
「身体で考える。」 内田樹、成瀬雅春
という対談を読みました。
ヨーガの成瀬先生、いやーめちゃめちゃ面白かったです。
その紹介の続きです。
@ヨーガは、自分を見る、自分を知る作業です。なぜ自分を見るのかと言うと、自分が一番不思議な存在だからです。みんな、自分のことが一番分からない。
自分を知る作業を通して、最終的には自分を知りつくすんです。自分を知りつくすということは、人間全般を知りつくすと言うこと。人間全般を知りつくすということは、人間を卒業できるということなんです。それがヨーガの最終的に目指すところである「解脱」です。人間の勉強がまだ残っている人は、また生まれ変わるけれど、全部勉強しつくした人は、今度は卒業できますよっていうことです。
本当に宗教、スピリチャルで言われていることと同じこと言ってるよな。
僕らはこの世に魂の修行のために肉体を持って生まれてきている。
自我を捨て去り、宇宙の大きなものに解脱できるよう今日も頑張ろう。
@ヨーガの瞑想は、大きなものに繋がろうとするテクニックなのです。
重要なのは、頭が知識でいっぱいになってきたあとに、それらを全部リセットすることです。頭の中をからっぽにするんです。からっぽにすること、それが瞑想状態です。
@社会で生きていくためには、沢山の知識が必要です。瞑想能力というのは、そうした沢山の知識を吸収した大人になった後に、知識に惑わされずに真実を見るために必要なものなのです。
まつろわぬもの、だね。
@グッと入れる力はたいした問題ではない。抜く力の方が大切です。ボクサーでもなんでも、力の抜き方がうまい人の方が強い。抜くスピード、つまり瞬発力があれば、強いんです。抜けているところから力を入れるからパンチがきく。
肩の力をいかに抜くか、修行は続く。
@都会って目障りなものにあふれていますからね。うっかり感度をよくしていると、不快な刺激をもろに受け止めてしまうリスクを冒すことになる。
だから、どうしても都会生活者は防衛的になるんです。感覚を閉じてしまう。
コミュニケーションの感度も下がってくる。
そう、都会にいると、感度が鈍る。
都会にいると感性が磨かれるって言う人もいるけど、僕は違う。旅で地方に行った時の方が、感性が研ぎ澄まされるのを感じてます。
@自分が、あるとき、ある場所にいて、何かをしているときには、「私が今ここにいることは、宇宙が始まって以来宿命づけられていた必然の出来ごとである。」と断定しなければいけない。
「胆力」というのは別に「負けないぞ」と力むことではない。断定することなんです。
断定することから、覚悟が生まれるね。
まよっちゃいけない。外責的に物事をとらえてはいけない。
断定して、退路を断って覚悟を決める人間が強い人間なんだと思う。
@煩悩をなくすなんて絶対に無理です。煩悩をなくすのではなく、あらゆる煩悩に対する執着から離れること。「なくす」と「離れる」は、全く意味が違う。
煩悩を抱えながら、あたかも空の上から、自分自身の煩悩を眺めるかがごとく、自分の煩悩を客観的に観察してみたい。
@僕たちは人生で色々体験ができるけれど、唯一、一生に一度しかチャンスがないものがある。それが死なんです。ということは、死は人生の中でいちばん最高の体験であるはずです。だから、その死の瞬間をじっくりと味わいたい。
笑って死ねる人生、それさえあればいい。
@自分が幸福になるために何をすればいいかを考えると、どうしたらいいかわからなくなる。だが、周りの人みんなが幸福になるために何をすればいいかは凄くはっきり見えてくる。
うんうん。
まずは与えること。自分から与えること。
最初に自分が得ることから考え始めるから、ダメなんだよね。
@人類が滅亡するのは当たり前。その人類滅亡の瞬間に死を迎えることが出来たら、それはそれは最高の体験。
ラッキー!!怖がるのが一番もったいない。
こんな風に感じるって凄い素敵なことだし、こうゆうことを考える人って魅
力あるよね。少しでもあやかりたいです。
@栄養学などを学んだ人は、食べたものがそのままエネルギーに変わると勘違いしているけれど、そんなことはありません。だから、水だけしかのんでいなくても、生きられる人は生きられる。水をエネルギーに変えればいいだけの話です。
凄い!でもその通りだね。
@おそらく人間は生命的な危機に直面したとき、非常用に取り置きしておいた身体資源が目覚めるんじゃないでしょうか。断食をすると、どこかの段階で生命が危機的になる。すると、ふだんはつかっていない生命力のストックが解放されて出てくる。そのときにみなぎる力動感が気持ちがいいんじゃないか。
@他人の性生活と食生活に関しては、横からあれこれ言うべきじゃない。「どうぞお好きなように」でいいと思うんです。
うーん、いいこと言うなー。
@つらい状況というのは、自分自身の心身の能力が高くないと乗りきれない。だから、きつければきついほど上機嫌になるようにします。
不機嫌だと、センサーの感度も落ちるし、身体能力も低下する。だから、きつい状況ではとりあえず機嫌をよくする。笑いながらでもないと、とてもじゃないけど乗りきれない状況ってありますからね。
辛い時ほど、その状況を楽しもう。
上機嫌で楽しむ。これだね。
@危険を回避するには、実は物質的な備えはそれほど意味がない。自分の心を備えておく方がはるかに重要です。
全く同感!!
地震対策、放射能対策、その一番は、「何があってもあわてずさわがない泰然自若とした不動心を備える準備をすることだと思う。
@天変地異が起こった時に、驚かされないようにするためには、身体センサーの感度を上げて、普段から細かく驚いていることが肝心なのです。
@胆力のある人は、センシティブなんです。かすかな「風の音」の変化さえ感じ取れるような高い感受性が備わっているから巨大な破局的事態の予兆を感知している。「何だか嫌なことが起こりそうだな」と思っているから、いざ起きた時にも驚かされない。
@危機的状況では基本的には「ニコニコしている」のが大切だと思う。
神社にいくと、こうゆうことを教えられる気がするのです。
神様は、様々な人間の状況、歴史を見守ってきてくださいましたし、何があ
っても、不動心で、どっしり構えてらっしゃいますから。
僕らは今世で、しっかり修行して、少しでも胆力を上げて、何があってもあ
わてずさわがずにいるようにしていきましょう。
まだまだ修行が足りない。頑張ります。
(終わり)
