けふのみは水のなかなり蜆啼く
春の雨ビニール傘をふりまはし
しづけくてうすべにいろのはなざかり
風花をなだめ紺屋の暖簾かな
あらぬ方見てゐて暮るる雛の市
先週末に、はでなてんかん発作をおこしたあげく、軽い睡眠剤を飲んで寝ていたら、玄関のほうでゴトッともの音がしたような気がしたものの、そのまま寝入ってしまっていたようだ。夜ふけに目がさめて、ポストをのぞいてみたらあたらしい「篠」誌が夜露を受けてしけっていた。
上は、今回のぼくの五句。れいによってたいしたものはないけれど、主宰の辻村麻乃センセーは、三句目を採ってくださっていた。この句は、おもいっきり脱力して詠んだものだったので、ちょっぴり嬉しくて、も一度眠るのに苦心を要してしまったくらいだ。
>ぽつぺんや闇より息を吹き入るる
>時々は豆も混じりて春の雪
>岸壁を吹上ぐる風冴返る
こちらは、主宰の十句より、ぼくの好みの句をチョイスしたもの。一句目は、亡き先代主宰・岡田史乃氏の代表作《ぽつぺんをわが名のごとく吹きにけり》のオマージュだろう。うすいガラスでできた玩具に息を吹きこむようすが、鮮やかに描き出されていて好ましい。ああ、こうしてまたひとつ《伝統》が引き継がれてゆくんだなとおもったしだい。《春の雪》の句も、生活感と、じゃっかんのユーモアもあっていいな。
それから、今号は、歌代美遥さん「ひらひらと」、高橋亜紀彦さん「異邦の神」、二冊の句集の特集が組まれている。ぼくも、やぼな感想を書かせていただいたので、ここでも紹介させていただこう。
>単線の駅から駅へ花の帯
>さくらんぼ話し足りなきまま別れ
>夏蝶の藪へ沈みて風になる
歌代さんの句は、どこを切り取ってみても《艶》がある。キョーレツなお色気というのではなく、もっと上品でしなやかな生活者としてのそれがそなわっていて、読むものを魅了する。とくに三句目なんかは、たんなる夏蝶の写生句なのに、みょうにあやしげな香りがしないでもない。それだけ、詠み上手、読ませ上手なのだろう。
>沈丁を慎み知らず嗅ぎにけり
>春隣妻の寝息を確かむる
>卯の花腐し赤ポストなほ赤し
高橋さんの句集は、奥さまの追悼句集だった。その避けることのできなかった死別を、作者は、クリスチャンとして悔い、おのれを責めているようなふしがうかがえて、読むのがつらかった。たしかな写生眼ももちあわせているかたのようだから、ふたたび生命を褒めうたう句を詠めるようになってほしいとおもったことだった。
きょうは、これでおしまい。