こうして思いを形にするのは、勇気がいった。
いまだ、本当のことを伝えられていない、身近な友達も多い。
全て伝えるということが、必ずしもいいとは思わないから・・・。
自分が伝えたい人に、自分のタイミングで、この思いを出せていけばいいな、と思っている。
入院中、blogは唯一の情報収集源だった。
パソコンもなく、寝たきりで行動も制限された生活・・・誰にも迷惑をかけたくなくて、一人こっそり携帯を閲覧しまくる毎日。
自分と同じような境遇の人はいないだろうか。どんな気持ちで、日々過ごしていたんだろう。決断を迫られて、どういう選択をしたのだろう。
誰かに気持ちをわかってもらいたい・・・そんな思いでいっぱいだったかも知れない。
blogめぐりをする中で、私のように出生前に発見された例は、あまり多くなかったし、それを書き記している人も少ない気がする。
わざわざそれをblogに書く必要はあるんだろうか。でも一番私が知りたかったのは、そこだった。
こういう消極的な内容というか・・・ありのままを、そして、娘の死のことを書くのも正直迷ったし、書き始めて、何度もやめようとしたこともあった。でも、より自分と向き合うために、・・・そして、もし私のような思いをした人に寄り添えるといいな、と、少しずつ書き始めた。
出生前にわかったこと・・・最初はすごく辛かった。
どういう気持ちで出産にのぞめばいいのか・・・まだ生まれてもいないのに、余命宣告ともとれることを突きつけられるなんて。
時々、自分のしていることって何だろう、とも思った。
なかったことにしてほしい、とも、ひどい話、思った。
娘と二人、消えてしまいたい、とも。
苦しかったけれど、この時間があったからこそ、生きている娘に会えたんだと思う。
娘のことを大切に、そして、愛おしく思えたんだと思う。
そして、こうして今の私がいる。
私は、娘にもうこれ以上、しんどく、痛い思いをさせたくなくて・・・悩んで、悩んで、こういう道を選んだ。
今でもこの選択が正しかったのか・・・いろいろな思いが交差し、自問自答の毎日。
そんな私に旦那が言う。
「みんないろんな選択をしてきたように、その子、その子で生まれてきた状態は違うんだから。」と。
もし娘の立場なら、どう思い、どうして欲しいだろう・・・私と旦那の気持ちは同じだった。
たくさんの家族との時間を持てた。
みんなに抱っこしてもらえた。触れ合えた。
悔しいけれど・・・これでじゅうぶん幸せだったのかな?って。
幸せって自分自身で感じ、決めるものだから。
私の娘は短い命だったけれど・・・こうして同じ運命と向き合っている人を見ると娘と重ねてしまうし、応援せずにはいられない。
1歳を迎えられるのは10%、一週間以内に亡くなってしまうのが50%・・・多くはお腹の中で流・死産となるといわれ、昔は何も処置されず、見送ることだけだったこの病気。今は治療も、考えも、だいぶ変わってきている。
先日、お兄ちゃんである長男が、無事2歳を迎えることが出来た。
今こうして生きているということは、奇跡の連続で成り立っている。
ついつい忘れがちになってしまうけど、日々、大切に生きたいな、と思う。
たくさんのことを教えてくれて、ありがとうね、momo。
生まれてきてくれて、ありがとう。
初めて声をかけてくださったさにーさん、読者申請をしてくださった池ちゃんさん&ナオミママさん、同じ病院つながりのyuiちゃんママさん、息子のお友達の皆さん、このblogに目を通してくれた皆さん・・・ありがとうございました。