前回は余り触れなかったが、日ノ岡古墳は私のハンドルネームとなっている蕨手文が数多く描かれることでも知られている。
奥壁や側壁の各所に最もオーソドックスな外巻きタイプの文様が合計16個が描かれている。その数の多さでは他を圧倒している(類例は少ないが)。文様は赤で蕨を描き、その外側を白、更に緑か青の順で縁取られている。幾何学文が主題であるため、その間隙に添えられる形での配置ではある。



今ひとつ、蕨手文はこの古墳に描かれたのが最初(始祖)ではないかとも言われている。描かれた古墳の中で石室構造が最も古式で、文様の形態もシンプルで小さいためである。ここで最初に描かれた文様が次第に大きく発達して王塚、田代太田、塚花塚、重定、珍敷塚と継承され主文化していった過程を思うと感慨深い。

