<10.03/02>
辛く、寂しい気持ちには変わりなく、まだ現実を受け止めきれていないけれど、、、少しすっきりしている私がいた。
旦那と話しながら帰る。
「やっぱり最初、障害があるってわかったときはショックが大きくて・・・自分のことで精一杯やったかも知れん。そういう目でみたらいかんって思いながら、実は口先だけで・・・身近にそんな環境がなかったからか、かわいそう、とか、どこか他人事やったんやろうな。自分がその状況になってみて、初めてわかった。かわいいって思えるんやろうか、育てていけるんやろうかって思ったこともあったたけど・・・やっぱり自分の子供はどんな子供でもかわいい。何が何でも、守りたいって思った。」と。
「そうやなぁ。」とうなづく旦那。
「治せるもんなら、何でもしてあげたいって思った。・・・・・・生きているだけで、ありがたかった。」
ハイリスクな妊婦さん、子供が欲しくても授からない人、流・死産を経験した人、大切な人を亡くした人、障害と向き合っている人たちのこと、、、状況が同じではなく、完全にその人たちの気持ちを汲み取ることはできないけれど、いろんなことを思った。
妊娠したことが奇跡。
お腹のなかで育つことも奇跡。
無事生まれ、こうして日々過ごせていることも実は奇跡の連続だ。
「ちょうど、○○(旦那)がこっちにおるときやって立ち会えたし、病院でもずっと一緒に過ごせて。最後も私たち一緒に見送れて良かったよな。お義父さんが来るのも、待ってたんかも知れんな。」
外の世界へ飛び出し、40時間16分を精一杯生き抜いた娘。
親孝行な、頑張り屋さんな娘。
人生は・・・・・・時間じゃないよね。