明日は1月17日、
阪神淡路大震災が
起こった日です。
24前の1月17日明け方、
なんだか寝付くことができず、
わざわざ別室で寝ている両親のところまでいって、話をしていました。
起きるにはまだ早いので、
もう一度寝ようか?
と思った時に、
地震が起こりました。
床の遠くむこうから、
ゴォーという音が
聞こえたと思ったら、
その音はどんどん大きくなり、身体は左右に大く揺さぶられ
気づいたらタンスの下敷きになっていました。
なんとか父に救い出してもらい、外に出たときには、外は電気のあかりは1つもなくまっくら、遠く空は火事でオレンジ色に光っていました。
においはガス臭く、家を出たところにあった道路は大きく裂け、あったはずのお向かいの家はなくなっていました。
小学校に避難して目にした光景は、
血だらけの人
泣き叫ぶ大人達
この時点ではまだ暗く、薄くしか見えない状態でしたが、戦争が起こったら、こんな状態なのかもしれない。と感じたことを覚えています。
7時頃太陽が昇りすべてが見えてきたときに、街が壊滅状態にあること。土を一生懸命掘り起こす人々が見えてきて、起こったことの恐ろしさを改めて知ることとなりました。
後から知ったことですが、自分が本来寝ていたベッドの頭の位置には、タンスがつっこんでいたと姉から聞き、偶然ですが、両親の部屋へ移動して本当に良かったと思います。
今は、24年前に震災があったことは、微塵も感じる事のない街まで復興しましたが、
24年前の1月17日、地震は大きな傷跡を残していきました。
当時中学生3年生。
実力テストなくなったらいいのに!と思っていたら、3学期全てなくなりました。
卒業式もありませんでした。
地震を経験し、
何か伝えたいことがあるといえば
「今と同じ、
明日があるということは
当然のことではない。」
ということだけです。
だからこそ、「今」というこの時を大切に、精いっぱい生き抜いていく。
24年経ち、
家族が出来た今、強く思うことは
当たり前に一緒にいる大切な人は当たり前じゃない。だからこそ、まず大切なのは
《大切な人を大切にすること》
これからも、伝え続けていきます。
妊娠前は神戸東遊園地に5時46分に黙祷に行っていました。
20年以上たっても、たくさんの震災を経験したかた、ご遺族のみなさんが黙祷にこられています。
お亡くなりになられた、
みなさまのご冥福をお祈りいたします。
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