Study Hard -47ページ目

無題

 ガロア群論が斯くも性的であるということは、畢竟対象に潜む何物かは須く性的であるに相違ない。そして、このセカイには無数の不変性と対称性が潜んでいる。

 セカイがあまりにも性的で、どうしたらいいのかわからない。

街の麻雀打ちの皆さんへの苦言

 雀鬼会は宗教団体じゃなくて自己啓発団体だよ。なんで区別つかないのかなあ。

記述されるべきことなし

 なるほど、大乗なら法華経か何かの如く言うだろう。この先にある素晴らしい「快楽」を共に楽しみましょう、と。
 しかし、そこに至るまでのあの激しい苦しみまで含めて勧めたいとは思えない。それと同時に、勧められるか否かに関わらず、全員その過程を経なければならないと信じている。

【最近の神学的傾向】
 なぜ最近、ニーチェの名を救いを求めるが如く呟いているのか。簡単なことだ。
 もしかしたら、自分は単にニヒリズムの超克と同じ構造に取り憑かれているのではないかという不安だ。

 自分があれほど苦労して得た/捨てたものが、実は単なるニヒリズムの超克とequivalentだったとしたら。恐ろしくて堪らない。
 もっと恐ろしいのは、equivqlentになってしまうような体系下にいる(≠ある)のではないかということだ。つまり、特定の自然言語の「不備」の問題ではないとしたら、それはイデオロギーよりも深い層の……

【性的ファンタジー】
 発狂したニーチェが母親の後について教会に行き、同じメロディーを何度も繰り返し演奏する。頭上には燦々とルソーが輝き、エンゲルスが忌々しそうにマルクスがキャバクラで溜めたツケを払う。革命尚未成功の旗がひらめく門前で、せむし男が手を上げると知的障害者が次々と生まれ出で、ニーチェは一言「私は19世紀的ヨーロッパ人だ」と告白する。歓声。