紀元79年、ヴェスビオ火山の噴火により、町全体が火山灰に埋まったポンペイ。
そこから発掘されたのが、
「ディオニュソスの秘儀」(秘儀荘) ローマ帝政初期 AD50頃 でした。
ポンペイの“秘儀荘の壁画”。
ここは遺跡の地図でみると一番左端にあり、他の建物からポツンと離れている。
これは、食堂の正面、左右の壁にある縦3m、横17mの壁画は紀元前一世紀半ばの作で、当時このあたりに流行し、後にイタリア全土に広まったディオニュソス信仰にかかわる秘密の儀式の様子が描かれているんですね。
ディオニュソスはバッカスと呼ばれ、酒の神。“ディオニュソスの秘儀”は女性の信者を中心とした集団陶酔。日ごろのストレスやもやもやを解消するため、ディオニュソスの神を讃え、酒を飲み、過激に踊り狂い、獣を八つ裂きにしたりする。憑きから覚めるとまた、何もなかったかのように普通の女にもどる。ローマ政府はディオニュソス崇拝は宗教上の秩序を乱すものとして、禁止していたが、ローマの目がとどきにくい南イタリアを中心にディオニュソス信仰は定着していたそうです。
当時、ちょっと離れたこの場所で、夜な夜な女たちは、どんな秘儀を行っていたのでしょうね。映画化されたものがあったら見てみたいです。
秘儀荘とは部屋数が90個&ワイン製造所まである超お金持ちの別荘だったそうです。なんかあやしいねー。
ディオニュソス(バッコス)は、ギリシャ神話に登場する酒の神ですが、古代のローマでは、ディオニュソスの神が広く人々の信仰の対象とされていましたんですね。
ちなみに、ローマ帝政期の特徴と代表作は、
●ローマ帝政初期(AD0年ごろ)
エルトリア美術とギリシャ美術の模倣・継承
細密な室内装飾画
「プリマ・ポルタのアウグストゥス」
「ディオニュソスの秘儀」
●ローマ帝政中期(AD100年ごろ)
記念碑的役割(建造物・歴史浮彫)
土木技術の発達
「コロッセウム」
「トラヤヌス帝の記念柱」
●ローマ帝政末期(AD300年ごろ)
デフォルメされた肖像彫刻
「コンスタンティヌス大帝の巨像の頭部」
ですね。
ディオニュソスは、ゼウスと愛人のセレメの子で、ヘラに憎まれ幼少期に呪いをかけられて狂わされるんですね。
「ユピテルとセメレ」 ギュスターヴ・モロー 1895年
狂気を秘め、人間を理性の呪縛から解放する力を持っているんですね。
「バッコスの勝利(酔っ払いたち)」 ベラスケス 1628年
ディオニュソスは、クレタの王女アリアドネを妻とし、四人の子供の授かるんですね。
「バッカスとアリアドネ」 ティッチアーノ 1520年頃
ディオニュソスは、恋にはまじめだったんですね。
ディオニュソス信仰って、結構強烈だね。