You are an idiot
お前ら、なんで木っ端政治家の宣伝に必死なの?
政治屋どものやり口を知らないの?
軍人勅諭になんて書いてあった?
本当に未熟だな。
【専門性】
いい機会だから、ここで書いておくと、専門家とは、それに専門性を見出し追究するものに他ならない。それで生活しているかどうかというのは、単に一身上の都合と結びついた相関であって、専門性と直接の因果関係にはない。
たとえば、自動車の運転について考えてみるといい。自動車の運転のプロと言えば、第一にレーサーなどが思いつくだろう。一方で、自動車の運転で飯を食ってる人といえば、トラックやタクシーの運転手などが大多数だ。レーサーがプロであることに疑いはないだろうが、後者の専門性はまったく人による。また、レーサーとタクシー運転手では求められる専門性が異なることも、容易に理解されるだろう。
学術は専門性の最たる分野で、まさに個々の学者、集団、学派が、ここに専門性があると毎日主張を繰り返している。学術者に求められるのは、日々新たに専門性を発揮することであり、その最も輝かしい功績は新分野の開拓として刻まれる。専門性の発揮の結果として集積された知の体系を利用することは、その利用技術自体にまた専門性がありうるとはいえ、それ自体で専門的とまでは呼べない。
そこに専門性があると正確に見抜ける人こそが専門家であり、そこではじめて、制度や社会からの認知に繋がっていく。
【専門家】
上の文章だけだと違和感を覚える人もあるかもしれない。というのも、一般に専門家の大半を占める技術者についてあまり考慮していないからだ。
技術者が専門家たる所以は、特定の知識や技術を身につけているからではなく、それを専門性をもって発揮できるからに他ならない。つまり、どこでどの技術を発揮すべきかを有機的に理解しているからこそ、技術者は専門家なのだ。専門家としての技術者とは、ツールをタスク全体の中にどのように位置づければよいか知っている人のことであり、ツールの使い方を知っているだけの人のことではない。
【制度上の専門家】
資格者とは、専門家であることを強く期待される人のことであって、それ自体は専門性を保証しない。しかし、資格者として振舞う以上は、法律や社会によって、専門家でなくてはならないと制限される。
国や制度によって資格者の扱いはまったく異なるが、なんにせよ資格者とは専門家であることを要求される人々であって、所得を保証された人たちのことではない。多くの人が後者を期待するあまりに、専門性と所得水準を取り違えるが、よくある間違いの例として記憶されるのがよいだろう。
これがいつの時代にも見られることは、山本義隆「古典力学の形成」212-213ppに引用されている「大博物学者ビュフォン」のくだりを読めば理解されるだろう。
「この18世紀には, 科学はまだ知的ステイタスを得ていなかったし, 19世紀に見られるようなブルジョアの威厳にもなっていなかった. それは単純な理由による. 1725年頃に科学を学んでも医学とコレージュでの教育以外, 就職口がまったくなかったからである.」
【前近代】
多くの人が専門家だと思っているのは、専門性が広く認知され、保護され、それゆえ一定以上の所得を保証(期待)され、結果として高い社会的地位を有するところの専門家のことだろう。
所得水準によって専門家を分類するなどというのは、まったく古き良き成長の時代の発想で、人々が所得水準によって消費し、所得階層によって何を消費するかが大まかに決定されていた、そんな時代を彷彿とさせる。限界消費性向が0.9を超えている学生なら実感が沸くかもしれないが、そんな学生時代の妄想にとりつかれて一生を誤り資格者に転落してしまうというのも哀れな話だ。
下らない話だが、経済人にとって、政治屋のように露出するというのは恥ずかしいことで、事業がうまくいっていない証拠とさえとられかねない。本当に高所得の優れた人たちは誰にも知られていないし、それは彼らがうまくいっているからに他ならない。
なんにせよ、専門性と高所得は分けて考えるべきだし、まずは専門性についてよく理解する必要がある。専門性とは何かが明晰に見え始めれば、高所得への道も何の問題もなく見える。もちろん、その道を選ぶかどうか、うまくいくかどうかは、その人の専門性次第だろう。
政治屋どものやり口を知らないの?
軍人勅諭になんて書いてあった?
本当に未熟だな。
【専門性】
いい機会だから、ここで書いておくと、専門家とは、それに専門性を見出し追究するものに他ならない。それで生活しているかどうかというのは、単に一身上の都合と結びついた相関であって、専門性と直接の因果関係にはない。
たとえば、自動車の運転について考えてみるといい。自動車の運転のプロと言えば、第一にレーサーなどが思いつくだろう。一方で、自動車の運転で飯を食ってる人といえば、トラックやタクシーの運転手などが大多数だ。レーサーがプロであることに疑いはないだろうが、後者の専門性はまったく人による。また、レーサーとタクシー運転手では求められる専門性が異なることも、容易に理解されるだろう。
学術は専門性の最たる分野で、まさに個々の学者、集団、学派が、ここに専門性があると毎日主張を繰り返している。学術者に求められるのは、日々新たに専門性を発揮することであり、その最も輝かしい功績は新分野の開拓として刻まれる。専門性の発揮の結果として集積された知の体系を利用することは、その利用技術自体にまた専門性がありうるとはいえ、それ自体で専門的とまでは呼べない。
そこに専門性があると正確に見抜ける人こそが専門家であり、そこではじめて、制度や社会からの認知に繋がっていく。
【専門家】
上の文章だけだと違和感を覚える人もあるかもしれない。というのも、一般に専門家の大半を占める技術者についてあまり考慮していないからだ。
技術者が専門家たる所以は、特定の知識や技術を身につけているからではなく、それを専門性をもって発揮できるからに他ならない。つまり、どこでどの技術を発揮すべきかを有機的に理解しているからこそ、技術者は専門家なのだ。専門家としての技術者とは、ツールをタスク全体の中にどのように位置づければよいか知っている人のことであり、ツールの使い方を知っているだけの人のことではない。
【制度上の専門家】
資格者とは、専門家であることを強く期待される人のことであって、それ自体は専門性を保証しない。しかし、資格者として振舞う以上は、法律や社会によって、専門家でなくてはならないと制限される。
国や制度によって資格者の扱いはまったく異なるが、なんにせよ資格者とは専門家であることを要求される人々であって、所得を保証された人たちのことではない。多くの人が後者を期待するあまりに、専門性と所得水準を取り違えるが、よくある間違いの例として記憶されるのがよいだろう。
これがいつの時代にも見られることは、山本義隆「古典力学の形成」212-213ppに引用されている「大博物学者ビュフォン」のくだりを読めば理解されるだろう。
「この18世紀には, 科学はまだ知的ステイタスを得ていなかったし, 19世紀に見られるようなブルジョアの威厳にもなっていなかった. それは単純な理由による. 1725年頃に科学を学んでも医学とコレージュでの教育以外, 就職口がまったくなかったからである.」
【前近代】
多くの人が専門家だと思っているのは、専門性が広く認知され、保護され、それゆえ一定以上の所得を保証(期待)され、結果として高い社会的地位を有するところの専門家のことだろう。
所得水準によって専門家を分類するなどというのは、まったく古き良き成長の時代の発想で、人々が所得水準によって消費し、所得階層によって何を消費するかが大まかに決定されていた、そんな時代を彷彿とさせる。限界消費性向が0.9を超えている学生なら実感が沸くかもしれないが、そんな学生時代の妄想にとりつかれて一生を誤り資格者に転落してしまうというのも哀れな話だ。
下らない話だが、経済人にとって、政治屋のように露出するというのは恥ずかしいことで、事業がうまくいっていない証拠とさえとられかねない。本当に高所得の優れた人たちは誰にも知られていないし、それは彼らがうまくいっているからに他ならない。
なんにせよ、専門性と高所得は分けて考えるべきだし、まずは専門性についてよく理解する必要がある。専門性とは何かが明晰に見え始めれば、高所得への道も何の問題もなく見える。もちろん、その道を選ぶかどうか、うまくいくかどうかは、その人の専門性次第だろう。
めでたくもなし
お前の父親、地元じゃ教授なんだってな。
【実証的】
実証的とは、素朴実在論や実証主義に組することではない。また、社会科学の分野においては、数学的証明を行うことでもない。
肉体と精神、物質と観念といった二元論は、現代的な学術の場では避けるべきだが、モデルと統計、法則と実験の関係については認めざるをえない。そこにあるのは、思弁と認識という、同じ程度に確からしいところのものに対する、関係の記述である。
思弁的に過ぎるので実証的にせよ、と言われたときにすべきことは、学術の作法に従って思弁を(事実)認識と結びつけることである。代表的な作法は、統計処理である。
【モデリング】
つまりは、件の話は、モデルだけ提唱しても何ら実証的ではないという主張であった。もし、学術者として一人立ちするつもりなら、何を事実として認識するか、を同時に主張しなくてはならない。また、その事実は、可能な限り統計処理を通して数量的に示さなくてはならない。
最早、そこにあるのは、直観と恣意の隙間を特定の論理によって尤もらしく糊塗することであって、確かな実在や絶対の事実ではない。最尤法という表現が、端的にそれを示している。いい加減な言い方をすると、プロットされた点を見て「それっぽい」と言うかわりに、最小二乗法を用いればよいのだが、直線を選択するか放物線を選択するかは選んだモデルに従う、というようなことだ。
【脱線】
最小二乗法は最尤法の一種だが、ユークリッドノルムに慣れてしまった人には、他に尤もらしい方法が思いつかないかもしれない。
ここで、平等思想を発揮して、一番遠い人がなるべく近くなるような直線道路の通し方を考えてみてほしい。すると、二乗和を最小にするのとは違った道になることが分かるだろう。ちなみに、これはsupノルムといって、p-ノルムの極限で表される列記とした距離(ノルム)である。他にも、格子状の枡目で距離を測る方法など、無数に距離の測り方は存在する。
先ほどは当然のごとく書いたが、実は、最小二乗法を使うというのも、モデル製作者による選択だったことになる。もちろん、社会科学者の数学力を考慮すれば、そんな難しい話に突っ込みをいれられることはないので、安心されたい。
【脱線の脱線】
距離とは、以下の3条件を満たす関数のこと。
・自分から自分自身への距離が0
・自分から相手への距離と相手から自分への距離が等しい
・三角不等式を満たす
以上から分かるように、ほとんどの人間関係は距離で測れない。
知り合いのことを距離1と言うことがよくあるが、あれは相互に連絡可能な場合しか距離でない。普段は電話もメールも通じないのに、向こうから一方的に連絡が来るような人は、距離では測れないのである。
【本当の社会科学の話をしよう】
作法として統計学を挙げるのは、如何にも衒学的だが、実際はそんな難しい話なわけがない。
要するにreferenceをつけろと言われているだけだろう。お前の話はどこの権威筋から引っ張ってきたのかと言われているのだ。誰もお前の妄言なんか聴きたくない、マジメに本でも読め、と暗に言われているに他ならない。
【祝辞】
なんにせよ、修士に合格して、やっとお客さまから門前の小僧に昇格したというわけなので、おめでとう。
まずは習わぬ経を読むことから始めろと言われてるだけですね。
【実証的】
実証的とは、素朴実在論や実証主義に組することではない。また、社会科学の分野においては、数学的証明を行うことでもない。
肉体と精神、物質と観念といった二元論は、現代的な学術の場では避けるべきだが、モデルと統計、法則と実験の関係については認めざるをえない。そこにあるのは、思弁と認識という、同じ程度に確からしいところのものに対する、関係の記述である。
思弁的に過ぎるので実証的にせよ、と言われたときにすべきことは、学術の作法に従って思弁を(事実)認識と結びつけることである。代表的な作法は、統計処理である。
【モデリング】
つまりは、件の話は、モデルだけ提唱しても何ら実証的ではないという主張であった。もし、学術者として一人立ちするつもりなら、何を事実として認識するか、を同時に主張しなくてはならない。また、その事実は、可能な限り統計処理を通して数量的に示さなくてはならない。
最早、そこにあるのは、直観と恣意の隙間を特定の論理によって尤もらしく糊塗することであって、確かな実在や絶対の事実ではない。最尤法という表現が、端的にそれを示している。いい加減な言い方をすると、プロットされた点を見て「それっぽい」と言うかわりに、最小二乗法を用いればよいのだが、直線を選択するか放物線を選択するかは選んだモデルに従う、というようなことだ。
【脱線】
最小二乗法は最尤法の一種だが、ユークリッドノルムに慣れてしまった人には、他に尤もらしい方法が思いつかないかもしれない。
ここで、平等思想を発揮して、一番遠い人がなるべく近くなるような直線道路の通し方を考えてみてほしい。すると、二乗和を最小にするのとは違った道になることが分かるだろう。ちなみに、これはsupノルムといって、p-ノルムの極限で表される列記とした距離(ノルム)である。他にも、格子状の枡目で距離を測る方法など、無数に距離の測り方は存在する。
先ほどは当然のごとく書いたが、実は、最小二乗法を使うというのも、モデル製作者による選択だったことになる。もちろん、社会科学者の数学力を考慮すれば、そんな難しい話に突っ込みをいれられることはないので、安心されたい。
【脱線の脱線】
距離とは、以下の3条件を満たす関数のこと。
・自分から自分自身への距離が0
・自分から相手への距離と相手から自分への距離が等しい
・三角不等式を満たす
以上から分かるように、ほとんどの人間関係は距離で測れない。
知り合いのことを距離1と言うことがよくあるが、あれは相互に連絡可能な場合しか距離でない。普段は電話もメールも通じないのに、向こうから一方的に連絡が来るような人は、距離では測れないのである。
【本当の社会科学の話をしよう】
作法として統計学を挙げるのは、如何にも衒学的だが、実際はそんな難しい話なわけがない。
要するにreferenceをつけろと言われているだけだろう。お前の話はどこの権威筋から引っ張ってきたのかと言われているのだ。誰もお前の妄言なんか聴きたくない、マジメに本でも読め、と暗に言われているに他ならない。
【祝辞】
なんにせよ、修士に合格して、やっとお客さまから門前の小僧に昇格したというわけなので、おめでとう。
まずは習わぬ経を読むことから始めろと言われてるだけですね。
良心の不在
ファインマンでも捉えきれなかったことがあるのかもしれない。それは、科学的良心なるものが、何も承認欲求やスポンサーの都合によってのみ捻じ曲げられるものではないということ、むしろ、最初から最後まで欠如した人物が大量に存在するということだ。
ファインマンの「カーゴ・カルト・サイエンス」は有名だが、彼がその中で述べていることについては、その名称ほどは有名でないようだ。孫引きになるが、以下のように述べている。なお、これはカルテックの卒業式での講演なので、学生に語りかける口調になっている。
「自分自身をだまさないことをどのように学ぶかは, 私が知っているどの講義にも特に含まれていなかった. 私たちは, 諸君が自発的に学んだと希望している」
引用は「ファインマン計算機科学」より。これは「ファインマンの思い出」というあとがきに含まれている。元の文全体は、有名な「ご冗談でしょう」で確認して頂きたい。
発言の真意はともかくとして、ファインマンは他で「専門家の言うことを常に信じるべきではない」とも言っているように、彼が疑えと言ったのは、まず自分や自分たちのことであった。
上と同じ引用元で、
「良心を捨てるよう強制されると感じないところで諸君が働ける幸運を祈る」
などと述べているように、政府や諸団体が虫のいいことを言わないわけではないが、同様に、
・研究の応用可能性についてスポンサーに誤解させない
・お気に入りの理論を支持しない実験結果でも出版する
・政府にとって不都合なアドバイスでもためらわない
という趣旨のことを述べているように、基本的には個人の問題であり、圧力を受けたから云々という話ではない。
なにより注意しなければならないのは、専門家集団の内部における「カーゴ・カルト」であって、その「カルト」は一世を風靡したりする。
少し長くなるが、「中谷宇吉郎随筆集」より、「比較科学論」の一部を引用したい。
「その頃(注、1920年から25年の間)までに、古典電子論は発達の極致に達し、電子の大きさ、剛性、荷電の分布状態について、議論は尽きるところを知らず、煩瑣哲学の趣きが、ありありと物理学の上に現れていた。」
「今から考えてみれば、世界中の物理学者がかかって、電子の二次的な性質について、煩瑣哲学的な研究を積み重ねるべく、無駄な努力を払っていたわけである。こういう趨勢の由って来たるところは、電子の粒子性の実験結果に誘導されて、いつの間にか、誰もが電子を、野球のボールを極端に小さくしたものというふうに、思い込んでいたからである。電子をそういう「実在」と思い込んでしまえば、それにいろいろな物性を賦与するのも自然の勢いである。まして、昔から物質の第一性質と考えられていた不可入性などについては、疑問をもった人は、ほとんどなかった。」
ここで不可入性について、山本義隆「古典力学の形成」の「Eulerによる力学原理の整備」の「慣性原理について」に、
「『序説』は...Eulerのいわば『自然哲学〔物理学〕原理』の全面展開で, そこでは物体の本質を「不可透入性」と捉えて, その本質から物体のすべての物理的性質...を演繹しようとする試みが詳細に述べられている.」
とあるように、どの程度支持されていたかはともかく、不可入性は人間の直観にも合致する古くからのドグマであった。
ともかく、山本によれば、ここでオイラーは慣性の力"vis inertiae""Kraft der Trägheit"などの用語を廃し、恒常性"Standhaftigkeit"という言葉を導入した。そして、力"vis"を外から変化せしめるものとし、慣性を状態を維持する内的性質と規定した。
このように、物体の性質そのもの(内)と力(外)を区別するというのは古典力学の発達過程における重要な考えであり、不可入性を疑うなどという混乱した思索が古典論において論外であっても不思議ではない。しかし、この長い流行の中においても、科学的良心は存在できるのであり、先ほどの中谷の随筆集の同じ部分には、寺田寅彦からの引用が次のようにある。
「著者は過去の歴史に徴しまた現在の物理学を詮議して見た時に、少くとも今のままの姿でそれ(註、物理学の進歩の経路)が必然だという説明は存しないと思うものである。もし果して然らば物理学の所得たる電子等もいまだ決して絶対的確実な実在の意味を持たぬものであって、これに関する観念が全然改造さるる日もあるであろうと信じている」
「もし今日電子の色を黒いとか赤いとかいえば学者は笑うに相違ないが電子が剛体であるとか弾性であるとかいうのはそれほど怪しまない。まして電子の不可入という事について疑う人は極めて稀だといってよい。しかし著者はこの如き仮定の必然性を何処にも認め得ない」
これは寺田寅彦の『物理学序説』第二篇第三章「実在」の記述らしい。果たせるかな、同様に中谷から引用すると、
「ド・ブローイによって電子の物性は除外され、シュレーデインガーの式によって規定されるところの形も不可入性もない数学的表現が電子である、ということになった」
というわけだ。
では、古典力学が科学的良心に欠けているかといえば、そんなことはまったくない。上述の山本の著書の「Eulerによる力学原理の整備」の「1740年前後の状況:Newtonと力学原理」には、哲学者Denis Diderotの風刺小説『お喋りな宝石』が引用されており、それが当時ニュートンの置かれていた立場をよく表している。
これまた長い上に孫引きになるが、以下の通りである。ちなみに、「器用な幾何学者にして偉大な物理学者」ことオリブリはデカルト、「器用な物理学者にして偉大な幾何学者」ことシルシノはニュートンのこと。
「オリブリの学説は, ちょっと見には面白いほど簡単なもので, 主要な現象については, 大体において満足な説明を与えたが, 細部にわたると甚だしく矛盾撞着していた. シルシノはどうかといえば, 彼は一つの不合理から出発しているように見えたが, しかしむつかしいのはその第一歩だけだった.」
「シルシノは最初はっきりしない曖昧な道を辿ってゆくが, その道は進むに従って明るくなってゆく. これに反して, オリブリの進んだ道は, 最初は明るいが, 進むに従っていよいよ暗くなってゆくばかりである.」
「オリブリの学派になるには準備なしで入ることができる. 誰もがその鍵を持っている. ところがシルシノの学派は, ただすぐれた幾何学者だけに開かれているのである. オリブリの渦巻説は, 誰にでも理解できるが, シルシノの中心力の説は, 第一流の代数学者のためにのみ作られているものであった. 従って, いつでも, 一人の引力派に対して百人の渦巻派がおり, 一人の引力派はつねに百人の渦巻派に匹敵した.」
また、山本は続けて次のように書いている。
「Descartes機械論がNewtonの万有引力に浴びせた批判は...何もない空間を隔てて物体(天体)同士が引力を及ぼしあうなどという主張は, スコラ哲学でいう<隠れた性質>以外の何者でもなく, 中世的迷妄への逆戻りである, というものであった.」
これは一見もっともな批判であり、山本もさらに続けて言うように、「仮説をつくらない」と宣言し定量的数学的な記述によって満足するというプリンキピアにおけるニュートンの立場は額面通りには受けとれないものだったが、ニュートン本人の思惑とは無関係に、この数学的実証主義というイデオロギーは古典力学の受容の過程で額面通りのものとなっていく。
以上からも分かるように、ニュートンの主張、ひいては古典力学に繋がる諸主張は、決して「まとも」な類いのものでも直観に迎合するものでもなかった。しかし、彼らは(あるいは双方とも)良心に従い、自らを誤魔化すことはなかった、とは言いすぎだろうか。
余談だが、今日、デカルトはどちらかといえば数学者であり、ニュートンは紛うことなき物理学者であるので、『お喋りな宝石』におけるまるで逆の評価は不思議な気もするが、プリンキピアを予備知識なしで読めば、ニュートンの配慮通りに、ただの幾何学書にしか見えないのは確かだ。また、デカルトは単純な機械論者ではなく、むしろ機械的なものを低く見る傾向が代数方程式の分類に表れているが、脱線が酷くなるので深くは触れない。デカルトとデカルト主義者、ニュートンとニュートン主義者は、それぞれまったく別物だと理解するのが良いだろう。
ここまで見てきた例からもわかるように、何か特別な主張をすることは、科学的良心を担保することには全然ならない。同様に、礼儀正しく誠実そうに振舞うことも、何ら科学的良心とは関係ない。最初の方で出した「ファインマンの思い出」には、
「私は...非公式の昼食セミナーで...「パートン模型」の適用について説明するように依頼され...セミナーのほとんど終わりに近づくまですべてがうまくいった. 私がどのような予言をもっとできるかについて概要を述べようとしたとき, ファインマンが次のように言った. 「ストップ. そこに線を引きなさい. その線の上のものはすべてがパートン模型で, その線の下はただのブジョルケンとパスコスの推測にすぎない」. ファインマンがこの点に敏感だった理由は, マレーが「パートンは間抜け」とか「パートン模型が予言するものを知りたい人はファインマンのはらわたを調べろ!」と唸り声で言いながら, カルテクのローリッツェン棟の4階を歩いていたためだということに, 私はすぐ気づいた.」
とあるように、お上品さの欠片もない馬鹿馬鹿しい応酬を繰り広げているし、ファインマン本人も決して褒められた性格ではなかったようだ。なにせ、他人の講義を自分を擁護するためのダシにしているのだ。他にも、「人をイライラさせ, 攻撃的な彼の描像」がファインマンの伝記からは浮かび上がるそうだが、そんなことは科学的良心とは何の関係もない。
それに比べて、科学カルトの連中ときたら......とここまで言って私がどのような集まりを小馬鹿にしているか分からない人は、よほど慎重にテキストを読み取る人か、科学カルトのどちらかだろう。
疑うことを忘れ
知ることを本質に取り違えた
哀れな科学カルトたちへ
【追伸】
これが今の私の精一杯の文章だが、これを鼻で笑われたら、後は科学カルトと最終戦争に突入するほかない。
ファインマンの「カーゴ・カルト・サイエンス」は有名だが、彼がその中で述べていることについては、その名称ほどは有名でないようだ。孫引きになるが、以下のように述べている。なお、これはカルテックの卒業式での講演なので、学生に語りかける口調になっている。
「自分自身をだまさないことをどのように学ぶかは, 私が知っているどの講義にも特に含まれていなかった. 私たちは, 諸君が自発的に学んだと希望している」
引用は「ファインマン計算機科学」より。これは「ファインマンの思い出」というあとがきに含まれている。元の文全体は、有名な「ご冗談でしょう」で確認して頂きたい。
発言の真意はともかくとして、ファインマンは他で「専門家の言うことを常に信じるべきではない」とも言っているように、彼が疑えと言ったのは、まず自分や自分たちのことであった。
上と同じ引用元で、
「良心を捨てるよう強制されると感じないところで諸君が働ける幸運を祈る」
などと述べているように、政府や諸団体が虫のいいことを言わないわけではないが、同様に、
・研究の応用可能性についてスポンサーに誤解させない
・お気に入りの理論を支持しない実験結果でも出版する
・政府にとって不都合なアドバイスでもためらわない
という趣旨のことを述べているように、基本的には個人の問題であり、圧力を受けたから云々という話ではない。
なにより注意しなければならないのは、専門家集団の内部における「カーゴ・カルト」であって、その「カルト」は一世を風靡したりする。
少し長くなるが、「中谷宇吉郎随筆集」より、「比較科学論」の一部を引用したい。
「その頃(注、1920年から25年の間)までに、古典電子論は発達の極致に達し、電子の大きさ、剛性、荷電の分布状態について、議論は尽きるところを知らず、煩瑣哲学の趣きが、ありありと物理学の上に現れていた。」
「今から考えてみれば、世界中の物理学者がかかって、電子の二次的な性質について、煩瑣哲学的な研究を積み重ねるべく、無駄な努力を払っていたわけである。こういう趨勢の由って来たるところは、電子の粒子性の実験結果に誘導されて、いつの間にか、誰もが電子を、野球のボールを極端に小さくしたものというふうに、思い込んでいたからである。電子をそういう「実在」と思い込んでしまえば、それにいろいろな物性を賦与するのも自然の勢いである。まして、昔から物質の第一性質と考えられていた不可入性などについては、疑問をもった人は、ほとんどなかった。」
ここで不可入性について、山本義隆「古典力学の形成」の「Eulerによる力学原理の整備」の「慣性原理について」に、
「『序説』は...Eulerのいわば『自然哲学〔物理学〕原理』の全面展開で, そこでは物体の本質を「不可透入性」と捉えて, その本質から物体のすべての物理的性質...を演繹しようとする試みが詳細に述べられている.」
とあるように、どの程度支持されていたかはともかく、不可入性は人間の直観にも合致する古くからのドグマであった。
ともかく、山本によれば、ここでオイラーは慣性の力"vis inertiae""Kraft der Trägheit"などの用語を廃し、恒常性"Standhaftigkeit"という言葉を導入した。そして、力"vis"を外から変化せしめるものとし、慣性を状態を維持する内的性質と規定した。
このように、物体の性質そのもの(内)と力(外)を区別するというのは古典力学の発達過程における重要な考えであり、不可入性を疑うなどという混乱した思索が古典論において論外であっても不思議ではない。しかし、この長い流行の中においても、科学的良心は存在できるのであり、先ほどの中谷の随筆集の同じ部分には、寺田寅彦からの引用が次のようにある。
「著者は過去の歴史に徴しまた現在の物理学を詮議して見た時に、少くとも今のままの姿でそれ(註、物理学の進歩の経路)が必然だという説明は存しないと思うものである。もし果して然らば物理学の所得たる電子等もいまだ決して絶対的確実な実在の意味を持たぬものであって、これに関する観念が全然改造さるる日もあるであろうと信じている」
「もし今日電子の色を黒いとか赤いとかいえば学者は笑うに相違ないが電子が剛体であるとか弾性であるとかいうのはそれほど怪しまない。まして電子の不可入という事について疑う人は極めて稀だといってよい。しかし著者はこの如き仮定の必然性を何処にも認め得ない」
これは寺田寅彦の『物理学序説』第二篇第三章「実在」の記述らしい。果たせるかな、同様に中谷から引用すると、
「ド・ブローイによって電子の物性は除外され、シュレーデインガーの式によって規定されるところの形も不可入性もない数学的表現が電子である、ということになった」
というわけだ。
では、古典力学が科学的良心に欠けているかといえば、そんなことはまったくない。上述の山本の著書の「Eulerによる力学原理の整備」の「1740年前後の状況:Newtonと力学原理」には、哲学者Denis Diderotの風刺小説『お喋りな宝石』が引用されており、それが当時ニュートンの置かれていた立場をよく表している。
これまた長い上に孫引きになるが、以下の通りである。ちなみに、「器用な幾何学者にして偉大な物理学者」ことオリブリはデカルト、「器用な物理学者にして偉大な幾何学者」ことシルシノはニュートンのこと。
「オリブリの学説は, ちょっと見には面白いほど簡単なもので, 主要な現象については, 大体において満足な説明を与えたが, 細部にわたると甚だしく矛盾撞着していた. シルシノはどうかといえば, 彼は一つの不合理から出発しているように見えたが, しかしむつかしいのはその第一歩だけだった.」
「シルシノは最初はっきりしない曖昧な道を辿ってゆくが, その道は進むに従って明るくなってゆく. これに反して, オリブリの進んだ道は, 最初は明るいが, 進むに従っていよいよ暗くなってゆくばかりである.」
「オリブリの学派になるには準備なしで入ることができる. 誰もがその鍵を持っている. ところがシルシノの学派は, ただすぐれた幾何学者だけに開かれているのである. オリブリの渦巻説は, 誰にでも理解できるが, シルシノの中心力の説は, 第一流の代数学者のためにのみ作られているものであった. 従って, いつでも, 一人の引力派に対して百人の渦巻派がおり, 一人の引力派はつねに百人の渦巻派に匹敵した.」
また、山本は続けて次のように書いている。
「Descartes機械論がNewtonの万有引力に浴びせた批判は...何もない空間を隔てて物体(天体)同士が引力を及ぼしあうなどという主張は, スコラ哲学でいう<隠れた性質>以外の何者でもなく, 中世的迷妄への逆戻りである, というものであった.」
これは一見もっともな批判であり、山本もさらに続けて言うように、「仮説をつくらない」と宣言し定量的数学的な記述によって満足するというプリンキピアにおけるニュートンの立場は額面通りには受けとれないものだったが、ニュートン本人の思惑とは無関係に、この数学的実証主義というイデオロギーは古典力学の受容の過程で額面通りのものとなっていく。
以上からも分かるように、ニュートンの主張、ひいては古典力学に繋がる諸主張は、決して「まとも」な類いのものでも直観に迎合するものでもなかった。しかし、彼らは(あるいは双方とも)良心に従い、自らを誤魔化すことはなかった、とは言いすぎだろうか。
余談だが、今日、デカルトはどちらかといえば数学者であり、ニュートンは紛うことなき物理学者であるので、『お喋りな宝石』におけるまるで逆の評価は不思議な気もするが、プリンキピアを予備知識なしで読めば、ニュートンの配慮通りに、ただの幾何学書にしか見えないのは確かだ。また、デカルトは単純な機械論者ではなく、むしろ機械的なものを低く見る傾向が代数方程式の分類に表れているが、脱線が酷くなるので深くは触れない。デカルトとデカルト主義者、ニュートンとニュートン主義者は、それぞれまったく別物だと理解するのが良いだろう。
ここまで見てきた例からもわかるように、何か特別な主張をすることは、科学的良心を担保することには全然ならない。同様に、礼儀正しく誠実そうに振舞うことも、何ら科学的良心とは関係ない。最初の方で出した「ファインマンの思い出」には、
「私は...非公式の昼食セミナーで...「パートン模型」の適用について説明するように依頼され...セミナーのほとんど終わりに近づくまですべてがうまくいった. 私がどのような予言をもっとできるかについて概要を述べようとしたとき, ファインマンが次のように言った. 「ストップ. そこに線を引きなさい. その線の上のものはすべてがパートン模型で, その線の下はただのブジョルケンとパスコスの推測にすぎない」. ファインマンがこの点に敏感だった理由は, マレーが「パートンは間抜け」とか「パートン模型が予言するものを知りたい人はファインマンのはらわたを調べろ!」と唸り声で言いながら, カルテクのローリッツェン棟の4階を歩いていたためだということに, 私はすぐ気づいた.」
とあるように、お上品さの欠片もない馬鹿馬鹿しい応酬を繰り広げているし、ファインマン本人も決して褒められた性格ではなかったようだ。なにせ、他人の講義を自分を擁護するためのダシにしているのだ。他にも、「人をイライラさせ, 攻撃的な彼の描像」がファインマンの伝記からは浮かび上がるそうだが、そんなことは科学的良心とは何の関係もない。
それに比べて、科学カルトの連中ときたら......とここまで言って私がどのような集まりを小馬鹿にしているか分からない人は、よほど慎重にテキストを読み取る人か、科学カルトのどちらかだろう。
疑うことを忘れ
知ることを本質に取り違えた
哀れな科学カルトたちへ
【追伸】
これが今の私の精一杯の文章だが、これを鼻で笑われたら、後は科学カルトと最終戦争に突入するほかない。