話の書かれたパネルをもう何千回目か眺めながら、それにしても五色の桜というのはロマンチックで信じがたいよなぁとまた何千回目かの同じような感想を抱きながら五色以上のカラフルな桜の並木が咲き誇る荒川の風景を想像する。


 いつもと違ったのはパネルから顔をあげた際、左方向数十メートル先で何やら出店が並んでいるのが見えたことだった。


 僕の中のこの先「なにかあるんじゃないか」の「なにか」に該当するものは決して姿を現すことのない幻のようなものなのだが、露天の群れが視界に入ってきた時には「これはまさか」と思い膝を叩きたくもなった。


 けれど、実際には両手をだらりと下げ半分口を開けたままそちらに吸い寄せられることとなった。


 荒川土手古物市には古本の出品が多いが、他にも色褪せて伸び切ったTシャツやら深く刻まれたシワが印象的なスカートやらの古着コーナー、和洋の食器を並べている店があったり、手作りアクセサリーを販売している背丈の低い女の子(と言っても四十歳くらい)がいたりと雑多な雰囲気だ。


 夕方十六時を過ぎ疲労の見える売り手たちの顔を見渡しながら作りすぎたニンジンカレーをお裾分けに持ってくればと思いついたものの不味いカレーではつくスタミナもつかないということにもなりかねない。

 僕にできるのはひとつでも良いものを見つけてなけなしのお金を使うことだ。


 個性のない皿やエコバッグや埃っぽいタオルセットに紛れて、「ぼくはDiorのものです」と書かれたプレートとリボンを首につけた犬の瓶が陳列していた。

 じっと見入っていると、出店者であろう紺色のキャップを被った小太りのおじさんが話しかけてきた。


「ディオールって、わかる?今若い子に一番人気のあるブランドだよ、ディオールの昔のデザインの香水ビンだよ、彼女にプレゼントしてみな、ウケるよ」


 ディオールと読むのか。

 言われてみれば高級で有名なブランドな気がしてきたけれど、本物だろうか。

「満ち足りた生活を送らせていただいています」

 とでもいうように元気に後ろ二本足で立ち、虚ろな目で首をかしげている。

 その姿はまるでこの世の何かの象徴のようで目を逸らすと、そこから先は古本を売る店が何軒か続いていた。


 正直に言えば字の認識には少しばかり難のある僕はタイトルを眺めても何も頭に入ってはこないのだがそれでも自分なりに注意深く絵本やビジネス書らしきものや古い推理小説なんかを睨み、そして一冊の本を手に取った。