ジョーク
ジョークとして作られたジョークは総じてつまらない。私は面白いことをしていますよという自負が見える分だけ不愉快だとさえ言える。
だからといってジョークが存在しないわけではない。ジョークとは意識的に面白くすることをすべてやめた後に残るものである、という文がジョークにもなっていないということがわかるのだから、逆説的にジョークの存在が浮かび上がって来る。
思うに、ジョークを還元的に扱うことの限界が来ているのではないだろうか。あるいは特定の文章や行動を指してジョークだと称することに根本的な誤りがあるのかもしれない。
例えば、ある集合とある開集合系の組み合わせを以て位相空間と称するように、ある空気とあるジョーク的行動を合わせてジョーク空間が演出されるということだ。
これによって、私が今まで「冗談のふりをしてやってきた顰蹙行為」が実は単なる不愉快な行為ではなく、ある種の空気のおいては立派にジョーク行為であることが示される。また、そのような空気が具体的に構成できるはずだ。
従って、私がうっかり103官僚のコミュニティーに参加したこともジョークの一種であったと十全に示されることになるだろう。よかった。
だからといってジョークが存在しないわけではない。ジョークとは意識的に面白くすることをすべてやめた後に残るものである、という文がジョークにもなっていないということがわかるのだから、逆説的にジョークの存在が浮かび上がって来る。
思うに、ジョークを還元的に扱うことの限界が来ているのではないだろうか。あるいは特定の文章や行動を指してジョークだと称することに根本的な誤りがあるのかもしれない。
例えば、ある集合とある開集合系の組み合わせを以て位相空間と称するように、ある空気とあるジョーク的行動を合わせてジョーク空間が演出されるということだ。
これによって、私が今まで「冗談のふりをしてやってきた顰蹙行為」が実は単なる不愉快な行為ではなく、ある種の空気のおいては立派にジョーク行為であることが示される。また、そのような空気が具体的に構成できるはずだ。
従って、私がうっかり103官僚のコミュニティーに参加したこともジョークの一種であったと十全に示されることになるだろう。よかった。