乳母

後生ですから、どうぞお話になってください。世間知らずさま、
その勝ち誇ったさげすみのまなざしもいつか薄らいでゆくことでしょう。

     エロディアード

でも、ライオンを従えているわたしに手を触れるものなどいるかしら?
それにわたしはこの世で望むものなどなにひとつないのよ
楽園で、胸像の目をわたしがしているとしたら、
とおい昔、吸っていたおまえの乳を思い出しているときだけよ。

     乳母

あわれな生贄は、あなたさまの運命がもたらしたのです!

     エロディアード

そう、わたしは、わたし自身のために花を咲かせるの!
目のくらむような知恵の淵に埋められた
アメジストの庭園よ、おまえも知っているでしょう?
原初の地球の暗い眠りの下で
おまえたちの古ぼけた輝きを守っていてくれた見知らぬ黄金よ、
澄んだわたしの瞳が宝石のような
音楽をくちずさむため手を貸してもらった小石も、
わたしの髪に黄金の運命と
たしかな足どりをもたらしてくれた黄金よ、おまえも知っているでしょう!

おまえといったら、うさんくさい占い師がとぐろを巻いている
洞穴で邪悪な世紀に生まれた女、
それで、死ぬことになるひとのことばかりをお喋りしているんですってね!
なんですって、わたしのドレスから
けたたましい喜びのような香りが
わたしの白い裸にからみついているのですって、
夏のあたたかな青空の下でなら
女は上着を脱ぎすてるでしょう、不思議なことじゃないわ、
それなら、星々のまたたきにも似て恥ずかしい姿を見られたとしたら
わたしは死ぬでしょう!そう預言しているのにちがいないわ!

          処女という恐怖をわたしは愛している
わたしはわたしの髪がつくった恐怖のなかで生きていたいの。
日暮れには横になり、触れることのできない蛇よ、
このなんの役にもたたないからだで
おまえの青ざめたきらめきをたしかめてみたい、
死にゆくおまえ、純潔に殉じたおまえ、
おお氷柱をのばす残酷な雪の白い夜よ!

そして、おまえのひとりぼっちの妹よ、わたしの永遠の妹よ、
わたしの夢はそこをめざしてのぼってゆくの。
夢のなかでわたしはもう誰も見たことのない
ひとすじの光となってさびれた祖国に帰りついているのよ。
ひとびとは、鏡のなかで静かに眠っているものを神としてあがめているの、
ダイアモンドの瞳をもったエロディアード、
最後の魅惑よ!そう、どこにいても、わたしはいつもひとりなの!

     乳母

ああ姫さま、そうして死んでゆかれるおつもりですか?

     エロディアード

          いいえ、哀れなばあやよ、
落ちつきなさい、お別れにわたしのかたくなな心を
許しておくれ、でも先にあの鎧戸を閉めておくれ
ガラスの底で天使セラフィムが
笑っているあの美しい青空がわたしはきらいなの。
不思議な国があるのを知っているかしら?
波がさわぎその向こうに

気味の悪い空の下
夕暮れに燃えたつあやしい木々が茂っているのだとか……
わたしはその国へ行ってしまいたい。
そんな子どもみたいなとおまえは笑うだろうが、ばあや
かろやかに蝋燭の火をうつしておくれ 
黄金の光を浴びて、蝋は涙のように流れ
そして……

     乳母

いまからお発ちなのですか?

     エロディアード

さよなら
わたしの唇の
裸の花よおまえはうそをつく。
わたしは知らないものを待っているの
たぶんその謎もおまえの叫びも知らないまま
最後のすすり泣きをすることになりそうね
ああ、子どものころ夢に見た
あのひんやりとした宝石と離れていってしまうのね。

          ★


     HÉRODIADE  SCÈNE
        La Nourrice — Hérodiade

N.

Tu vis ! ou vois-je ici l’ombre d’une princesse ?
À mes lèvres tes doigts et leurs bagues et cesse
De marcher dans un âge ignoré..

H.

Reculez.
Le blond torrent de mes cheveux immaculés,
Quand il baigne mon corps solitaire le glace
D’horreur, et mes cheveux que la lumière enlace
Sont immortels. Ô femme, un baiser me tûrait 
Si la beauté n’était la mort..
Par quel attrait
Menée et quel matin oublié des prophètes
Verse, sur les lointains mourants, ses tristes fêtes,
Le sais-je ? tu m’as vue, ô nourrice d’hiver,
Sous la lourde prison de pierres et de fer
Où de mes vieux lions traînent les siècles fauves
Entrer, et je marchais, fatale, les mains sauves,
Dans le parfum désert de ces anciens rois :
Mais encore as-tu vu quels furent mes effrois ?

……………

 

          ★

 

 この長い作品は、マラルメが若いころからあたためていた思想を言語化したもので、最初は詩劇として書かれていたが、舞台に載ることはかなわず、ト書きをはずし、長詩として発表された。死の世界とこの世を行き来する美しいエロディアードと忠実ながらも弁のたつ乳母とのふたりっきりの対話劇だけど、エロディアードのことばのはしばしから、これはひょっとしたら「オフェーリア」から想を得たものではないか?と、ぼくなんかは思ってしまう。とはいえ、これでも未完なのだから、軽々なことを言ってはいけないのかもしれないな。

 多少長くても、詩を途中で切るのは忍びなかったけれど、舞台の要素がつよかったので、あえて、前半・後半と二回にわけてアップさせていただきました。

 

画像:ボエム・ギャラント