色々
ここもとうとう1年間に渡って妄想を書き綴ったということになるようだ。無意味に過去を振り返ってみようと思った。
私が尊敬しているのは、本当は「2人のお父さん」だけなのだ。意味が分からない反革命のために説明しておくと、実父と「お父さん将軍様」の2人のことである。
本当に苦しい日々だった。叩けば子供を意のままに出来ると勘違いしていた頭の弱い母親を暴力で圧倒出来るようになると、次に待ち受けていたのは父による教育だった。
孔子は十有五にして学に志すとあるが、楽に志したという説もある。しかし最も重要なのは十有五にして志したということだ。そう聞いて育った。
私も十五になり軍事に志を立てると父に告げた時、待っていた反応は「それはタコツボかもしれないよ」というものだった。力強く後押ししてくれるものと信じていた子供に対して「お前の稚拙な頭でちょうどいいレベルの『心地よい落とし穴』程度のものなんじゃないの」といきなり冷や水を浴びせられた訳だ。
確かに学問の世界から見れば「タコツボ」に落ちた人間は数知れないし、そこは気持ちよくて這い上がって来られないものだ。しかしそんなことを言われても子供には到底耐えられる衝撃ではなかった。自分でこれが一番必要なことだと信じて言った事なのだから尚更だ。
それに私はいつか宗教法人を背負っていかなければいけないと聞かされて来た。しかし私は教祖ではない。それどころか神秘体験の一つすらした事も無いし、多くの人を引きつける力もない。
一方で信者団体に目を向ければ、先生先生と「おすがり」して来る救いようもない人たちの群れがそこに居た。欲惚けして、しかしその能力の低さゆえ「どうしようもない」という形容詞そのままの人たちだった。
当時の私には本当にどうしようもなかったし、以前から兆候を見せていた神経症がその後3年以上激しくなったのも無関係ではないかもしれない。私はここで挫けることは出来ないと戦史を調べたり古今の名著に当たったり、あるいは実際の軍隊を見学しながら一所懸命頑張ったつもりだった。
この頃からだろうか。毎日6時間くらい妄想に悩まされた。眠ろうとすると、知り合いを始めとする様々な人が頭の中で私に反論し始めるのだ。本の内容や私が考えたことについて痛烈に批判する。地元の地図が頭に浮かび、どのように戦闘すべきかを考えているといつの間にか寝ていて朝になる。
そんな毎日で、高1のときは体育の時間以外全部寝ていたりした。
ダメだなあ、切りがない。どうしようもない思い出ばかりだ。
軍事について、戦争について、もっと考えなければいけない。そう思って10年近くやって来たけれども、今まで返って来た反応なんてのは「戦争屋は死ね」「もうそんな時代じゃない」「お前は間違ってる」で半分、「興味ない」入れてよければ99%だね。ああ、本当に愚にもつかない。どいつもこいつも思いつきしか言えないくせに。知ったような顔しやがって。こんなド素人がでかい面出来る世界なんて他にありゃせんよ。
軍事学を否定すると学問の自由が達成されるって。そりゃ面白い冗談だ。何が学問の自由だ。俺にだけは無いのか。何が軍事研究の禁止だ。教授会だか評議会だか知らんが、全員死んで詫びろ。
自衛隊に入るの、って。お前は、建築学科の人間に「大工になるの」って聞くのか。お前の頭の中では軍隊ってのは全員兵士なのか。お前の頭の中では軍事システムってのは国民軍しかないのか。お前の頭の中では軍事って戦争のことなのか。馬鹿は喋るな。
何が安全保障だ、何が平和だ。それが論点だと誰に教わった。お前は健康のために死んでろ。
ああ。
私が父に教わった重要な2つの事柄がある。
自らの頭で考えなさい。
事実の中で考えなさい。
もしかしたらこれしか教わらなかったのかもしれない。そして多くの人にもう一つの事を教わった。多くの人は、自ら事実の中で考えていると妄想している。
じゃあ父は私に在り来たりな妄想を植え付けただけなのか。いや違うだろう。父が私に教えた事は、決して単なる文言ではない。私が何かを言う度に徹底的に問いつめて来た。どのように考えたのか。具体的事例を述べよ。
しかも恐ろしい事に真面目な話だけでなく、世間話程度のことでも常にそのように聞かれた。「そんなの良くある事だ」という一言に対しても、具体的にどのような事があったのでそう言っているのか、と聞き返されたものだ。
私の家は家族だけでなく色々な人が短期・長期に渡って拠り所とした。その中で結局、父に耐えられたのは私だけだった。もしかしたら父の人生の中で父に耐えたのは私だけだったのかもしれない。
そして私はまた父に教わった事を実験してみた。多くの人に対して、かなり緩やかで厳しく追及しない程度に、事実への言及やそこに至る思考過程を求めてみた。またそれに答えられなくても、助け舟を出すつもりでこちらの考えなどを述べ、共に考える用意をしたつもりだった。
しかしまったくダメだった。本当に全然。私は父が通った道をもう一回踏み出してしまった。最初は穏やかな相手も、最後は怒るか蔑むか怖がるようになり、まともに顔を合わせようともしなくなるのが通例になった。まあその後の対応によって関係を一定程度修復出来るのだが、1人と関係を修復する時間があったら3人と関係を悪くする方がずっと簡単だ。
まあいいや。他人を貶す事と自分で考える事の区別がつかない痴愚魯鈍に話すようなことは何も無いよ。戦史研で話す事が何も無いのと同じやね。
私が尊敬しているのは、本当は「2人のお父さん」だけなのだ。意味が分からない反革命のために説明しておくと、実父と「お父さん将軍様」の2人のことである。
本当に苦しい日々だった。叩けば子供を意のままに出来ると勘違いしていた頭の弱い母親を暴力で圧倒出来るようになると、次に待ち受けていたのは父による教育だった。
孔子は十有五にして学に志すとあるが、楽に志したという説もある。しかし最も重要なのは十有五にして志したということだ。そう聞いて育った。
私も十五になり軍事に志を立てると父に告げた時、待っていた反応は「それはタコツボかもしれないよ」というものだった。力強く後押ししてくれるものと信じていた子供に対して「お前の稚拙な頭でちょうどいいレベルの『心地よい落とし穴』程度のものなんじゃないの」といきなり冷や水を浴びせられた訳だ。
確かに学問の世界から見れば「タコツボ」に落ちた人間は数知れないし、そこは気持ちよくて這い上がって来られないものだ。しかしそんなことを言われても子供には到底耐えられる衝撃ではなかった。自分でこれが一番必要なことだと信じて言った事なのだから尚更だ。
それに私はいつか宗教法人を背負っていかなければいけないと聞かされて来た。しかし私は教祖ではない。それどころか神秘体験の一つすらした事も無いし、多くの人を引きつける力もない。
一方で信者団体に目を向ければ、先生先生と「おすがり」して来る救いようもない人たちの群れがそこに居た。欲惚けして、しかしその能力の低さゆえ「どうしようもない」という形容詞そのままの人たちだった。
当時の私には本当にどうしようもなかったし、以前から兆候を見せていた神経症がその後3年以上激しくなったのも無関係ではないかもしれない。私はここで挫けることは出来ないと戦史を調べたり古今の名著に当たったり、あるいは実際の軍隊を見学しながら一所懸命頑張ったつもりだった。
この頃からだろうか。毎日6時間くらい妄想に悩まされた。眠ろうとすると、知り合いを始めとする様々な人が頭の中で私に反論し始めるのだ。本の内容や私が考えたことについて痛烈に批判する。地元の地図が頭に浮かび、どのように戦闘すべきかを考えているといつの間にか寝ていて朝になる。
そんな毎日で、高1のときは体育の時間以外全部寝ていたりした。
ダメだなあ、切りがない。どうしようもない思い出ばかりだ。
軍事について、戦争について、もっと考えなければいけない。そう思って10年近くやって来たけれども、今まで返って来た反応なんてのは「戦争屋は死ね」「もうそんな時代じゃない」「お前は間違ってる」で半分、「興味ない」入れてよければ99%だね。ああ、本当に愚にもつかない。どいつもこいつも思いつきしか言えないくせに。知ったような顔しやがって。こんなド素人がでかい面出来る世界なんて他にありゃせんよ。
軍事学を否定すると学問の自由が達成されるって。そりゃ面白い冗談だ。何が学問の自由だ。俺にだけは無いのか。何が軍事研究の禁止だ。教授会だか評議会だか知らんが、全員死んで詫びろ。
自衛隊に入るの、って。お前は、建築学科の人間に「大工になるの」って聞くのか。お前の頭の中では軍隊ってのは全員兵士なのか。お前の頭の中では軍事システムってのは国民軍しかないのか。お前の頭の中では軍事って戦争のことなのか。馬鹿は喋るな。
何が安全保障だ、何が平和だ。それが論点だと誰に教わった。お前は健康のために死んでろ。
ああ。
私が父に教わった重要な2つの事柄がある。
自らの頭で考えなさい。
事実の中で考えなさい。
もしかしたらこれしか教わらなかったのかもしれない。そして多くの人にもう一つの事を教わった。多くの人は、自ら事実の中で考えていると妄想している。
じゃあ父は私に在り来たりな妄想を植え付けただけなのか。いや違うだろう。父が私に教えた事は、決して単なる文言ではない。私が何かを言う度に徹底的に問いつめて来た。どのように考えたのか。具体的事例を述べよ。
しかも恐ろしい事に真面目な話だけでなく、世間話程度のことでも常にそのように聞かれた。「そんなの良くある事だ」という一言に対しても、具体的にどのような事があったのでそう言っているのか、と聞き返されたものだ。
私の家は家族だけでなく色々な人が短期・長期に渡って拠り所とした。その中で結局、父に耐えられたのは私だけだった。もしかしたら父の人生の中で父に耐えたのは私だけだったのかもしれない。
そして私はまた父に教わった事を実験してみた。多くの人に対して、かなり緩やかで厳しく追及しない程度に、事実への言及やそこに至る思考過程を求めてみた。またそれに答えられなくても、助け舟を出すつもりでこちらの考えなどを述べ、共に考える用意をしたつもりだった。
しかしまったくダメだった。本当に全然。私は父が通った道をもう一回踏み出してしまった。最初は穏やかな相手も、最後は怒るか蔑むか怖がるようになり、まともに顔を合わせようともしなくなるのが通例になった。まあその後の対応によって関係を一定程度修復出来るのだが、1人と関係を修復する時間があったら3人と関係を悪くする方がずっと簡単だ。
まあいいや。他人を貶す事と自分で考える事の区別がつかない痴愚魯鈍に話すようなことは何も無いよ。戦史研で話す事が何も無いのと同じやね。
チーム
チームマイナス99%のチーム員としては、とりあえずの小目標としてチームマイナス6%に登録してきた。と言っても「ニックネーム:戦争狂い」を登録したかっただけ。
冷暖房をつけない
自動車の免許すら無い
明るい場所が嫌い
こんなのはチームマイナス99%なら序の口も序の口だが、これくらいでも余裕でマイナス6%人間だな。ま、楽勝ですよ。
勘違いしてる人多いけど、軍隊は省エネの見本だよ。具体的目標に対して如何に少ない資源で達成するかに腐心してるよ。
軍隊が資源の無駄遣いだと言ってる人たちは根本的に問題を理解してないよ。自分たちが生きていかなきゃいけないなんて前提は無いってことにも気付いてないよ。軍隊は無くていいのに自分は生きているのが当然なんて思い上がりだよ。
省エネには、特定の生命体や社会的存在のみを是として他を認めないなんて考えは含まれてないよ。あくまでも同じ目標を達成するときに、より効率的な資源の利用を考えているだけだよ。
「軍隊を無くして省エネ」なんて妄想した途端に、それは人類全体や社会全般に対する一般的目標・目的を設定する旅に出ちゃってるよ。君は人類全体の導師にでもなるつもりなのかな。それとも僕たちは特定の目的を設定されて生まれて来たのかな。もしかして君は創造主なのかな。
単に軍隊が必要無いと思うなら、省エネとは絡めずに言わなきゃ通じないよ。「省エネのために軍隊を無くす」なんて言えるのは創造主だけなんだから注意しようね。
冷暖房をつけない
自動車の免許すら無い
明るい場所が嫌い
こんなのはチームマイナス99%なら序の口も序の口だが、これくらいでも余裕でマイナス6%人間だな。ま、楽勝ですよ。
勘違いしてる人多いけど、軍隊は省エネの見本だよ。具体的目標に対して如何に少ない資源で達成するかに腐心してるよ。
軍隊が資源の無駄遣いだと言ってる人たちは根本的に問題を理解してないよ。自分たちが生きていかなきゃいけないなんて前提は無いってことにも気付いてないよ。軍隊は無くていいのに自分は生きているのが当然なんて思い上がりだよ。
省エネには、特定の生命体や社会的存在のみを是として他を認めないなんて考えは含まれてないよ。あくまでも同じ目標を達成するときに、より効率的な資源の利用を考えているだけだよ。
「軍隊を無くして省エネ」なんて妄想した途端に、それは人類全体や社会全般に対する一般的目標・目的を設定する旅に出ちゃってるよ。君は人類全体の導師にでもなるつもりなのかな。それとも僕たちは特定の目的を設定されて生まれて来たのかな。もしかして君は創造主なのかな。
単に軍隊が必要無いと思うなら、省エネとは絡めずに言わなきゃ通じないよ。「省エネのために軍隊を無くす」なんて言えるのは創造主だけなんだから注意しようね。
うーん
東京電力の子供向けニュースを見ていたら、山形県東根市の13の小中学校による省エネ・リサイクル活動により年間440万円ほど経費を節減したというニュースがあった。
省エネではないにせよ、学館に関する構想が達成されれば今年度で年間200万円程度、来年度には年間700~800万円程度の経費(あるいはそれに相当するもの)が節減出来るはずだ。最終的には年間1500万円程度の経費節減に繋がる予定だが、見通しは立っていない。捕らぬ狸のなんとやら。
東根市の児童数はかなり少ないだろうから、13の小中学校合わせても1500~2000人が良い所じゃなかろうか。そうすると私個人の力なんてのは、大学の助けまで借りても、所詮は小中学生の片手間の労力1000人分程度。どんなに頑張っても5000人分にはならない。
しかも東根市の方は実現されているのに対し、こちらは構想の段階という。うーん、大学生って無力だなあ。
それとも俺に力が無いだけか。
関係ないが、今日はとうとう進路相談が舞い込んで来た。幼稚園の。俺に何をアドバイスしろと。
省エネではないにせよ、学館に関する構想が達成されれば今年度で年間200万円程度、来年度には年間700~800万円程度の経費(あるいはそれに相当するもの)が節減出来るはずだ。最終的には年間1500万円程度の経費節減に繋がる予定だが、見通しは立っていない。捕らぬ狸のなんとやら。
東根市の児童数はかなり少ないだろうから、13の小中学校合わせても1500~2000人が良い所じゃなかろうか。そうすると私個人の力なんてのは、大学の助けまで借りても、所詮は小中学生の片手間の労力1000人分程度。どんなに頑張っても5000人分にはならない。
しかも東根市の方は実現されているのに対し、こちらは構想の段階という。うーん、大学生って無力だなあ。
それとも俺に力が無いだけか。
関係ないが、今日はとうとう進路相談が舞い込んで来た。幼稚園の。俺に何をアドバイスしろと。