なにか同じことを言うのに、日本語で言うより英語で言ったほうが格好いいとでも思っているんでしょうか?
おかげで、日々、なじみのない横文字に遭遇して意味も分からずに聞いているうちに、「なんとなく」意味が分かるようになってくるんですが、これがあくまで「なんとなく」なんで、本当には分かっていないにも関わらず、「なんとなく」分かったような気になることもしばしば。 これがクセモノなんですよね(笑)
流行語になったような横文字、例えば「マニフェスト」やら「アジェンダ」、そして「ロードマップ」やら「ストーリー」・・・。 もちろんスマホやパソコンなどのIT関連になると、もう横文字のオンパレード(あやや、これも横文字やん!)。
「アーカイブ」「ログイン」「ガジェット」「ウィジェット」「オンライン」「オフライン」「デフォルト」「インストール」「フォーマット」・・・挙げていくと切りがないし、新しいテクノロジー(←これも横文字だ!)が出るたびに、そのボキャ(ボキャブラリー、語彙^^)が増えていく・・・。
そして厄介なのは、ある程度時間が経つと、それらがさも「公知の」単語のように、なんの説明もなく使われるようになってしまうこと。
そして、読むほうは本当には理解していないけれど、「なんとなく」分かった気になってそれを読んでいる・・・
スマホの広告なんぞ見た日には、こういった単語を知らないと、その特徴もなにも分からない、という状態になっていて、これはお年寄り(私も含めて^^)には酷な時代です。
これを称して、「デジタル・ディバイド」というらしいが、これさえも横文字ですが、デジタル格差と言っても良く分からないですね、これは(笑)
前置きが大分長くなってしまいましたが、そんな横文字の一つにSDG'sというのがあります。これは横文字そのものですけど、これが最近やたらと目に付く。
とうとう、カタカナの横文字だけではなく、ATMやSNSと同様に、英語の略語そのものが頻出するようになってきて、ここまで来るとやりすぎじゃない?と言いたくなりますね。
だからと言ってこれを「サステイナブル・デベロップメント・ゴールズ」とカタカナにすればいいってもんじゃなく、これはやっぱり「持続可能な開発目標」という日本語にまで落とさないとなかなか理解できない。
ただ、困ったことにSDG'sという時の「意味」が「持続可能な開発目標」と日本語にした時に受け取る「意味」と、ちょっとばかり違っているかも、という懸念はあります。
そういえばATMを「オートマティック・テラー・マシン」と言ってもますますわからないし、かと言って「自動金銭出納機」って言うとなんだかなあ、という感じ(笑)
一度定着してしまうと困ったもんです。
さて、その「サステイナビリティー」(持続可能性)を考える上で、そのきっかけの一つになったのは良く知られているように、1972年にローマクラブより出された「成長の限界」というレポートでした。
そして、1992年にはその続編である「限界を超えて」が出され、
さらに2004年には、そのまた続編である「成長の限界ー人類の選択」が出されています。
先般から「撃沈続き」と書いた読書ですが、またまた性懲りもなく、今度は

という本を借りて読んでいます。 これ面白い!
はたして、人類の文明は「持続可能」か? すでに持続可能限界を過ぎてしまっているのは明らかなので、じゃあ、どうしたら私達の子孫に「地球」を残せるのか・・・
本当に重要な時期に来ていますね。
こんなことは、今回の参院選では一言も話題にならなかったし、政党も、候補者も、こういった環境問題とは裏腹な主張ばかり・・・・
もう人類は、特に先進国の生活はSDG'sを真剣に考えなければならないところまで来ている、というのに・・・・ね。
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