TERUっぽい角度
ASKAの「晴天を誉めるなら夕暮れを待て」というわけわかめなタイトルの歌のなかに「ついでのような角度で」とかいう歌詞があったような気がする。あの歌を聴いて以来、角度という言葉に関してフェティシズムすら感じるようになった。
で、今日は金曜日なのでビデオに撮ったMステを見ていたら、気になる映像が。それはあのWANDSの上杉昇が体を弓のように反りながら歌っている姿だった。しかも、WANDSはメンバー交代を繰り返しながら10年も活動していたらしい。話が逸れた。
その上杉さんの角度とGLAYのTERUの体ののけぞらせ方が似ているように思えてならないのだ。安倍なつみの盗作騒動もあったし、「パクり」という言葉も一般的になった今、パフォーマンスのマネだってあっていい!まあ、問題は多々あるが、模倣というか、マネというか、そういうものがたくさん生まれる時代になったことは認めるしかない。
いやー、しかし、どう考えても意図的じゃない相似点ないんだから、人ってどこかで誰かに影響を与えているもんなんだなあ、とかってに納得しました。
で、今日は金曜日なのでビデオに撮ったMステを見ていたら、気になる映像が。それはあのWANDSの上杉昇が体を弓のように反りながら歌っている姿だった。しかも、WANDSはメンバー交代を繰り返しながら10年も活動していたらしい。話が逸れた。
その上杉さんの角度とGLAYのTERUの体ののけぞらせ方が似ているように思えてならないのだ。安倍なつみの盗作騒動もあったし、「パクり」という言葉も一般的になった今、パフォーマンスのマネだってあっていい!まあ、問題は多々あるが、模倣というか、マネというか、そういうものがたくさん生まれる時代になったことは認めるしかない。
いやー、しかし、どう考えても意図的じゃない相似点ないんだから、人ってどこかで誰かに影響を与えているもんなんだなあ、とかってに納得しました。